2013年 8月の天窓


 2013年 8月 31日 ―あすから9月―
 炎天の日が続いた今年の夏もすでに二十四節気の「立秋」は過ぎ、暦の上では終わりを告げている。残暑いまだに厳しい中だが、朝夕涼風を感じる。この季節、夏場の疲れが表面化したり、暑さのために消化器系統が弱っているので、健康管理には十分に留意しなければならないだろう。
▼8月9日は記録的な大雨に見舞われて大被害を被った地域があった。被災地の復興はこれから急がなければならない。
▼1日は二百十日、「防災の日」を迎える。立春の日から数えて二百十日で、歴史の上では南方海上から台風シーズンに入るので、とかく農家では農作物の被害の警戒を要する。何とか穏やかに秋の収穫が収まってほしい。集中豪雨で農業被害も出ているが、実りの秋でもあり、米や果物のリンゴ、ナシ、ブドウなど果実の収穫が無事であってほしい。
▼鉢に植えたアサガオが添え木のてっぺんの方に伸びていって、朝に一輪咲き朝陽に輝いている。添え木を足してやらなければならなくなった。縁側の近くの庭には秋海棠(しゅうかいどう)の花が開き始めているので季節は既に秋に入っているのだろう。
▼海の方では、サンマや秋サケ漁が始まる。秋の運動会、美術展や文化祭などが開催される。心を込めて制作や練習に取り組んできた作品発表の機会でもある。

 2013年 8月 30日 ―盛岡の31文字甲子園―
 全国の高校生が石川啄木のふるさと盛岡に集い、歌を詠み競い合う。短歌甲子園と称する全国高校生短歌大会は回を重ねるたびに、盛岡にふさわしいいいイベントだなと思う
▼啄木生誕120年を記念して06年に始められ、第8回大会が今月21日から3日間開催された。予選を勝ち抜いた全国36校が参加。生徒たちは盛岡城跡公園や啄木望郷の丘など啄木ゆかりの地にも足を運び、想を練り題詠をつづっている
▼試合は団体戦と個人戦があるが団体では、「新」を題にした決勝で秋田高と対決した北海道の旭川商高が、「新しい話題はまるでないけどさ あなたの好み ききつづけるよ」と詠むなど口語調の新鮮さも評価され初優勝する
▼個人では「夕焼に飛行機雲のごと伸びる フルートを聞く 階段半ば」とうたう秋田高の松岡美紗さんが最優秀賞。盛岡一高の遠藤純矢君が詠んだ「無機質な目覚ましの音で 起きる朝故郷の母の 怒声なつかし」が優秀賞に輝く。母上も喜ばれたことだろう。なお同高は団体戦話題賞も受賞した
▼大会を通じ最も優れた詠者に贈る特別審査員小島ゆかり賞は、宮城の小牛田農林高・安田佳樹君が射止めた。彼は「ササニシキ重いと言わず肩に乗せ お客さんへと 誇りを届ける」と誇らしく力強く詠む
▼31文字甲子園も終わり夏が遠ざかる。

 2013年 8月 29日 ―東北勢健闘も優勝届かず―
 第95回全国高校野球選手権大会は22日の決勝で群馬の前橋育英が初出場、初優勝を果たして幕を閉じた。宮崎の延岡学園は3点をリードしていたが、7回に逆転を許して4対3で惜敗した。
▼岩手県代表の花巻東はベスト4まで勝ち進んだのだが、惜しくも準決勝で宮崎、延岡学園に0対2で惜敗した。スター選手が不在だと言われながらも、総合力でよく健闘し準決勝まで勝ち残ったことをたたえてあげたい。猛暑のこの夏、花巻東の活躍でお盆を挟んだ夏期休暇を楽しく有意義に過ごさせてもらった。
▼今年の夏は東北勢の活躍が光ったものの、またしても東北から優勝旗は逃げていった。正直な思いとしては、ベスト4に日大山形と花巻東の2校が勝ち上がったのだから、ようやく東北が優勝旗をつかんで悲願達成するのではないかと大いに期待した。
▼しかし、甲子園に住む勝利の女神は東北にほほ笑んではくれなかった。全国3957校の頂点に立ったのは前橋育英であった。白河の関を越えて駒大苫小牧には優勝をもたらしているのに、東北には舞い込んでこない。東北勢の準優勝は夏6度、春3度で、宮城と青森が3回、岩手、秋田、福島が1回になっている。
▼勝負の世界は厳しい。それでも大観衆の前で堂々プレーした若者たちには感動させられた。

