盛岡タイムス Web News 2016年  10月  26日 (水)

       

■  〈口ずさむとき〉511 伊藤幸子 「愛用の品」


 日々恃む辞書ずっしりと重たくて定位置いつしかキッチンとなる
                                    松本いつ子

 日本歌人クラブの会誌「風」10月特集号は「愛用の品」をテーマに、全国47人(各県1人)の歌人の作品が掲載されている。この欄よりの依頼は厳しく、テーマに沿った短歌2首と、60字の短文を短期間に送らねばならない。たった3行の起承転結は考えるだに冷や汗ものだ。

  私は去年も指名され、「戦後70年」のテーマに終戦子の悲哀と、昭和39年東京五輪の年に高校を卒業したことを書いた。昭和20年度生まれは生徒数がいちばん少なかった。

  そして今年は「愛用の品」がテーマ。掲出歌石川県の松本さんのように、大分県の吉田昌代さんも「食卓を片付け吾の時間とす電子辞書の上指さ迷わせ」と詠まれる。整った書斎や重厚な机ではなく、キッチン、食卓、辞書の定位置が現代閨秀歌人の聖域といえようか。家事をしながら本を読み、辞書を引くこまぎれの時間を大切にしたいと思う。

  「歌会用のかばんには電子辞書のあり忘れてならぬ物の一つよ・小西久二郎」「わがワープロ〈文豪〉翁は一枚の白紙吐き出し印字を始む・宮川桂子」「休憩に茶を飲まむとて鞄開くコピー一枚ひらひら出でて・北尾勲」。電子機器の開発はめざましく、ノートパソコン、電子辞書、コピー機、ファクスなどの普及に驚く。

  でも、手書き派歌人たちの必需品、万年筆を愛用の歌も多い。「新しきものより古き万年筆手には馴染みて稿を書き継ぐ・横山岩男」「パイロットのカートリッジぼろぼろとインクこぼれたりしかの日・大島史洋」「わが心われよりも知る指先のモンブランはわが代弁者・村山美恵子」大阪在住の村山さん、「原稿と事務連絡はパソコンだが、私信はモンブラン一四六の大型万年筆。握り心地、書き心地抜群で四十年来愛用」とある。

  「友訪ねまた買物も車にてわが足となり四十年の過ぐ・酒井悦子」「目標を地球一周四万キロと定めて走りし距離を記せり・安池菊夫」

  こちらは愛車と共に40年。愛用の品というより家族の一員アッシーくん。過疎の団地住まいに車は放せないと、運転免許の高齢者講習を受けられた由。バスも通っていない私の地区なども、自分で運転できなくなったらどうなることやらと暗澹(あんたん)たる思いにおそわれる。

  この特集の依頼を受けて、そうだ、私にはすぎたるお宝があると思いついた。東京の象牙商の女流歌人に頂いた装身具の数々。それを身に着けてお会いすることのできない悲しみに打ちひしがれている。
(八幡平市、歌人)



本ページ掲載内容の無断転載を禁じます
ホームページに関するお問い合わせ、取材に関する情報は
E-Mail:hensyuu@morioka-times.com
盛岡タイムス宛てにお願いします