盛岡タイムス Web News 2016年  5月 2日 (月)

       

■  幸遊記 278 「照井澄の画家への執念」 照井顕


 五人兄弟の末っ子である僕の誕生日4月20日は、恒例の全員集合一泊(ワンパク)兄弟会の日でもある。今年は奥州市の胆沢ダム近くにある焼石岳温泉「ひめかゆ」にて飲めや歌えや話せや食えやの大にぎわい座。当日翌日ともに絶好の花見日和で温泉に続く古い街道(胆沢区若柳)沿いは延々と続く満開の桜トンネル。ゆっくりと車を走らせながら僕はこんなにも美しい季節に生れたのかと感慨無量の心地を味わった。

  その温泉駐車場で二男の澄(のぼる)兄貴から10点の油絵を預かった。連休明けの5月6日から月末まで僕の店「開運橋のジョニー」に展示する作品である。思えば兄の初個展は20年前僕が企画した「陸前高田まちかどギャラリーおおまち」が始まりで50点の展示だった。

  澄兄は昭和10(1935)年平泉生まれ。子どもの頃から絵が好きで画家になる夢を持ちながらも父に反対され、陸前高田で父の弟が経営するクリーニング店で働き、高田高校定時制に通った。(僕も同じ職場、同じ学校卒)だが絵への思い断てず、誰にも黙って卒業の日にトランク一つ持って上京。新聞配達をしながら美術学校へ通うつもりだったらしいが都会の現実は厳しく、押し戻されるように2年で岩手に帰った。

  次には父の妹が経営するクリーニング店で働いたが、やっぱり絵を描きたいと絵に通ずる職業を求め、実家の天井画を描いた水沢(現奥州市)の故・長谷川誉氏に師事して塗装と絵と看板の描き方を学び、77年35歳で「テルヰデザイン工芸」を立ち上げ独立。仕事が軌道に乗った10年後に描き始めたのは自分の生まれ育った田舎の情景へ回帰する祖母をモデルにした日本画だった。

  そして本格的に描き始めた90年代からは同昔の農村をテーマに油絵を始め、日本文化伝道師認定、国際文化親善大使栄誉証、日本芸術家連盟理事、ローマ芸術協会名誉会員、オスマン・トルコ芸術勲章、メキシコ国立図書館名誉作家認定、20世紀日本芸術遺産百選認定、などなど100を超える不思議!「絵では食えない」と画家になる事を反対した父は歌舞伎の流れをくむドサ回りの役者兼座長だった。その子澄は自分の子には好きな道を進めと言ったそうだが3人の息子たちは皆親(兄)の家業を切り盛りしている不思議!
(カフェジャズ開運橋ジョニー店主)


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