盛岡タイムス Web News 2017年  4月  1日 (土)

       

■ 〈体感思観〉高齢者の運転免許返納に思う



 高齢者が引き起こす交通事故が近年、大きな問題となっている。物忘れが増えてきた一人暮らしの父に、運転免許証を自主返納してもらおうと考えているが、これがなかなか難しい。

  「自分でしっかり判断できるうちに返納を」と勧めても、父は「まだ大丈夫。運転できる」の一点張り。ついに「このままだと、私が警察に連絡することになってしまいますよ」と主治医にくぎを刺されてしまった。

  父が暮らしている沿岸部のまちは津波被害もあって、日用品の買い物や通院に車が欠かせない。マイカーに代替えできるほど公共交通機関も整っていない。それでも、タクシーや生協の共同購入を利用すれば、生活はできるだろう。

  問題は、運転免許の返納が、父の生きる楽しみとプライドも奪いかねないことだ。

  父はモータリゼーションの真っただ中に生きてきた。車の運転が大好き。大昔、車の教習所で教えていた経験もあるらしく、運転には絶対的な自信を持っている。確かに車庫入れなどは、いまだに私よりうまい。

  母が亡くなってからは、車で15分ほどのゴルフ練習場に行き、打ちっ放しに励むのが日課。これが唯一の気晴らしで、運動不足解消にもなっている。タクシーは「お金がかかり、ぜいたくな乗り物」と思っている父。マイカーを手放せば、外出は減り、ますます家にこもりがちになるのは明らかだ。

  命を守るための免許返納が強く言われる一方、返納した人へのフォローまで手が回っていない自治体がほとんど。「どうしても運転をやめてくれず、車のバッテリーを外した」「家族が心配して車を売却したら、本人が勝手に新車を注文してしまった」など、聞けば、高齢者の運転免許返納を巡って右往左往している家族は少なくない。納得していないのに「運転をやめろ」と言われ続けている本人は、家族以上に不安で、つらいのかもしれない。

  先月、改正道路交通法が施行された。75歳以上の高齢者は、免許更新時の認知機能検査で認知症の恐れがあると、医師の診察を受けなければならない。認知症と診断されれば、免許は取り消される。

  父のような状況に置かれる人は今後、ますます増える。運転をやめても生きがいを感じ、安心して生活できる環境を、どう作っていくのか。知恵を出し合う場が、もっともっと必要だ。


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