盛岡タイムス Web News 2017年  1月  25日 (水)

       

■  〈口ずさむとき〉523 伊藤幸子 「コンビニのレジ」


 おにぎりを一個買ふのに一万円札しかなくてのどあめ加ふ
                                  四野宮和之

 読みながら笑いがこぼれ、「わかる、わかる」とつぶやく。コンビニの若い店員さんたちは、一万円出しておにぎり一個買っても愛想よく接してくれようが、昭和22年生まれの氏はなんとなく気が引けて、のどあめも買ったという。作者は定年後も続いている同期会に行く途中、一万円札しかないのに気付いた。幹事におつりを煩わせないようにと、おにぎりを買ってこまかくした。

  なにも大勢集まる会合なのだし、おつりをもらうのに悪いと感ずることはなく、なんていい人なんだろうと感心させられた。でも、いつも「いい人」でいると疲れる。

  「初めてのところは少し勇気要る床屋、居酒屋、公衆トイレ」「居酒屋で女性に初めて奢られる六十八の師走の夕べ」「〈くだらない話しながら呑もうよ〉の賀状来て二〇年の付合ひ」

  「くだらない話しながら呑もうよ」って、ちゃんと五七五になっている。「裏庭の柿を採り終へ速報を見ればドナルド・トランプ優位」「一〇個づつ柿を届けぬ落ちる葉がフェンスを超えてゆく三軒に」東京の柿の木坂か。なんという気遣いの人。作者の環境は「わが並び七軒のうち四軒に杏子のありて倶(とも)に咲き初む」ともあり、四季折々のあるいは江戸の世からの古木が今に妙趣を伝えてくれているのかもしれない。東京には天災人災をこえて由緒ある古木が多い。

  私の所属する短歌誌は3千人の会員がいるが、今回全く似たような作品に出会って驚いた。「コンビニのレジ」の歌。「〈五十円〉だけが聞こえて不安あり千円札出すコンビニのレジ・松下節子」。昭和15年、愛知県生まれ。東京の四野宮さんと愛知県の松下さん、ともにコンビニのレジに並んでいる。

  例によって三者読解談。A評「うん、あるあると共感。ともかく千円札を出せばなんとかなると、誰もがよくやることと思う。一瞬の心ゆらぎをうまくまとめている」と温かい。

  作者の弁、「レジの若い娘の言葉が聞きとれず、さりとて言い返す勇気もなく、あわてて千円札を出してその場をつくろった。思えば会話の行き違いは難聴の兆しかもしれません」と老いの日常を語られる。

  「暮れからのゴミを収集する人の軍手あたらし四日の朝(あした)」と詠まれる四野宮さんの新年詠。今年も健康でコンビニのレジに並びたいと願っている。
(八幡平市、歌人)



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