2006年 6月の天窓

▼ 2006年 6月 30日 ―サービスの競争―
 ガソリンスタンドでマイカーの窓をふいてくれるのは日本だけという。それだけわが国のガソリンスタンドの競争が激しいことを表しているのだろう。盛岡市内や周辺の市町村では、ガソリンスダンドが撤退した跡がそちこちで見受けられる。その跡地を何に活用するのかも関心のあるところだ。
▼ガソリンがリッター135円なら相場だろうが、県南にはかなりやすいところもあって高低の差が出てきている。一部の地域ではセルフ販売が主になっているところもある。旧ガソリンスタンドを活用してペット・喫茶店をオープンしたところもある。喫茶を楽しんでいる間にトリマーを済ませるのだろうか。それともその逆かもしれない。
▼関東のある友人の話では、ペットルームもガソリンスタンドでも家族だけでの運営でなければペイしないといっていた。コンビニも同じ状況かもしれない。コンビニもガソリンスタンドも店長のセンスが経営のカギを握っているからだ。
▼ガソリンであれ、コンビニであれ、大手の企業が競争を持ちかけてくる。当然に勝たなければならないが、右習いにありふれたモノだけを売っていたのではつぶれる。だからといって24時間営業では人件費倒れになってしまう。結局は大手のどこと組むのか、あるいは、どのような個性を出していくのかにかかってくる。
▼大量販売か、それとも多品種少量販売に徹するかであり原価管理であろう。当然に安くてサービスの行き届いている方がもっとよい。

▼ 2006年 6月 29日 ―折り返し点 夏越のみそぎ―
 大みそかに心身を洗い清めてすがすがしく新年を出発したのに、半年も月日を重ねると不安もでてくる
▼特に罪を犯したわけではないのに、日に日に心を汚し穢(けが)れが積もって、災厄を招き寄せなければいいが、と。そこで、大みそかと同じように心身のあかを払い落とし、クリーニングして、残る半年へお正月のような気分で清新なスタートを切ろうという催事が、昔から全国的に行われている
▼水無月とも称される6月のみそか(末日)を中心に、寺社などで催される「夏越(なごし)の祓(はら)い」はその代表的なものだろう。最近は30日にこだわらず、月末の日曜日などに繰り上げているところもある。本紙でも伝えているが、盛岡八幡宮の「夏越の大祓(おおばらい)」は25日に行われた
▼紙を人形(ひとがた)に切り、これに名前などを書いて自身の穢れを託し川へ流したり、かや(茅)を束ね輪にした「茅(ち)の輪」をくぐり無病息災を祈るなど、各地で趣向が凝らされている。盛岡でも境内に直径3メートルほどの「茅の輪」が置かれ、訪れた市民らが3度ずつくぐったという
▼恒例の「茅の輪」を乗せた神輿(みこし)も登場し、市内を威勢よく練り歩いた。「水無月の夏越の祓いする人は千歳の命のぶというなり」という歌が伝承されている地域もある。1年の折り返し点でわが身を省み、敬けんにみそぎを祈るゆかしさが伝わってくる
▼庶民から遊離、感覚まひがひどい日銀総裁氏にも夏越祓いを勧めたい。

▼ 2006年 6月 28日 ―運動基礎能力の育成を―
 仁王小学校の校庭では100メートル競走、ハードル競走、ボール投げなどの練習が盛んに行われている。校庭には白線が引かれ、白・赤の帽子をかぶった生徒たちが2人1組で順番にスタートを切っている。
▼スタート地点と中間には先生が立っていて児童たちの走り具合をよく見ているようだ。丈夫な子供も運動が苦手な子供も全員が「走る、投げる、跳ぶ」の基礎的なことに挑戦しているのはよいことだと思う。
▼低学年の子供たちは校庭で木登りに挑戦している。なかなか自由かったつで元気な子供たちだ。盛岡中央郵便局などへ用足しに行く途中に子供たちの元気な姿を時折立ち止まってみる。▼ドイツでのサッカー・ワールドカップは日本チームは予選で敗退したが、やはり日本人は基礎体力や基本的な運動能力の向上に課題を背負っているように思われる。「走る、跳ぶ、投げる、泳ぐ、ける」などの基本能力を鍛える必要があり、鍛錬によって「持久力」をつけなければならない。野球にしてもサッカーにしてもまずは小学生のころからそうした基礎練習をしっかりやらなければならないだろう。キャッチボールをやるとかサッカーボールをけるとかと一緒に、運動の基礎体力を鍛えるべきではないか。そのためにも小学生が白・赤の運動着を身に着けて校庭を元気に走り回るのはいいことだと思っている。学校での記録会でも、市内の記録会でもなるべく記録証などを発行して生徒たちを励ましてほしい。

▼ 2006年 6月 27日 ―捕虜厚遇のドラマ―
 戦争で捕虜を虐待する事例は枚挙にいとまがない。米兵によるイラク人捕虜に対する虐待映像も記憶に新しい
▼日本にもいまわしい過去があるが、それだけに敵将らを人道的に遇した歴史は、ドラマチックに語り継がれる。日露戦争でバルチック艦隊を破った東郷平八郎司令長官が、負傷して捕虜になった敵将・ロジェストウェンスキーを佐世保に見舞ったのもよく知られる史実
▼「勝敗は時の運です」といたわる東郷。「感謝します」と応じる敗軍の将。両者の思いは子孫に継承され、百年目の昨年に続き今年も両家のひ孫同士が現地で対面(5月27日)、平和と友好を誓い合っている
▼ドイツ兵捕虜への人間味あふれる処遇を描いた映画「バルトの楽園」も実話に基づいている。1914年、日本軍がドイツの拠点である中国・青島を攻略。4700人のドイツ兵捕虜が日本国内各地に収容された。映画の舞台となった板東俘虜収容所(徳島)もその一つだが、待遇は破格だった
▼松平健が好演する所長・松江豊寿は賊軍として辛酸をなめた会津藩出身。不遇を味わっているせいか敗者への厚遇を貫く。彼らはプライバシーに配慮された兵舎に居住。敷地内にはパン屋、酒保(バー)もあり新聞も発行。演奏会も開催。外出も認められ住民との交流も生まれる▼終戦を迎えて、兵士らが感謝を込めて開いた、日本初演のベートーベン第9「歓喜の歌」演奏会は映画でも圧巻だ
▼戦時下に奏でられる人道の調べはひときわ感動を誘う。

