盛岡タイムス Web News 2016年  11月  12日 (土)

       

■ 盛岡市の飛澤茂美さん ここにサケ上る中津川 市に寄贈 上の橋たもとに看板


 

     
  中津川を背に、序幕された看板を眺める飛澤さん  
  中津川を背に、序幕された看板を眺める飛澤さん
 

 11日はサケの日。盛岡市の上の橋のたもとで同日、同市松園2丁目の飛澤茂美さん(80)が同市に寄贈したサケの回遊紹介看板の除幕式が行われた。飛澤さんは「長年の願いであった看板が設置できて、心の底からうれしく思う。1万`以上の距離を泳ぎ、そして石巻から中津川に帰ってくるサケの存在をもっと多くの人に知ってもらいたい」と語った。

  飛澤さんは宮古市蟇目の出身。幼い頃から、閉伊川を泳ぐサケの姿を見て育ってきた。40年ほど前から盛岡市で生活を始めた後も、秋になると中津川でサケの姿を見詰めてきた。サケの自然産卵を促すため、河口で全てのサケを採取しないよう漁協などに訴える活動もしてきたという。

  「サケが急流を登る姿に何度感動したことか。そして掘り(産卵床)の意味を知り、産卵風景は心に深く焼き付いた」と語る。

  飛澤さんはサケのことを多くの人に知ってもらおうと、数年前から看板の寄贈を計画。看板には図入りで北上川水系のサケが太平洋を大きく回遊し、帰ってくる様子を紹介。文面も飛澤さんが考案したという。看板の裏には「鮭のぼる/不来方の川/生き生きと/よく来たなぁと/橋下のぞく」と、飛澤さんがサケを詠んだ短歌も記されている。

  看板は2日に完成し、同市に寄贈された。序幕は飛澤さんと同市公園みどり課の佐竹克也課長により行われた。同課によると、市民からサケに関する看板が寄贈されるのは初めてという。

  飛澤さんは「アイヌでは昔からサケを神の魚としてあがめ、魚の中では一番大切にされてきた。さらに南部サケは岩手県の魚でもある」と、人とサケの関係を説く。「秋がくるたび、サケの姿を見ようと中津川のほとりを散策してきた。紅葉で寂しくなる一方、サケの姿に元気をもらってきた。80歳まで生きられたのは、サケのおかげ」と語った。


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