盛岡タイムス Web News 2016年  9月  13日 (火)

       

■  〈幸遊記〉296 照井顕 高澤公省の人の横向似顔絵


 戦時中は供出という形で没収された寺院の釣鐘。そんな中で気仙のお寺で唯一没収を免れたのが、陸前高田市・無量山・光照寺の鐘。それは鏨(たがね)で刻まれた六万九千字にも及ぶ経文が刻まれている貴重なもの。あの2011・3・11の東日本大震災の大津波で陸前高田市の中心地の全てが消え去ったが、唯一残ったのも、あの鐘のある光照寺と斎場。その斎場も避難所となり生活の場となった。

  あの年、光照寺の住職・高澤公省和尚から「いろんな避難所には有名人らが慰問に来てるけど、火葬場には誰も来てくれないから、マスターが来て、何かやってくれないかな?」と電話があり、同年3月16日に「ホープ・ガール」でCDデビューしたばかりの金本麻里さんと僕とバンドの人たちと行って、火葬場の中に並び演奏し歌うのを、皆が涙ながらに聴いてくれたおかげで僕らは逆に勇気をもらった。

  そのはるか以前、寺は鐘楼堂を新築。ライトアップし、その年の大みそかから「六万九千字・梵音衆会(ぼんのんしゅうえ)」を開催。おたき上げと除夜の鐘、修正会(しゅしょうえ)と梵音遊戯(ゆげ)を合体させた催しもので、暗黒舞踏やパントマイム、ドラムやギター、三味線や唄など「一年の心のあかを捨てる心のおどり会」なのですと、和尚が開催した。

  それは四半世紀続けられたが「皆、年をとったから、盆の日の早い時間に切り替えたので久し振りに来て歌ってくれないかな?」と和尚からの電話で8月20日の夜、寺の研修場「無量閣」の一階に、震災後に造った居酒屋風の寄合所にて、津軽三味線の菅原聡さんの伴奏で僕がギターをたたきながら般若心経などを唄う会を開いてくれた。そこには火葬場で聴いてくれた人や、亡くなられた親友の奥さんらも来て聴いてくれて、僕はありがたかった。

  高澤公省住職(62)は絵の達人で駒澤大学時代から曹洞宗宗務庁が発行する本や小冊子の挿絵を担当してきた人。岩手県の同宗布教師会発行の「てれほん法話集」、新聞での紙上法話「やすやぎを求めて」などへの挿絵と添語は実に楽しい。酒が入ると筆を持ち店の人やお客の似顔絵をさらさらと描くが、それがまた実にうまく、人の横顔のまなざしにこそ、その人がよく現れるもの!と、さすが和尚さんである。
(カフェジャズ開運橋のジョニー店主)


本ページ掲載内容の無断転載を禁じます
ホームページに関するお問い合わせ、取材に関する情報は
E-Mail:hensyuu@morioka-times.com
盛岡タイムス宛てにお願いします