▼ 2006年 6月 26日 ―千昌夫さんのヒットの陰に―
 日経新聞の「私の履歴書」欄で作詞・作曲家の遠藤実氏の自叙伝を掲載している。23回目は山本リンダさんと千昌夫さん、三船和子さんのことなどが述べられている。三船和子さんの「他人船」がヒットしていたが、下降線になっていたころ舌足らずで甘えるような口調で歌う少女山本リンダさんの「困っちゃうな」が大ヒットする。
▼ミノルフォン設立2年目にして初めての大ヒットとなった。そのころに千昌夫さんが高校2年で中退して内弟子になった。本県の陸前高田出身である。遠藤師匠は千さんに当時はやっていた舟木一夫の「高校3年生」を歌わせたという。
▼千さんは勝手に節回しをつけて民謡調で歌いまくったという。なかなかな破天荒な行動の多い青年であったが、師匠はいつか一人前の歌手にしてやりたいと思うようになった。そして彼のために「君が好き」という曲を書いてデビューさせたが不発に終わった。第2弾として「君ひとり」をレコーディングしたがB面に入れる曲がない。そんな中、福島県相馬市の作詞の同人誌「こけし人形」の中の白鳥園枝作の「辛いな」という4行詩をみて「別れることはつらいけど仕方がないんだ君のため…」を引用し「別れに星影のワルツを唄おう」と書き足して作詞作曲した。
▼千昌夫さんの「星影のワルツ」の大ヒットはそこから始まる。千昌夫さんに続いて大船渡出身の新沼謙治さんがデビューするが、その後の歌謡界には本県から大物歌手の登場がない。

▼ 2006年 6月 25日 ―16歳 殺意の不条理―
 五行歌を進める草壁焔太さん編「一度だけお母さんへ」(樹の森出版)には母と子の情愛を詠んだ作品が満載されている
▼「母は云った/ニッポンコク/イワテケンモリオカシ:/はぐれたら/そういうんだよ」(藤村清彦さん作)。外地で逃げ惑いながらしっかりと母の手をつかんだことだろう。「『ぼくのおかあさんが/いちばんきれい』/子どもごころに/そう思っていた/父兄参観の日」と思い出をつづる人もいた
▼奈良で医師宅が全焼し母子3人が死亡。放火と殺人の容疑で逮捕されたのは16歳の長男だった。この少年にも母を美しいと誇り、「はぐれないでね」と優しく手を包んでくれた母の思い出があるのではないか。だが彼は生母と別離している
▼10年ほど前に両親が離婚。今回亡くなったのは継母だった。犠牲になった2人のお子さんも異母きょうだいだ。でも彼は実子のように、良いお兄ちゃんとして振る舞っていたらしい。近隣からも、仲の良いご家族で賢い息子さんだったとの声が寄せられている
▼殺意の不条理さが浮かぶ。離婚条件により実母とは会うことができなかったという少年。明るい優等生とされるが、複雑な葛藤があったのかもしれない。会えぬ母への恋慕。成績への重圧もあったことだろう。凶行は一番の悪だが、苦悩を見抜き、励ます大人はいなかったのかと悔やまれる
▼時計の針を戻していけば、誰かが暴走の芽を摘む機会は幾らでもあっただろうに。哀れさと寒々しさが募る事件である。

▼ 2006年 6月 24日 ―県農協中央会の再編構想―
 23日付の本紙に「県農協中央会が6農協への再編構想」の記事が掲載されている。現行17農協を3分の1の6農協に再編する構想が22日の通常総会で採択された。細かいことはおいても「盛岡市・いわて中央」と「新いわて・みやこ・北いわて・いわて奥中山・いわてくじ」の再編区割りに納得いかない。
▼衆院の小選挙区を意識したものかどうかは分からないが、盛岡市を中心に滝沢村や八幡平市など広域盛岡圏として当然しなければならない区割りがない。将来展望に欠けると思われる。盛岡市農協の赤字財政をはじめ、今後の農業生産高の展望等をみてのこととは思われるが、北東北の拠点都市構想と照らし合わせる等の配慮があるべきではないかと思う。
▼本県農業は従来水田稲作を主体にしてきた。今後は野菜・雑穀・シイタケや花き栽培などにもっと目を向けていこうとしているのか。畜産関係はどのようになっていくのだろう。農業後継者の見通しやほ場整備等の農業近代化の可能性はどうだろう。沿岸・山間部の展望は開かれているのか。河川やダム等の水利利用の見込みはどのような計画になっているのか。県の地方振興局の再編計画との兼ね合いはどうなっているのか。漁協との兼ね合いはどうなっているのか、といったようなことが分からない。
▼県内17農協の合併再編については異論がない。3年間に立派な農協を立ち上げたい意向のようであるが、さらにさまざまな要素を組み入れて再編計画を練ってほしい。

