盛岡タイムス Web News 2016年  8月 19日 (金)

       

■  岩崎久彌を縁に雫石へ 千葉県富里市の小学生21人 小岩井農場倶楽部を見学 末廣別邸と似た意匠発見


     
  岩崎久彌も使った部屋に興味津々の子どもたち  
 
岩崎久彌も使った部屋に興味津々の子どもたち
 

 雫石町丸谷地の小岩井農場に18日、千葉県富里市の小学生21人が訪れ、同農場二代目農場主の岩崎久彌が夏季を過ごした「小岩井農場倶楽部」を見学した。同市には久彌が晩年を過ごした末廣農場と旧岩崎家末廣別邸があり、小岩井農場との関わりから小岩井農牧(本社東京)が初めて企画した。児童は、雫石町と富里市を結ぶ先人が過ごしたという夏の日々を思った。

  同市教委が同社に地元学の総合学習の一環として要望した。一般公募で市内小学校6校から5、6年生が応募した。小岩井農場は1891(明治24)年の創業だが、発展の礎は久彌が築いたとされ、晩年を過ごした末廣農場との違いや類似点を比べて学んだ。

  今回見学した小岩井農場倶楽部は、当時は迎賓館と職員の集会所として使用。1899(明治32)年に建てられ、1914(大正3)年に改築した。大正天皇が皇太子だった08(明治41)年の行啓で同農場を訪れ、休憩を取った部屋もそのまま残されている。当時は室内にビリヤード場などがあり、職員が楽しみながら働けるように考えられた建物だった。

  同社資料館の野沢裕美館長は「久彌は夏の1カ月から2カ月の間、この場所で過ごしていた。部屋に置かれた品は当時のまま。皆さんが座った椅子も久彌本人が座ったのかも」と児童らに説明した。

  建築は岩崎家のお抱え建築家だったといわれる津田鑿(さく)が手掛けた。正方形と長方形の組み合わせで窓や扉を作る特徴的な意匠から、津田の手によるものと分かる。富里市の旧岩崎家末廣別邸にも同じ意匠があり、児童は「見たことがある」「似ている」と指を差して比べた。

     
  農場本部事務所裏にある小岩井農場倶楽部の外観  
  農場本部事務所裏にある小岩井農場倶楽部の外観
 


  同市は小岩井農場のある雫石町ともつながりが深い。大正末期から農牧事業推進で互いに連携し、近年では2015年6月に災害時相互応援協定を締結。深谷政光町長は「人の交流、特に子どもたちの交流が深まることを願いたい」と祈念している。

  引率で訪れた富里市教委生涯学習課の荒居富男課長は「市としても、この機会に岩崎家ゆかりの自治体とコラボレーションができればうれしい」と期待。同社も岩崎久彌氏のつながりを良い形にできればと考えている。

  見学した市立富里小5年の成毛佑依さん(11)は「(富里市の)別邸と似ていた。農場内は富里にはない風景で驚いた」と話した。

  児童はこのほか同農場まきば園でバター作り、森林歩きなどを体験。久彌が愛した農場の空気を肌で感じた。


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