盛岡タイムス Web News 2016年  9月  4日 (日)

       

■ 台風10号 国道えぐる豪雨の爪痕 106号寸断 盛岡宮古間の復旧急ぐ
生きた震災5年の互助 県内外からボランティア

     
  道路自体が崩れた国道106号の復旧現場(宮古市花原市地内、2日午後3時過ぎ)  
  道路自体が崩れた国道106号の復旧現場(宮古市花原市地内、2日午後3時過ぎ)
 


  台風10号の影響で岩泉町など本県沿岸部に大きな被害が発生した。内陸の盛岡市と沿岸の宮古市を結ぶ国道106号も至る所で土砂の流入や道路そのものが崩れるなどして寸断。3日夕方の全線開通の予定が延期されるほどだ。宮古市内も閉伊川と流域で短時間に降った豪雨に耐えきれず、満潮とも重なり、中心市街地を含め各地で水があふれた。住家や市役所はじめ事業所の多くが浸水した。発生から5日経過しても被害の全容がつかめないほどの状況だ。

■車線が数十bも流出

  106号は、3日午後5時に一部で片側通行を含め、全線で通行再開の予定だった。

  県の宮古土木センターによると、3日の段階でJR山田線蟇目駅より盛岡側の上下線がセパレートし、山田線と立体交差する箇所が復旧作業中だった。もう1カ所も作業中だった。閉伊川の水位が想定以上に高く、大型土のうが崩れたため、再開が延期された。

  宮古市側では、ファミリーマート根市店から先が通行止めとされた。工事車両や地元の事業者などを除いて通行が規制された。

  そこから最も近い復旧現場は約2`先の花原市地内、山田線「第二門神」トンネル脇。護岸が崩れ、盛岡方面に向かう車線が数十bに渡って流出した。崩れたのは台風の去った翌8月31日の朝だったという。

  2日午後、蟇目に住む老いた姉を救出するため山田町から現地に向かい、崩れた影響で車を置いて逃げた男性が心配そうに作業現場を見守っていた。

■泥が残り土ぼこりも

  宮古市内の多くが水浸しになり、水の引いた後には大量の泥が残った。乾燥した泥は土ぼこりになって舞い上がった。車両の往来により、市街地は昼も夜間も視界の悪い状態で、歩行者は顔をしかめて通行していた。

  浸水した住家や事業所、店舗の前には泥水をかぶった家財道具や大量のごみ、土のう袋が無惨に置かれていた。浸水被害を受けても泥出しや片付け作業と並行して、商売を再開させている店舗も多くあった。

  同市新川町の市役所本庁舎1階も浸水した。敷地内には泥が大量に残り、階段にも職員や市民の靴についた泥が散乱していた。

  市企画部企画課秘書広報室によると、市内の停電や断水は徐々に解消されている。一方で住家等の浸水被害のあった地域や世帯数などについては東日本大震災津波の時と状況が異なっており、「把握できる段階にない」と説明している。

     
  ボランティアによる浸水した住家での運び出し作業(宮古市小山田、3日午前10時過ぎ)  
   ボランティアによる浸水した住家での運び出し作業(宮古市小山田、3日午前10時過ぎ)
 


■初の週末で支援続々

  被害から初の週末を迎えた3日、宮古市社協が開設した市災害ボランティアセンター(電話090−4478−3984)には市内外から家屋の泥出しや清掃作業をするボランティアが集結した。

  飛び込み参加が多数あり、午後1時現在で前日予定された5倍の約150人を超え、さらに増え続けた。支援先の手配などが追いつかないほどだった。3年前の豪雨被害で受けた支援の恩返しにと、雫石町からも参加があった。被害を受けた世帯からのニーズも申し込みが相次ぎ、さらに増える見通しだ。

  参加した埼玉県所沢市の野中康治さん(40)は震災時に盛岡市が開設した「かわいキャンプ」を利用して長く沿岸のボランティアに入っていた。「堅苦しいイメージのあったボランティアが自分自身のためにもなると思うきっかけだった。宮古は当時からお世話になったので、絶対来なければと思った」と話した。

  地元の中学生や高校生、専門学校生、帰省中の大学生らも多かった。葛浩史宮古市社協事務局長は「震災の時も当初は学生たちが支えてくれた。大変ではあるが、震災の経験からみんなの力を合わせれば何とかなるという思いがある」と説く。

  同時に「(甚大な被害を受けた)岩泉町の支援に今後どう入るか」と展望。2日に沿岸市町村社協が調整会議で検討を開始。震災を機に共助の精神が強くにじんでいる。
(大崎真士)


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