▼ 2006年 6月 23日 ―ジーコのサムライ精神―
 新渡戸稲造博士は、名著「武士道」の中で戦場における古武士の駆け引きを事例に挙げ、その勇気は「スポーツ的の要素さへある」と述べている(「新渡戸稲造全集」第1巻・教文館)
▼真の武士の態度として、古来、死を急ぐのは卑怯とされたことも指摘。一戦また一戦に敗れ追い込まれても、「憂(う)き事のなほ此の上に積れかし限りある身の力ためさん」と戦国武将が詠んだように、自らを励まし耐え抜くことこそが武士道の教えるところであった、とも書いている
▼サッカーのワールドカップ(W杯)でブルーのユニフォームに「サムライ」を標ぼうする日本代表。その奮闘ぶりに新渡戸先生の言葉になぞらえて、「サムライブルー」のフレーズ通り、「武士道的の要素さえある」との賛辞を贈りたい
▼1次リーグ初戦でオーストラリアに敗れ、クロアチア戦でも決定打が出せず引き分けとなったとき、ジーコ監督はきょう未明予定の強豪・ブラジルとの決戦に臨む決意を語っている。「最後の試合に、顔を上げて戦いたい。われわれはまだ呼吸もしているし、生きている」と
▼上を仰ぎ死に急ぐことはしない。限りある身の力を試すとの覚悟が読み取れる。期せずして現代版武士道精神が吐露されている。この新聞が配達されるころには、対ブラジル戦の結果も報道されていることだろう。日本は奇跡を起こしたのか。筆者も気掛かりだが、ジーコジャパンに脈打つサムライ精神のすがすがしさがうれしくこの稿を書いた。

▼ 2006年 6月 22日 ―イラク陸自撤退―
 陸上自衛隊のイラク派遣部隊が7月末で撤退することが20日、小泉純一郎首相から発表された。サマワを州都とするムサンナ州の治安権限が来月からは多国籍軍に代わりイラク政府に移譲される。これを受けてムサンナ州の治安権限を握っていた英軍、オーストラリア軍も撤退し、ムサンナ州は多国籍軍から完全に治安権限を受け継ぐ最初の州となる。
▼2003年7月から始められた多国籍軍によるイラクの治安維持は3年間続けられてきたが、イラクのマリキ首相は今後他州でも完全な治安権限の移譲が進むと語ったことから準備が整い次第に多国籍軍の撤退が進められることになろう。額賀防衛庁長官が撤退命令を発するが、完全に終了するのは8月になる模様だ。
▼自衛隊部隊は現在第10次復興支援群と業務支援隊第5次要員約600人が派遣されている。2004年1月に石破茂防衛庁長官が陸上自衛隊に派遣命令を出してから約2年4月間、サマワで活動を続けてきた。陸上自衛隊の活動は終結するが、航空自衛隊のC130輸送機の活動範囲拡大、政府開発援助、ODAなどを通じたイラク復興支援は継続する方針である。撤退に当たっては無事の帰国を願っている。
▼自衛隊部隊のイラク派遣は米国や国連の要請に基づき多国籍軍の活動等を支援する「安全確保支援活動」に軸足を移し、バグダッドなどに運用を広げる模様だ。イラク現地での危険はなくなったものの依然として危険性がなくなるわけではない。

▼ 2006年 6月 21日 ―受賞者を厚く遇する配慮―
 善行や優れた業績、成果などを褒めたたえる表彰が学校、職場、地域などで盛んに行われている
▼各辞典の解説にもあるが、表彰が目指しているのは、「人々の前に明らかにすること」「褒めたたえること」であるらしい。国の叙勲のように厳かなものから、子供会などのほほえましいものまで、趣旨は共通しているようだ
▼いずれも、当然ながら授ける人と受ける人がいる。授与する側にはある種の権威というものがあり、その重みが顕彰を晴れがましいものにしている面もある。中にはその権威主義らしきものを嫌い受賞を拒否する向きもあるが、褒め合う、喜び合うことは人の世の潤滑油。神経質になることもなかろう
▼ただ授ける側は、権威色を濃くしない方がいい。式場設定で授与者は壇上、受賞者は一段低いところに並ぶスタイルも目立つ。それはいいとしても、褒めたたえるべき受賞者を一段も二段も上に遇する主催者の心掛けは大事だろう
▼功名を認められた山内一豊が、皆の前で信長から褒められ加増を申し渡され、「ありがたき幸せ」と平伏する場面はテレビでおなじみだが、現代の表彰にもそんな上下意識が潜在しているよにも見える。今、その古い殻を破っていると評判を呼んでいるのが神奈川の松沢成文県知事だ
▼式場では知事の方から受賞者席へ足を運ぶ。表彰状を渡し敬意とねぎらいの言葉を掛ける。本県でも同様のスタイルがあるかもしれないが、松沢流は特に年配者の受賞式では好評のようである。

▼ 2006年 6月 20日 ―岩手の先人第4集―
 日本教育会岩手県支部が「岩手の先人・第4集」を発刊した。既刊の冊子とは異なり今回は地域に根ざした先人たちにスポットを当てている。著名人とは言えないが、県内の各地で地道な活躍をされた先人の業績をたたえている。
▼県内を16地区に分けて各地域の実情に詳しい人たちが執筆を担当した。発行社編集担当の調査研究部員の方々と連携を取り合ってまとめられている。今回は第4集となっているから今後も第5・6集へと続けられていくのであろう。先日、調査研究部の及川睦男、佐々木杜子の両先生が来社された際にこれからの編集方針などについて話を伺った。
▼ページをめくっていくと鹿妻幹線水路を開発した人々、江刺平野の耕地整理事業に尽くされた人、岩泉地方の畜牛の基礎を築いた人、高田松原の松植林の先人たちらの業績が述べられている。岩手が生んだ二人目の総理大臣斎藤實を支えた妻、斎藤春子の生涯を紹介し、明治時代から昭和のはじめに夫を支えて生き抜いた女性の一生をたたえている。
▼発刊に寄せてと題しては、日本教育会岩手県支部長の菅原昭平氏が、郷土を愛した国際人新渡戸稲造博士の自分をかえりみての中から、「われを生み給えるは父母、われを人となし給えるは師なり…」を引用して師、読書、友人、手紙、先輩との出会いによって人になっていくことを諭している。今からでも遅くはない。先人の足跡を見習うなどしてこれからの生活に生かしていきたいと思う。

