盛岡タイムス Web News   2018年   3月  30日 (金)

       

■  「復活蔵」担う6代目 赤武酒造(盛岡市)杜氏の古舘さん 県新酒鑑評会 「AKABU」など7点金賞


     
   若手社員たちと力を合わせ挑戦を続ける杜氏の古舘龍之介さん。手にする「AKABU」は渾身の作  
   若手社員たちと力を合わせ挑戦を続ける杜氏の古舘龍之介さん。手にする「AKABU」は渾身の作
 

 5日に開催された2017年度県新酒鑑評会(県酒造組合、県工業技術センター主催)の第一部(吟醸酒)で赤武酒造(盛岡市北飯岡1丁目)の「AKABU」が第1位の県知事賞に輝いた。第二部(主に吟ぎんがを原料米とした県酒造好適米の部)の純米酒部門でも第1位の全農県本部長賞を受賞。出品した7点全てが金賞に輝く好成績を収めた。製造部門の責任者として指揮を執る杜氏(とうじ)の古舘龍之介さん(26)は、大槌町で1896年に創業した同社の6代目。父親で5代目の古舘秀峰社長(53)や平均年齢31歳という若い社員とともに「日々進化する酒造り」に挑む。
(馬場恵)

 「いつかは取りたいと思っていた賞。本当にうれしい」。2014年夏に赤武酒造に入社。本格的な酒造りを始めて4年になる龍之介さんは、受賞を素直に喜ぶ。全国の中でもハイレベルで知られる本県の新酒鑑評会。初出品した年は、ほとんど最下位に近い成績で、壁の高さを痛感。同時に、他の出品酒を味わい「こんなにおいしい酒がある」と感動し、がぜん、やる気が湧いたという。「去年よりおいしいと言われる酒を造り続けたい」と気を引き締めた。

  大槌町にあった同社の酒蔵は、東日本大震災の津波と火事で全壊。盛岡市に親戚を頼って避難した秀峰さんが、桜顔酒造(盛岡市)の酒造りに加わるなどして看板銘柄の「浜娘」を守った。大槌町での再開を目指すも、町の復興事業と折り合いがつかず断念。国のグループ化補助金を活用し2013年夏、現在地に「盛岡復活蔵」を建設した。

  東日本大震災の発災時、龍之介さんは東京農大醸造科学科の1年生。「いつかは実家の酒蔵を継ぐ」と、何となく将来を描いて進学したものの状況は一変した。一時は違う進路も考えたが、盛岡での秀峰さんの奮闘を見聞きし、本気で酒蔵を継ぐことを決意。大学で醸造の基礎を学びながら、仲間と有名店にも足を運び、全国の銘酒の味を覚えた。

  大学卒業後、短期間だが関東の酒蔵と酒類総合研究所で研修し盛岡へ。酒蔵復活を担う「浜娘」の味わいが、自分の中では納得できず、震災から時がたつに連れ、出荷数が伸び悩んでいたことも帰郷の決め手になった。当時22歳。「運命的なタイミング」で全国最年少の杜氏となり、秀峰さんの志を引き継いだ。

  麹(こうじ)や酵母など生き物を扱う酒の仕込みは、微調整を重ねながらの丁寧な作業が求められる。わずかな誤差も積み重なると、味を全く別のものに変えてしまう。復活蔵の社員はパート4人を含む13人。震災後に集まった経験の浅いメンバーばかりだ。初めの2年間はほとんど一人で作業していたが、疲労で勘は鈍った。県産酒米の「結の香」と県開発の酵母「ジョバンニの調べ」を使った浜娘の純米大吟醸は15年度全国新酒鑑評会で金賞を受賞し成果を出していたものの、「社長の息子というだけで経験も実績もなく、従業員の信頼も得られていなかった」と振り返る。

  「酒造りは、いろいろなことを考える時間が必要だし、集中力がなければ、おいしい酒は造れない。それに一人では決してできない」。酒造の根本に立ち返り、職場環境の改善に着手。任せられる作業は機械に任せ、従業員の勤務も週休2日のシフト制で、定時退社できるようにした。

  その代わり、科学的なデータに基づいて品質管理を徹底。特に「搾り」や「火入れ」、「瓶詰め」のタイミングと衛生には、とことんこだわり、瓶詰め後も5度に設定した貯蔵庫で保管する。

  社員にも自信と誇りが生まれ、全員が一つの方向を見て仕事ができる空気が高まった。

  さらに、県内出荷中心だった販売戦略も改革。秀峰さんと手分けして首都圏など酒販店に出向いて飛び込み営業し、販路を広げた。全国の銘酒と同じ土俵で勝負できるよう酒質にこだわる専門店との取り引きに力を入れ、ブランド力の強化を図っている。

  目指すのは「深い味わいはあるがフレッシュで、飲み込んだ後のキレのいい酒」。酒造りの伝統を守りつつ、新基軸にも臆せず挑む。「同世代がおいしいと言って、喜んで飲んでくれる酒を造りたい」と前を見据えた。

  県新酒鑑評会の表彰式は30日、盛岡市のホテルメトロポリタン盛岡本館で開かれる。


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