盛岡タイムス Web News   2018年   8月  16日 (木)

       

■ 請願駅≠ェハタチの節目 駅を核のまちづくり着々 日詰から町内全域の支持で実現 紫波中央駅が開業20年

 

 

     
  今年で開業20年を迎えた紫波中央駅  
  今年で開業20年を迎えた紫波中央駅
 

 紫波町日詰地区にあるJR紫波中央駅は今年、開業20年を迎えた。日詰地区の住民により行われた駅設置に向けた運動により、同地区を中心に町内全域から集められた寄付金で1998年に開設された「請願駅」。明治時代から平成に掛けて、同地区の最大の懸案とされてきた駅設置は好景気などの社会的背景、国鉄の分割民営化などさまざまな情勢の変化が好機となり、住民運動の成果により実現した。町の発展を支える駅の開設にどのような経緯があったか。駅開業20年、平成30年の節目に合わせ改めて考えたい。(山下浩平)

 ■背景
  1890(明治23)年、日本鉄道会社東北線の盛岡開通と同時に、当時の赤石村に現在に続く日詰駅が開業した。当時、鉄道開業で首都圏とつながることが地方へ不安を与え、反対運動が各地で発生。当初、駅開設が予定されていた日詰町も同様だった。

  しかし、鉄道開業により、古くからの宿場町として栄えた日詰を支えた水運が衰退。鉄道が地域経済に与える影響が示され、98年、日詰町議会は「日詰停車場(日詰駅)移転の請願」を決議。これにより、日詰地区における駅設置に向けた取り組みが始まった。

  ■昭和から平成
  当初は、駅の移転を目標に行われた住民活動だが、住民の努力は報われずにいた。転機は1988(昭和63)年。日詰地区の住民が、地域の課題を検討するため組織していた「紫波町の未来を考える日詰地区懇談会」が、長年の懸案事項に挑戦すべく「新駅設置促進協議会」に発展。89(平成元)年には全町組織「新駅設置促進期成同盟会」が設立され、「日詰に新たな駅を設置しよう」との目標設定がなされた。

  ■町民主導の地域発展へ
  JRとの協議で、請願駅としての設置のため全額、地元負担することが求められた。95年から行われた募金活動では、必要とされていた2億7千万円に対し、日詰地区の法人や個人を中心に全町から、2億6800万円が集まった。また、現在の駅は農地整備の予定地だったが、町事業の中で用地転用を図り、駅周辺の地権者の理解を得たうえで、住宅地開発も連動して行われた。

  明治期の構想から数えると、120年が経過した。駅設置と合わせて行われた日詰西地区の開発、駅前10・7fの雪捨て場で行われたオガールプロジェクトにより、町内では近年で最も発展著しい地域といえる。

  同プロジェクトも正式には「紫波中央駅前都市整備事業」であり、駅新設が達成されなければ構想も描かれなかっただろう。長年の歴史を踏まえた平成最初の年の陳情、そこから10年で駅開設を達成。平成30年間における町の発展は同駅、駅開設に尽力した住民なくしては成し得なかった。

  各種取り組みが行われるにあたり、最初に地元へ呼び掛けを行うなど、中心的な役割を担った同町日詰の齊藤政男さんは「『歴史に残るような取り組みをしよう』のスローガンのもと、もう2度と挑戦できないような事業を成し遂げられた。もしも駅がなければ、これほど活気ある町にはなっていなかっただろう」と話し、20年の節目を迎えた駅への思いを語った。


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