▼ 2006年 6月 19日 ―きょう太宰の桜桃忌―
 河口湖畔の局で郵便物を受け取り、バスで宿にしている御坂峠の茶屋に向かう「私」
▼富士がよく見えるというガイドの声に、大半の乗客が目を向けるが、1人の老婆だけは反対側を見ている。私も同じ側を眺める。「おや、月見草」と老婆。バスは過ぎ去るが花の鮮やかさは私の目から消えない。太宰治の「富嶽百景」はここでこの花を称賛。「富士には、月見草がよく似合う」と続く
▼師事する井伏鱒二の招きで太宰が御坂峠の茶屋に滞在したのは、1938年(昭和13年)9月から2カ月ほど。連れ添った妻と離別、独身中の太宰が井伏の勧めで石原美知子との結婚を決めたのもこの茶屋だ。作品にはそこの「おかみさん」が登場する
▼そのモデル・外川ヤエ子さんが今月7日、交通事故で亡くなった(享年97歳)。きょう19日は太宰をしのぶ桜桃忌。晩年の作品「桜桃」から名付けられた。外川さんは今年も茶屋で催される追悼会で、太宰の思い出を語る予定だったという
▼太宰が津軽に生まれたのは1909年6月19日。女性と玉川に入水したのは6月13日深夜。遺体が発見されたのが39歳の誕生日だった。18歳で芥川龍之介の自殺に衝撃を受け、自身も服毒自殺未遂を2度。心中のたくらみも玉川が3度目だ
▼作品には道化師風のおどけが目立つが「死はよいものだ」(「パンドラの匣」)と説く生死観には実人生の深刻さが重なる。それでも巧みな人間観察があり、何より文の運びが面白いからか、今でもファンが多い。

▼ 2006年 6月 18日 ―50年目の同窓会―
 新緑滴る6月の中旬に高校卒後50年の同期会を花巻市の新鉛温泉で開いた。300人中既に31人が他界しているが全国から90余人が集まった。全国に散らばっている同期生の中では関東地区からの参加者が33人で一番多かった。昭和2ケタ生まれ、戦中戦後の混乱期を生き抜き、戦後の復興と興隆に貢献した者たちだ。今回は盛岡地区が開催の幹事役を務めた。卒後50年であるから一つの区切りとして開催した。これから古希の70歳も近づいていることもあってか、次の開催の時期も幹事も決めないでしまった。
▼全国に分散しているため一堂に集めるとなると結構な手数がかかる。それに自分も生きているのか分らない身では慎重にならざるを得ない。同期会の狙いは何か。これまで生きてきたことに感謝し、そしてこれからの有意義な生き方をつかむことにあるのだろうか。どうも学生時代にまじめに勉強ばかりやっていた人間は期待されたほど大成していないようだ。
▼小岩井農場の見学など2日間をバスで移動したが、2日目は水沢の母校を訪れて学校見学や校長に文武両道での活躍を期して育英資金を寄付した。そして在校生応援団から校歌やエールをちょうだいした。帰り道に旧水沢繁華街のシャッター通りを見てうんざりした。人通りもまるで少なかった。郷里の寂れ方にひとかどの寂しさを誰もが感じたようだ。昭和30年ころの商人の町水沢の面影は見られない。だが、地元にいるとそれがもう当たり前になっている。

▼ 2006年 6月 17日 ―韓国政権の行方―
 このところ日本には冷淡な韓国の盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権。だが足元は揺らいでいるらしい▼与党の「開かれたウリ党」が、5月31日に実施された統一地方選挙で大敗したことに、その不安定ぶりが端的に表れている。執行部も総退陣。今月9日には執行部を代行する非常対策委員会を設置した。この委員会を臨時執行部体制としたのである
▼遠くから眺めている者にも、現政権が非常事態に陥っているとの危機感と、慌ただしい政局の動きが伝わってくる。その対極にあって脚光を浴びているのが、統一選で圧勝した最大野党ハンナラ党の女性党首・朴槿恵(パク・クンヘ)さんだ。選挙遊説中、ソウル市内で暴漢に襲われ60針も縫っている
▼そのニュースは日本にも流れたが、その際の気丈な振る舞いが人気を押し上げたとも言われる。彼女には政治家の血が流れている。父は第5〜9代の大統領を努めた人。強引な政治手法で内外に敵が多く、父は1979年に暗殺で世を去り、その5年前に母も暗殺で亡くしている
▼母亡き後は父に同伴し、ファーストレディー役を担う。党代表に就任したのはわずか2年前。地盤沈下傾向の盧政権を地方選大勝でさらに追い込み、次期大統領選の最有力候補に踊り出ようとしている。当面その動向から目が離せない
▼こちら日本もポスト小泉の主導権争いが白熱している。日韓双方、どなたが次のトップに就いても、お隣様なのだから「政冷」を溶かし「政温」な新時代を開いてほしい。

▼ 2006年 6月 16日 ―福井日銀総裁のファンド拠出―
 日銀の福井俊彦総裁が村上ファンドに1千万円の大金を投資していたことが13日の参院財政金融委員会で明らかになった。問題は15日の参院予算委員会でも説明され与野党の質疑が行われた。民主党など野党側から総裁の道義的責任を問う声が上がった。
▼公正・中立であるべき日銀の総裁が証券取引法違反とインサイダー取引容疑で逮捕されている村上世彰容疑者率いるファンドに出資を続けて利益を上げていたというのでは、国民に説明がつかないのではないか。福井総裁が投資したのは1999年秋で、日銀幹部の接待汚職事件の責任を取って副総裁を辞任し、富士通総研理事長をしていたとき、総研の有志数人で1千万円ずつ投資したのだという。
▼小泉総理をはじめ政府首脳は日銀総裁に赴任する前の投資であるから道義的責任を追及しないとしている。しかし2003年に総裁に就任してから既に3年も経過し、この間に資金を引き上げるなど解約等の手続きを踏んでこなかった。
▼国民にはゼロ金利政策を継続させる中で、福井総裁が個人的に利殖行為を続けてきたことが日銀の諸規定に照らし合わせた場合に違法とされないのか。懲戒に該当するようなことになっているのではないか。少なくとも軽率な行為として戒めなければならないことは事実だろう。▼福井総裁は今年の2月に解約を申し入れていたという。ライブドアの堀江前社長が逮捕されたのは1月であり、次は村上ファンドとささやかれていた。

