盛岡タイムス Web News   2017年  8月  13日 (日)

       

■ 紺碧の友嬢(上) 青い目の人形来日90年 県内伝わる18体 つぶらな瞳は時を超え 移民史から生まれて 日米波乱の記憶宿し 桜城小と城南小に飾る メリーとシャタカ 戦後見つかり、お名前は



     
   県内に残る「青い目の人形」を調査し、「子どもたちに平和の尊さを身近に感じてほしい」と話す加藤昭雄さん  
   県内に残る「青い目の人形」を調査し、「子どもたちに平和の尊さを身近に感じてほしい」と話す加藤昭雄さん
 

 今から90年前の1927(昭和2)年、日米の子どもたちを結ぶ「友情人形」として、1万2739体の人形がアメリカから日本に贈られたといわれる。後に「青い目の人形」として親しまれる人形たちは全国に配布され、本県にも263体が分配されたとされる。このうち、県内の小学校や幼稚園などに現存している人形は18体。「敵国の人形」として戦争中の受難を越え、今も愛らしい姿を見せる人形は、国際親善のシンボルとして子どもや地域の人たちに受け継がれている。(藤澤則子)

  「国が仲良くするためには、まず子どもたちが仲良くならなければならない。そのために贈られた人形は、平和について身近に感じさせてくれる存在」。県内の戦争遺跡を調査する中で「青い目の人形」に出合い、2009年に「岩手に残る 青い目の人形」(熊谷印刷出版部発行)を出版した元教諭の加藤昭雄さん(71)=花巻市野田=は「戦後生まれがほとんどになり、戦争体験を伝えられる人が少なくなった。戦争中、アメリカの人形を泣く泣く燃やしたり、処分させられたという証言がある中、今の子どもたちに残された人形は本県の財産だ」という。

  友情人形の歴史は、日本人のアメリカ移民に端を発する。日系人の閉鎖性や市民権の取得に熱心でないことを理由にした日系人排斥の動きに、心を痛めていたのがアメリカ人宗教家のシドニー・ルイス・ギューリック博士。日米両国の友好を働きかけ、1926年に世界児童親善会を設立。翌27年のひな祭りまでに友情人形を贈ろうと、教会や小学校、地域ボランティアなど全米で協力する大事業になった。

  後に日本からアメリカへ、本県代表の「岩手鈴子」など58体の「答礼人形」が贈られている。

  本県への友情人形は、27年3月2日に第1陣として69体が県庁に到着したことが新聞で報じられている。人形は、配布された各校で歓迎会が開かれるなど喜ばれたが、40年代に入って所在が分からなくなったものや、戦後しばらくたって発見されたものもある。

  全国で現存している友情人形は、09年の調査で325体だった。加藤さんは「全国的な『人形処分』の嵐の中、人目につかない所に隠した女性教師もいるかと思うが、立場上誰にも言えなかったのではないか。個人所蔵の人形も見つかっているので、まだ県内で発見されていない友情人形があるかもしれない」と話している。

  ■82年に確認できた「メリーちゃん」
  盛岡市大通3丁目の桜城小(外山敏校長、児童377人)で大切に保管され、毎年3月にはおひなさまと一緒に飾られる「メリー」ちゃん。戦後37年を経た1982年に名前が判明し、盛岡市内に残る数少ない「友情人形」として児童や地域の人たちに親しまれている。

  同小の昭和2年度(1927)の4月5日の学校日誌には、「アメリカヨリ贈ラレタル オ人形歓迎會ヲナス 第一時 三年以下 西部溜(たまり、講堂) 第二時 四年以上 東部溜」の記述があり、校内で歓迎会が開かれたことが分かる。

  この人形は、城南小の「シャタカちゃん」とともに日本に来た友情人形ということが
後に分かったが、名前や出身地が記されたパスポートが見当たらなかったため、名前は確認できなかった。

  かつての職員らへの調査で、「メリーちゃん」と呼ばれていたことが82年に分かった。現在は資料展示室に保管されているが、3月のひな祭りにはおひなさまと一緒に視聴覚室に飾られ、11月3日の開校記念日前の1週間は資料展示室を開放。地域の人たちに、その姿を見せている。

  ■愛らしい姿で児童を見守る
  盛岡市若園町の城南小(大西洋悦校長、児童404人)の「シャタカ」ちゃんは、正面玄関を入ってすぐ、廊下の展示戸棚の中に大切に飾られている。

  同小の記念誌の「通史」の1927年には、内丸の岩手県女子師範学校でアメリカ人形の岩手県歓迎会と配布式が行われ、城南でも女子の代表(2年生の小野寺イチさん)が先生に付き添われて参列し、人形をいただいて帰校したことが記されている。4月12日に校内で歓迎会を開いたことが翌日の新聞でも報じられている。

  36年には佐藤常子さんから立派な人形の家(現在のガラスケース)が寄贈され、ひな祭りに飾られるなど親しまれたが、71年に玄関の上の部屋(当時の倉庫)を整理中に発見されるまで、久しく忘れ去られていた。人形は幾重にも古新聞などで包まれていたという。

  人形がしまい込まれた経緯について記録はないが、記念誌では太平洋戦争中、敵国の人形との理由で焼き捨てられる人形があったことにも触れている。平和の尊さを伝えてくれる人形は、教職員らが季節ごとに洋服を替えるなどして大切に受け継がれている。

  ■下長山小にはマリオンちゃん
  滝沢市大石渡の古文書解読研究家の藤沢昭子さん(73)は、平和の尊さを伝える歴史の証人として、「青い目の人形」を滝沢市の高齢者大学・歴史講座で取り上げたことがある。

  夫の敏志さん(72)、義理の母の林崎ミワ子さん(89)の母校でもある雫石町立下長山小の協力で、同小に保存されている「マリオン」ちゃんを披露。歴史講座の受講生で「友情人形」を知る人はほとんどいなかったが、滝沢市の篠木小にも人形を分配したという当時の記事(現存はしていない)があり、受講生の関心を集めたという。

  県内の民俗の聞き取り調査の中で、お年寄りから人形出迎えの話などを聞いたという藤沢さんは「晴れ着を着て、駅までアメリカの人形を迎えに行ったという女性もいた。一方で、義母も夫も下長山小に人形があることすら知らなかったという。敵国の人形だからと壊すようなことは二度とあってはならないし、現存している人形はボランティアで人形を準備してくれたアメリカの人たちの思いや平和の尊さを教えてくれる」と話している。

     
   盛岡市立城南小学校のシャタカちゃん。1971年に校内で発見され、玄関近くの展示戸棚で子どもたちを見守っている  
   盛岡市立城南小学校のシャタカちゃん。1971年に校内で発見され、玄関近くの展示戸棚で子どもたちを見守っている
 
     
   盛岡市立桜城小学校のメリーちゃん。1982年に名前が判明し、児童や地域住民に親しまれている  
   盛岡市立桜城小学校のメリーちゃん。1982年に名前が判明し、児童や地域住民に親しまれている
 




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