盛岡タイムス Web News 2017年  6月  9日 (金)

       

■  紫波町赤沢 創建時の姿で帰還 県文化財の木造薬師如来立像中尊 近世に施した漆と金箔の除去も 大震災や経年で傷み 脇尊6体も順次修復へ


     
  紫波町赤沢の薬師堂に戻った中尊(中央)  
 
紫波町赤沢の薬師堂に戻った中尊(中央)
 

 紫波町赤沢地内にある県指定有形文化財「木造七仏薬師如来立像」のうち、修復に出されていた中尊が8日、保管場所の同地内の薬師堂に戻った。住友財団「文化財維持・修復事業助成」を活用し、昨年6月から専門業者で修復されていた。東日本大震災による転倒やそれ以前からの損傷箇所を修理。また、近世に施された金箔(きんぱく)や漆を取り除き、平安後期に造られた当時の姿に復元した。今後、脇尊の6体を2体ずつ修復に出し、早ければ2020年に7体全ての復元が完了する。

  同日は修復を請け負った、仏像修理工房・明古堂(東京都)の明珍素也さんらが薬師堂へ修復を終えた中尊を運び込んだ。明珍さんによると約1年掛かった修復作業では、ネズミや虫が空けた穴の修復や補強を実施。また、修理前は靴を履いていたが、普通の足に作り替え、如来本来の姿に戻した。足裏には板状の木材を取り付け、台座にはめ込むことで安定感を持たせた。

  台座部分は、修理前よりも重心が低いものに作り替えた。今回付け替えた足と台座はいずれもヒノキ材。

  同町赤沢地区は奥州藤原氏に関わる「蓮華廃寺」の寺域内とみられ、七仏薬師如来は藤原氏関連と推定されている。中尊はホオノキの一木造で、像高128・1a。また、同日は脇尊2体が修復のため運び出された。

  仏像を所有する同町遠山の石亀孝文さん(正音寺住職)は「まずは『お帰りなさい』という気持ち。私の寺の歴史よりも古く、赤沢が栄えていた頃からある地域の仏様で、地域の方々により守られてきたもの。住民が安心して暮らせる地域として、これからも守ってもらえれば」と話していた。

  明珍さんは「7体そろっていること、また、立像の例自体も少ない。平安時代の仏像の中でも造形が優れ、優しい顔をしている」と評した。

  町では2016年度からの4カ年計画で、7体全てに係る総事業費は約1300万円を見込んでいる。住友財団からの助成は昨年が421万円、今年が425万円で来年以降も申請する予定。


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