▼ 2006年 6月 15日 ―「団塊世代」の門出―
 団塊の世代を指して新入社員が言う。「あ、かたまりの人」と。漫画家の山科けいすけさんがコミック誌に書いたひとこまだ
▼昭和22年(1947年)ごろから数年間、日本国中でたくさんの赤ちゃんが生まれた。一団のかたまりのような出生の姿から、作家の堺屋太一さんが「団塊の世代」と名付けた人たちが来年から順次還暦を迎える。定年退職する人も700万人にも及ぶという
▼定年後の生活設計や企業における職能の継承、退職金をターゲットとする各業界の動きなど、影響の大きさから「07年〜問題」として関心を集めている。大都会居住者には出身地などから「帰って来いよ」の呼び声も高い。「定年帰農」という言葉も飛び交い、格安の田畑提供を企画する地域もある
▼書店には関連本が並ぶ。その名も「団塊パンチ」(飛鳥新社)という季刊雑誌も創刊された。団塊の皆さんは往年の「平凡パンチ」愛読世代でもある。友よ再びとばかり、エネルギーをよみがえらせようという趣旨らしい
▼創刊号で作家の征木高志さんは、定年とは監獄から出所することと述べている。会社などの拘束から解放された自由の身。さあ、自在にはばたこうということだろう。今や長寿時代。残余の長い時間をどう使うかだ
▼名付け親の堺屋さんは最近、職場でつながる職縁社会の縁が切れたら、同じ興味を持つ人による好縁社会を楽しむよう提唱している。還暦の節目は、最も自分らしい生き方を選ぶ新たな門出にすべきなのだろう。

▼ 2006年 6月 14日 ―美術演習の模写並みか―
 私の少年時代の夢は「絵描き」であった。その理由は、父が大量の絵筆や日本画の下絵を残して外地の戦地に赴いていたため、それを使って絵を描いていたためであった。小学校のころはよく展覧会に入賞していたが、運動が好きだったこともあって陸上競技などにも引っ張り出されるようになってからは絵描きの道を目指さなくなってしまった。
▼芸術選奨文部科学大臣賞が取り消しになった和田義彦氏(66)の絵は一体に何だったのか。その前にも東郷青児賞を受賞していたが、東京芸大を出たわが国一流の画家が、イタリア人画家が描いていた絵の「盗作」であったといわれた。本人の主張はそれとして、あまりにも絵が似通っていた。画家も選考人もどうしたことだろう。
▼私どもが小さいころは、絵本などを見本にした図画の授業があり、日本画の世界でも古来から師匠の絵を模写するのは学習法の一つになっている。書道にしても臨書といってお手本を習って朱色で直されている。絵心や技法を高めることでは大事な学び方であると思われる。
▼和田氏の絵を見て模写技法による完成度なら素晴らしいとは感じたが、ここまでの技術を持った人がなぜ、こうまで模倣しなければ作品を生み出せなかったのかと疑問を感じた。当のイタリア人画家が憤慨するのもうなずける。結果的に文化庁も財団も賞を取り消したが、今回の有名画家の贋作(がんさく)騒動は美術教室の模写演習とは事が異なりあまりに幼稚だ。

▼ 2006年 6月 13日 ―怖いエイズ感染の連鎖―
 情報通の友人から先日、「これ、分かる?」とメモを渡された
▼言葉遊びのような文字が並ぶ。「カレシ。カレシの元カノ。カレシの元カノの元カレ。カレシの元カノの元カレの元カノ・・」と。聞いたようなせりふだが思い出せない。「不純異性交遊?」と問い返すと「表現が古すぎるよ」と彼は笑い、でも当たらずとも遠からずだ、と解説を始める
▼公共広告機構のエイズ予防コマーシャル(CM)さ、といわれテレビで見たことに気付く。CMのタイトルは「見えない連鎖」。不純か純愛かはともかく、彼と彼女の性的交遊の広がり。怖いエイズ感染の連鎖を警告している。優秀な放送作品などに贈られるギャラクシー賞の05年度CM部門大賞も受けた
▼精液が主な感染経路といわれるエイズウイルス(HIV)は、白血球の胸腺細胞を破壊、免疫機能を低下させ重篤な症状を招く。先の国連エイズ特別総会に向け発表された報告書は、世界で2500万人以上が死亡していることを指摘。24歳までの感染を減らすことが至難とも報告している
▼日本も昨年の感染・発症者数が1199人で過去最多。特に青少年層への予防啓発は緊要の課題だ。赤いリボンを付けて、エイズ患者への理解と支援を意思表示するレッドリボン運動は欧米から始まったが、国内各地、県内でも次第に動きが出ている
▼県医師会も「かからない、隠さない、差別しない」よう呼び掛けている。まずは各自が無関心を打破し、その運動の輪に加わりたい。

▼ 2006年 6月 12日 ―同人誌「風の吟」―
 文芸誌「風の吟」6月号が送られてきた。滝沢村穴口の斉藤道廣さんの編集によって6月1日に発行されている。山岸の上野千三さんが代表で、名須川町の吉田律子さん、大釜の吉田ひろ子さんらも会員になっているし、大船渡や千葉県の方も会員に入られているが、寄稿者も含めて人数は10人程度のこじんまりとした会員のようだ。
▼上野さんの手紙によると今回が7号に当たっているようで、連載ものあり、俳句、川柳、詩、エッセーなどありで思い思いに創作を寄せている。県立図書館や県内の主な市の図書館などにも配布されているようで一般の方にも発表の場を提供している。
▼今回は42ページある。吉田ひろ子さんの「引越物語・釜石がやられている」の第7回が前段を飾っている。釜石が空襲でやられたときの模様を記したもので、田舎の崎山に引っ越していたときのことや母の買い出しのこと、父のことなどが述べられている。自身の経験をそのまま書いているのだろう。原爆の投下は神国日本の息の根を止めた。昭和20年(1945年)8月15日、敗戦のことを父の口から聞かされた。その表情が明るい。
▼後段には斉藤道廣さんの「鳴沙山(めいさざん)」第4回。18歳の阿秀成は深い知識と固い信念を見込まれ、長安で唐王朝の官吏に取り立てられる。そして最後は「どっとはれ」で締められている。地域の文芸誌として地道な活動を続けているうちに大輪の花をつけるような予感がした。発展を期待している。

