盛岡タイムス Web News 2017年  4月 16日 (日)

       

■ 「景観の匠」盛岡にありし 建築家の故・渡辺敏男さん 愛した鉈屋町で偲ぶ会

     
  渡辺さんがまちづくりに力を注いだ鉈屋町を歩くガイドツアー  
  渡辺さんがまちづくりに力を注いだ鉈屋町を歩くガイドツアー
 


  建築家で、盛岡町家など歴史的景観や建造物を生かしたまちづくりに尽力し、1月に逝去した故渡辺敏男さん(享年65歳)を偲(しの)ぶ会(発起人代表・海野伸盛岡まち並み塾副理事長)が15日、盛岡市鉈屋町かいわいで開かれた。もりおか町家物語館浜藤ホールで営まれた追悼式には、約150人が出席。建物だけでなく、そこでの暮らしと風情を残すことにこだわった仕事ぶりや人柄を振り返り、志を引き継いでいくことを誓い合った。

     
   渡辺敏男さんの遺影に花をたむけ、仕事ぶりや人柄をしのぶ参加者  
   渡辺敏男さんの遺影に花をたむけ、仕事ぶりや人柄をしのぶ参加者  

 追悼式では渡辺さんとまちづくりに取り組んだ市民団体のメンバーや建築士仲間ら8人が送る言葉を述べた。

  村井軍一・盛岡まち並み塾理事長は「なべちゃんとの出会いは、自分の人生を左右する出会いの一つだった」と感謝。情熱的な働き掛けで、鉈屋町の多くの盛岡町家がよみがえったことなどに触れ「一人の人間が遺したものの大きさに、今後さらに気付いていくことになると思う」と話した。

  元市職員の坂田裕一いわてアートサポートセンター理事長は、旧第九十銀行本店(現・もりおか啄木・賢治青春館)の修繕活用など、歴史的景観を生かす「盛岡ブランド」を共に推進した。「活動の中でまかれた種、芽生えたものを後世にしっかり伝えていかなければならない。送る言葉は私たちから伝えるものではなく、渡辺さんから送られたメッセージを強く感じ深く考えることかもしれない」と遺影に語り掛けた。

  建築士仲間の山添勝・山添計画工房代表は、渡辺さんの個展や代表作である商業施設「フロムハート」(同市菜園)の設計の批評を本人に頼まれた思い出がある。「自分の考えだけでなく、常に客観性を求めた。いいものを作るために妥協しない男だった」と語り、「若い世代には、彼を超えて盛岡を創り続けていく気概を持ってほしい」と呼び掛けた。

  追悼式後、鉈屋町のまち歩きガイドツアーや「飲み語る会」が行われ、渡辺さんをしのんだ。

  渡辺さんは1951年東京生まれ。武蔵野美術大卒。東京「渋谷109」渋谷道玄坂プロジェクトなどに参加後、80年、盛岡市に〈盛岡〉設計同人を設立。旧盛岡高等農林学校本館、旧石井県令邸など歴史的建造物の調査、修繕活用、まちづくりのコンサルティングなどに力を注いだ。

  城下町の面影を残す鉈屋町地区に、都市計画道路開発が進められようとしていた03年には、地元住民や専門家らと盛岡まち並み塾を設立。盛岡町家の保存活用や歴史的資源の探訪ツアー
、歳時記行事の開催などに取り組んだ。その後、道路開発は中止され、歴史的景観を生かした、まちづくりに市全体で取り組む機運の醸成につながった。東日本大震災後は、復興のまちづくりにも貢献した。


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