盛岡タイムス Web News   2018年   3月  10日 (土)

       

■ 〈体感思観〉 大崎真士 忘れずにいたいこと


 高校2年の夏、休み時間。友人たちと悪ふざけをして、下級生の女子の陰口を大声で叫んだ。相手が近くにいると気付かず、彼女の仲間たちの反感を買った。男子からは、けんかも吹っ掛けられた。

  秋の文化祭ころになり、同級生が取りなしてくれた。

  許してもらえなくても謝る。自分は潔い行動ができなかった。相手のことをそれほど知りもしないのに軽はずみだった。謝罪する勇気もなく、同級生に感謝もできず、ずるくて幼稚だった。成人後もしばらく思い出したが、忘れていた。

  先月末の仕事帰り。記憶が呼び起こされた。急に、そして、はっきりと。あの時と同じ後悔と恥ずかしさにさいなまれ、動悸がした。若気の至りだったかもしれないが、それを四半世紀も経て突然思い出した。一人で取り乱した。引き金がどこにあったのか、全く見当が付かない。

  なぜ今、思い出したのか。ふいに過去の記憶を鮮明に思い出す。皆さんには経験があるだろうか。

  きっとつらく苦しい経験、死が目の前にある体験をした人は、もっと鮮やかに記憶がよみがえるのではないか。何年たっても、突然に、何度も繰り返して。情けない自分の記憶の比ではないだろう。

  東日本大震災津波に遭い、最愛の家族や仲間たち、住み慣れた家やまちを失った人たちの悲しみや憤りは、筆舌に尽くせない。

  悲しみを乗り越え、困難に立ち向かい、家の再建を遂げ、事業の再開や定職に就いても、頭の中にふと記憶が湧き上がってしまう。感情を抑えられなくなる。何年も続いたり、何年もたって突然訪れたりもする。

  遺族の方に表れる「悲嘆反応」という心の傷のことを、取材で支援団体から聞いた。それは深く刻まれ、いつ癒えるのか、本人にさえ分からない。

  本県を襲った大地震・津波から、あすで7年を迎える。忘れられない、忘れない、忘れたくない記憶がある。そういう気持ちを抱く人たちが、同じ岩手・東北で今を生きている。忘れずにいたい。



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