▼ 2006年 6月 11日 ―男児殺害容疑者の深い闇―
 大阪で刃物を持った男が小学校に乱入し、児童8人の命を奪ったのは5年前の6月
▼学校、地域ぐるみの防犯体制強化が叫ばれる機縁となった事件として記憶に新しい。以来、オープンだった校門を閉ざしたり監視カメラを設置したり、町内会で見回り隊を編成したり、各地でいろいろな試みが進められてきた
▼だがそれらをあざ笑うかのように、外からでなく内側から子供を襲う異様な犯罪が目立ってきている。塾の講師が教室内で教え子を殺害した事件や、幼稚園児を送迎する母親が車に乗せた近所の園児2人を刺殺する事件も起きた
▼当欄でも前に近隣の大人が手を携え、目を光らせようと書いたが、そんな論調の裏をかく異様犯罪の極致が秋田の男児殺害遺棄事件であろう。容疑者として逮捕されたのは、男児にとっては常に顔を合わせていた2軒隣のおばさんだった
▼おいで、と手招きされためらいなく魔の家に入ったであろう。作り話で取り調べをかく乱していた容疑者が8日、自宅で絞殺したことを供述したという。各種報道では「鬼母」の表記が定着しているが、それ以上に根が深いかもしれない
▼鬼母の代表格とされる鬼子母神は、多くの他人の子を殺したが自分の子を釈迦に隠されると気が狂ったように探し回る。わが子を失う悲しみを釈迦に諭されて翻意。以後は他者の子を守ることに徹する
▼前月に娘を亡くしたのに、近所の子を殺害した母の不可解さ。仏典の想定からもはみ出した深い闇の解明が待たれる。

▼ 2006年 6月 10日 ―サッカーW杯、日本の活躍を―
 ワールドカップ・ドイツ大会が昨晩開幕し、約1カ月間熱戦が繰り広げられる。国際サッカー連盟に加盟しているチームは207カ国・地域で、予選を勝ち抜いた32チームで優勝を争う。
▼4年に1度の祭典。W杯を観戦する人はテレビを含めて延べ400億人超といわれる。まさに地球上が熱狂的になる不思議なスポーツだ。ドイツと日本の時差は約7時間。現地の生放送は深夜になり、日本国民はみんな寝不足になってしまうのではないか。
▼2年連続で6度目の優勝を狙うブラジルをはじめ、地元のドイツ、イタリア、スペイン、オランダ等の欧州勢の評判も高い。4年前のアジアで初の大会、日韓大会では両国ともに決勝トーナメントに進んで韓国は4強入りを果たした。日本チームは3大会連続出場となり、本県出身の小笠原満男選手は2大会連続の代表となった。東北・北海道からただ一人の代表に選ばれた小笠原選手の活躍に期待したい。
▼今大会はばく大な経費をかける開会式セレモニーはやらず、芝生を最良の状態のまま試合に提供する方針のようだ。大会期間中のテロや人種差別、フーリガンといった暴力行為防止にも万全を期してほしい。試合の観戦券が手に入らなくて日本からのツアーが中止になったところもある。世界が一体感を覚えるイベントの重要さは増すばかりだ。こちらは今回もテレビでの観戦となるが、ジーコ監督率いる日本チームが優勝を狙って戦ってくれることを期待している。

▼ 2006年 6月 9日 ―お金への清廉さ―
 お金をめぐる人間の欲は果てしない。定められたルールも無視して暴走、司直に捕らわれるご仁も相次ぐ
▼そんなご時世だから、無欲に透徹した清廉な振る舞いを見聞きすると、すがすがしい気分になれる。先ごろ450万円入りのセカンドバッグを落とした人がいる。気付いたときの慌てようは想像がつく。他人の財を盗み取る犯罪が横行する時代。戻ることはまずなかろうと青ざめる
▼それでも「万が一」ということもあると気を取り直して警察署に足を運ぶ。すでに拾った人が最寄り署に届けていた。「万が一」への思いが通じ、大金入りのバッグはそのまま無事に返ってきた。佐賀県の男性が出張先の福岡で落としたのだが、拾って届けた人はホームレスの60歳の男性だった
▼還暦を路上生活で迎えているこの方は、お金の大切さを身に染みて感じておられたのであろう。他人の迷惑や不幸の上に億万の札びらを蓄えて豪邸で暮らす人よりも、はるかに尊い律儀な生き方をされていることが推察できる
▼落語「井戸の茶碗」も思い出す。困窮浪人が売りに出した古い仏像を名家の侍が300文で買う。後日、仏像の底から50両が出てくる。返すと言い張る侍と買った側のものと断固拒否する浪人。押し問答の末に「井戸」と称する高級茶碗を絡めた落ちで終わる話だが、潔癖な金銭感覚が面白く描かれる
▼大金を届けた路上生活者。理のない金は受け取らない落語の主役。どちらも当然のことなのに、新鮮でまぶしくさえある。

▼ 2006年 6月 8日 ―カネにおぼれる者は―
 ライブドアの前社長堀江貴文被告(33)に続いて、村上ファンド代表の村上世彰容疑者(48)がニッポン放送株にかかわるインサイダー取引容疑で5日、東京地検特捜部に逮捕された。2人は株式売買などを通じ短期間に業績を伸ばし多額の利益を上げるなど時代の寵児(ちょうじ)ともてはやされた。村上容疑者は記者会見をして、逮捕される身にある人とは思われないようなことをしゃべりまくった。
▼利益獲得のためには強引な手法も辞さず、法の抜け穴を突っついたやり方でニッポン放送や阪神電鉄などの経営者に悲鳴を上げさせた。企業のルールを厳格に守らせるよう特捜部が違反者を容赦せずに毅然とした姿勢を示したことは国民から賛同を得たものと思われる。
▼企業経営に緊張感を与え、株主に権利意識を自覚させたなどの論評が出ている。だが、強制捜査がなければ市場の健全化を図れず、今回のように証券市場に対する信頼を失する事態を招いたことは疑いようがない。政府や一部国会議員のこれまでの対応にも問題があった。
▼多くの国民は投資ファンドなどには素人であり、金融行政が預貯金から株式や債券等の幅の広い金融商品を扱うようになっていることに戸惑いを感じている。今、国会では金融商品を包括的に規制する金融商品取引法・投資サービス法案が審議されているが、まだまだ抜け穴があるように思われる。カネにおぼれるものカネで身を滅ぼすといわれている。何事も自信過剰は禁物だ。

