盛岡タイムス Web News   2017年 11月  11日 (土)

       

■ 〈体感思観〉 編集局 藤澤則子 賀状が届けてくれるもの


 2018年用の年賀はがきの販売が1日、全国一斉に始まった。いぬ年にちなみ、人気キャラクター「スヌーピー」の絵柄が初登場するなど話題が多いが、盛岡市内でも年賀状にちなんだ企画展が開かれている。

  盛岡てがみ館(盛岡市中ノ橋通1丁目)で来年2月12日まで開かれている「年賀状の歴史」には、盛岡ゆかりの著名人の年賀状の他、郵政博物館提供の資料も展示され、郵便や年賀状の歴史をたどることができる。

  「特賞 高級ミシン 1等 純毛洋服生地 2等 学童用本皮グローブ 3等 学童用洋傘」。これは、1949(昭和24)12月に初めて発行された「お年玉付き年賀はがき」の賞品。当時のベビーブームを反映し、子ども向けの賞品が取り入れられているという。

  60年代に入るとテレビ、平成に入った90年代以降になるとパソコンも登場。2018年の賞品は、1等が「セレクトギフト(12万円相当、1万点以上の賞品、旅行、体験プランなどから選択)」または「現金10万円」というから、これも世相を反映か。末等賞品(お年玉切手シート)しか当たったことのない私も心をくすぐられた。

  明治時代に制度化された年賀郵便の歴史には困難な時代も。1923(大正12)年9月1日に関東大震災が発生。この年は、目打(切手の切り目の小穴)、のり引きを省略した「震災切手」(暫定切手)が発行され、翌24年の冨田小一郎(盛岡市出身の教育者)宛ての年賀状にも「震災切手」が使われている。

  東日本大震災が発生した2011年末、被災地に住む友人や知人の心中を推し量り、年賀状を出すにしてもどのような内容にすればいいだろうか、という声をよく聞いた。

  私も同様だったが、沿岸地域に住む幼なじみから「今年は年賀状を休みます」とのメールが先に届き、こちらの健康をも気遣う言葉が添えられていた。早速メールで返信したが、一日でも早く、ひと言でもいいから、手紙でもメールでも送れば良かったと悔やまれた。

  11月に入り、同級生から喪中はがきも受け取った。お互いが無事に健やかで、年始に「おめでとう」と年賀状を交わせるのは、本当に巡り合わせ。当たり前のことではないと感じている。


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