▼ 2006年 6月 7日 ―古都平泉にみやびの音色―
 深緑に包まれた中尊寺に雅楽家・東儀秀樹さんが奏でる笙(しょう)の調べが響きわたる▼1日朝のNHKテレビ「にっぽん体感こだわりの旅」は平泉とその周辺が舞台。旅人が東儀さんだ。同寺を核に古刹(こさつ)の雰囲気を醸す一帯だが、ここに伝承される藤原文化のみやびの気風は、日本古来の雅楽の音色にも実によくマッチする。東儀さんの笙の吹奏で改めてそれに気付いた
▼子守歌の「でんでん太鼓に笙の笛」は子供向けに玩具化されたものだが、原型は伝統的雅楽器。特に竹管を環状に立てた笙は、管楽器として雅楽に欠かせない。奏でられるその音律に耳を傾けていると奈良・平安のいにしえの世界にいざなわれる
▼番組案内にも「平泉で気分は平安時代」とあったが言い得ている。旅人選定が功を奏したことを多くの視聴者も感じたのではないか。東儀家は奈良時代から現在まで千三百余年にわたり雅楽を世襲してきた名門という
▼秀樹さんも幼少期に海外生活を経験。ロックやジャズなども吸収して育ったが、やがて宮内庁樂部に入り琵琶、鼓、舞いなども担当。経験を昇華させた雅楽家として新境地を開き創作曲も相次ぎ発表。日本ゴールドディスク大賞など受賞歴もある
▼平泉の「曲水の宴」体感企画でも多才ぶりを発揮。「清らなるみなもにうかぶひとひらの華にぞ聞こゆ鳳管の声」としたためたこの歌には、清衡公の「清、ひら」と笙の別称・鳳管を巧みに織り込んでいる。みやびの風そよぐ光景だった。

▼ 2006年 6月 6日 ―馬の伝統を復活させたい―
 滝沢村の蒼前神社が創建されたのは793(延暦12)年で「わが国最古の馬の神様」と記されている。馬産県に長年住んでいても分からないことが多いものである。6月はチャグチャグ馬コ祭りなど馬にかかわる行事が多く催される。
▼3日は盛岡市松尾町の旧馬検場を中心に「岩手の馬コは日本一」のイベントが展開された。「馬をめぐる地域まるごと体験交流事業連携実行委員会」が主催し、今年で4回目の開催になったが、年々盛り上がってきている。
▼盛岡市の馬検場は1912(明治45)年の建設というから94年もの歴史を持つ。馬の競り市としてにぎわっていたことを証明している。4年前の3月から郷土史家の村田孝介氏に「北国の南部馬物語」と題して59回も本紙に連載していただいた。その文が今回の祭典に合わせて小冊子にまとめられた。
▼その中の「略史」によると、701(大宝元)年に「厩牧令・くもくりょう」が定められた。陸奥国に1026牧(牧場)があって、うち南部には700余牧もあって、南部馬の特色は「大馬」であったと記されている。アテルイの愛馬「阿久利黒」は坂上田村麻呂に贈られている。安倍貞任の愛馬「沖黒」が名馬として都の話題になっていたという。源義経に藤原秀衡が贈った名馬が「太夫黒」で、その馬は「沖黒」の直系であった。
▼先日のNHKテレビで放送された「一豊」が10両で購入した名馬も奥州産であった。日本一の馬の伝統を南部盛岡で復活させたいものだ。

▼ 2006年 6月 5日 ―盛岡のサッカー少年もW杯へ―
 4年前のワールドカップ(W杯)日韓大会あたりからにわかファンも生まれ、サッカー人気が沸騰している
▼ドイツW杯に向けた親善強化試合・日本対ドイツ戦の模様が5月31日午前5時からテレビ放映されたが、瞬間最高視聴率は12・6%。この時間帯としては異例の高さだ。結果は引き分けに終わったが日本は2ゴールを先取。早起きファンを熱狂させた
▼9日開幕を列島中が待ち構えていることだろう。盛岡出身の小笠原満男ら日本代表も調整を重ね、まずはオーストラリアとの1次リーグ初戦突破に万全の態勢で備えている。12日に予定されるこの対豪戦では盛岡からもう1人、サッカー少年がピッチに立つのもうれしい
▼11人の選手と手をつないで入場する小学生「エスコートキッズ」に、市立上田小学校4年の根子裕将君が選ばれている。大会の公式スポンサーであるマクドナルド社が募集したもので、世界46カ国から1400人ほどの児童が参加する
▼日本では「ぼく(わたし)とサッカー」の題で書いた作文などで選考。約2500人の応募者の中から11人が選ばれた。根子君は1年半前にお父さんを亡くしている。父と幼いころからボール遊びをしたことが忘れられない。作文には、サッカーが好きなのはお父さんとの思い出を忘れずにいたいから、と書いた
▼上田サッカースポーツ少年団に所属。小笠原選手が目標だという。父の思いを抱いて、母・佳奈さんと一緒にドイツへ向かう。将来へのいい飛躍台になろう。

▼ 2006年 6月 4日 ―地産地消生かす産業を―
 先日、谷藤裕明盛岡市長と座談した。1時間という制限時間があって大半が谷藤市長の発言になってしまい、質問ばかりでなくもう少しこちらも発言しておくべきだったと惜しんでいる。
▼時間帯が日中であったことから、まじめに話をしていたのでは谷藤市長の「秘策」は引き出せないだろうと予測していたが、だからといってむやみに可能性の低い「夢」ばかりを話していても意味がない。
▼盛岡人は他人を思い、部下を思う円満な人が多いように見受けられるが、財政事情が厳しく若者の雇用の場もなく、外貨獲得の産業もあまり育っていない時に慎み深くて立派な立場ばかりでは市民が物足りなく感じるのではないか。もっと荒削りでもいいから個性を出して予算を引っ張ってくるとか、仕事を増やして欲しいと述べてしまった。
▼円満な人柄の谷藤市長は終始一貫慎重で、あの手この手の揺さぶりには乗らず民意を大切にしたかじ取りをしていきたいという。原敬を尊敬しているようだが、話の中では山田線の建設等の施策を強引に実行した人として出てきた。コラム子は今こそ景気が冷え込んでいるときに地場産業を奮起させていただきたいと2巡目の岩手国体の盛岡開催の宣言などを詰め寄った。
▼話を重ねているうちに気づくのは「盛岡には目玉になる産業が育っていないこと」であったと思う。「地産地消」の産業を興して流通に乗せていかなければならない。谷藤市長の活躍に期待をしている市民も多い。

▼ 2006年 6月 3日 ―ロシアの少子化と兵士不足―
 日本も深刻だが、ロシア首脳も少子化問題に頭を悩ませているらしい
▼だが、かの国の対応策はかなり不純に見える。「陸海空軍その他の戦力はこれを保持しない」と憲法にうたう平和な日本と、軍事大国のロシアでは事情が違う。生まれる赤ちゃんの数が少なくなると将来、兵士を確保できなくなる。そこに頭を痛めている
▼先月行われたプーチン大統領の議会向け演説が興味深い。「わが国にとって一番重要な問題」として指摘したのは、思わずクスッとさせられるが、「愛であります」の一言。こちらは教育基本法改正をめぐり、国や郷土を愛するという格調高いテーマが論議されているが、あちらは国家愛も絡めた夫婦愛らしい
▼人権問題などで相次ぐ米国からの対ロ批判。その渦中での演説だ。「外圧に対抗するには強大な軍事力が不可欠」とも明言。平均で毎年70万人ずつ人口が減少している実状を挙げて、第2子出産を勧めるため育児手当の増額なども発表している
▼産めよ増やせよ、との思いはいずこも変わらないが、ロシアの場合は単なる人口のバランスなどへの懸念ではなく、強大な軍事力を支える兵員の確保に主眼がある。「問題の重要性は国防省が熟知している」との大統領発言がそれを物語っている。思考の古さが切なく伝わってくる
▼でも、大国や新興国が軍拡を競い合っているのが世界の現実だ。少子化に苦慮するロシアだけが旧思考ではない。日本の戦力不保持も「非現実的」との声に包まれている。

▼ 2006年 6月 2日 ―伊藤県議会議長のZ旗―
 先日、岩手県議会議長の伊藤勢至氏が来社された。忙しいこともあって10分程度の時間であったと思うが「戊辰戦争について」の資料と「Z(ゼット)旗」を置いていかれた。平成17年(2005年)6月定例県議会で第45代の議長に選出されてからちょうど1年を迎えるが、宮古市出身者では山崎権三議長以来38年ぶりで大変光栄に思っていると同時に責任の重さに身の引き締まる思いという。毎日奮闘している様子だった。
▼岩手県は、東北新幹線の延伸で約1千億円の負担を強いられ、平成14〜16年(2002〜04年)までの3カ年間で国から岩手県に交付されるはずの交付税が約1千億円削減された。地方自治体では財政破たんが議論されている。このままでは地方は生き残れないと危機感を抱いている。苦しい今こそ英知を出し合って奮起しなければならない。
▼伊藤議長は机の上にZ旗を掲げている。「岩手の荒廃この一戦に在り」の心境で職務を果たしていく覚悟とのこと。日露戦争の際に東郷平八郎率いる艦船が全力を挙げたが、その東郷の言葉を「岩手」に読み替える決意と受け止められる。
▼宮古から盛岡を経て秋田に至る「横軸連携事業」が始まって今年は25周年を迎えるようで、かつての戊辰戦争を振り返るなどしながら、太平洋から日本海交流を活発にやっていこうとする計画を練っているようだ。日本海からはアジア大陸が近いこともある。日本海側との交易を活発にしたいともくろんでいる。

▼ 2006年 6月 1日 ―駐車違反取り締まり強化へ―
 自己中心傾向の強いわがままなドライバーの場合。他人の違法駐車は頭にくるが、自分では何かと理由を付けてそれをしている
▼誰のことだ、と見回しながら、自分の心にもそういうジコチュー(自己中心の虫)が住んでいる、と思い当たる人は多いのではないか。恥ずかしながら当家にも3年前に駐車違反で反則金を納めた者がいる。岩手ナンバーの車で首都圏のある街に出掛けたときのことだ
▼現地では路駐ロードといわれているというその一帯。2車線の歩道側道路には何台も無人の車が置かれている。駐車禁止の標示のすぐ前にもある。幾度もその脇を走り、ひどいなこれはと顔をしかめていたのに、買い物の用事の際、皆も止めているからとその路駐をやってしまったのだ
▼ナンバーの「岩手」が目立ったのか、7分ほどで戻ったらそこにお巡りさんが待っていたというのである。皆がしているのに、短時間なのにと憤慨していたが、そこに違反をする者の身勝手さがのぞく。法規中心でなく、都合のいい自己中心の状況判断なのだ
▼道路交通法改正で、きょうから駐車違反の取り締まりが強化される。人手不足の警察官を補うため委託された民間監視員の目も光る。運転者が車を離れた途端、「放置車両」扱いされ、発見されると撮影され違反ステッカーが張られ、所轄署に連絡される
▼宅配、商品搬入車などには一定の配慮をするようだが、一般運転者のわがまま駐車はもう許されなくなる。気を引き締めて発進しよう。

2006年5月の天窓へ                              
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