 2013年 8月 28日 ―にぎやかな流行語戦線―
 新語・流行語大賞の発表は年末だが、ちまたでは既に下馬評がにぎやかだ
▼本年前半は予備校講師の林修さんが生徒に語り掛けた「いつやるか?今でしょ!」が、テレビに「いつ買うか?」とする応用編も出て流布。大賞有力ともてはやされる。NHKのドラマ「あまちゃん」で頻発する「じぇ、じぇ」もそれを超える勢いで全国に普及
▼ドラマの舞台である久慈市の一部地域で驚いたときに使うこの方言は、幼児も大人もまねをし大ヒット中だ。いずれもテレビの発信力がもたらしたものだが、後半に入ると7月から民放で始まった銀行内部改革ドラマ「半沢直樹」が流行語戦線に躍り出る
▼上司が自分の陰湿な不正による失敗の責任を部下に押し付ける場面もある。さらに無理難題を言い渡す上司はできなければ君はここに居られなくなると脅す。その大銀行で中堅幹部の半沢はそんな上司に一歩も引かない。「ふざけるな!やれるものならやってみろ!」と一喝もする
▼半沢が局面ごとに叫ぶ「やられたらやり返す。倍返しだ!」との決めぜりふが今、流行語として急浮上している。ドラマでは不正を裏付ける証拠を確保し上司に突き付ける一幕もあり、水戸黄門の現代版ともいわれファンを広げている
▼ほかに政界発信語もあるがまだ時間がある。今後の展開を見守ろう。

 2013年 8月 27日 ―三陸のJR線復活の行方―
 三陸沿岸のJR線の復活はどのように進んでいくのか。現地の状況からすると、被災地の再開発と一体でなければならないのだが、鉄路の復活は厳しい状態に置かれている。
▼東日本大震災で被災したJR気仙沼線の柳津―気仙沼間でバス高速輸送システム(BRT)の暫定運行が始まってから20日で1年が過ぎた。その後、大船渡線気仙沼―盛間でもBRTが運行された。高校生の通学、また、観光客や生活の足としてBRTが定着しつつある。
▼一方で、路線などの移設を伴う鉄路復旧の見通しは立っておらず、早期開通を訴えている地元自治体などでは焦燥感を強めているようだ。JR東日本では、気仙沼線の専用道の比率を21%から39%に高める計画のようで、将来的には専用道の比率を70%程度に引き上げる方針のようだ。
▼地元はあくまでも鉄路復旧を望んでいることから、BRTの固定化を懸念する声もあり、今後の被災地のまちづくりや鉄路の復旧に絡む経費負担などから、鉄路再開の見通しは不透明になりつつある。
▼沿岸部では三陸自動車道や復興道路の建設が進められていて、マイカー利用者の増加や沿岸の人口減少もあって、BRTそのものの利用者も伸び悩みの現状に置かれている。鉄路一貫輸送体制の復活は早くやらなければ熱が冷めてしまう。

 2013年 8月 26日 ―散り方が悲しい藤圭子さん―
 自死とされる悲報が伝わった歌手の藤圭子(本名阿部純子)さんは、1951年に本県一関市で生まれている
▼代表曲「圭子の夢は夜ひらく」など怨歌(えんか)とも称されるヒット曲を連発。昭和世代にファンを広げたこの人は、数少ない県人女性演歌歌手の一人でもある
▼幼少期は北海道で過ごす。浪曲師の父と三味線を弾く母に同行。家々の門前で浪曲を歌い謝礼に金品をもらう生活も経験。学業成績は優秀だったが貧しさから高校進学は断念する。17歳の時に札幌の「雪まつり」で歌う姿に注目したレコード会社関係者から声が掛かり上京。歌手人生が始まる
▼69年に「新宿の女」でデビュー。70年に「十五、十六、十七と 私の人生暗かった」と歌ったのが代表曲だ。自身の少女期の陰影を重ねたようなメロディーをすごみを利かせ声量豊かに歌い上げる。情感が伝わり聞く人をしびれさせ大ヒットする
▼歌詞には「どう咲きゃいいのさ この私」ともある。複数曲を収めたアルバムが37週連続1位と大売れしたこともあり、娘の宇多田ヒカルさんも世界に通じる歌姫として活躍している。ファンの目には藤さんの歌手人生は見事に咲き開いたようにも見える
▼だが内面には《どうすりゃいいのさ》と自問する苦悩を抱いていたのであろうか。散り方があまりにも悲しい。

 2013年 8月 25日 ―総務省滝沢市告示―
 総務省は22日、来年1月1日付で 滝沢村が「滝沢市」に昇格すると発表した。23日付の告示を受けて、念願の滝沢市の誕生が本決まりになった。滝沢村では23日午前9時に村役場1階ロビーで滝沢市市制施行正式決定記念セレモニーを実施し、正式決定を祝う横断幕の披露、万歳三唱などを行った。
▼これによって、人口日本一の村から住民自治日本一の市を目指して邁進していくことになった。総務省の告示を受けて、柳村典秀村長は「市に移行して基礎自治体としての力をつけると同時に住民の意識も高め、住民自治日本一の市に成長していく」と抱負を述べている。
▼県都盛岡市に隣接し、人口は5万5千人規模に膨張して、本県の自治体では盛岡市、一関市、奥州市、花巻市、北上市、宮古市に次いで7番目に位置している。雄大な岩手山の麓という自然環境からみれば、本県一の自然条件を具備している。面積では宮古市が本県随一の広さを誇っているが、滝沢市は人的資源はもとより、山岳資源などさまざまな経営資源を生かした活用方が考えられる。
▼近々、宮古市を追い抜く勢いで人口増加が進んでいる。今後は住民の創意によって、盛岡市に隣接した北東北の拠点として、また、住民自治日本一の特色を持った新しい市を築き上げていきたいものである。

 2013年 8月 24日 ―千葉翔太選手の号泣―
 群馬の前橋育英が初出場で初優勝。高校球児の夏の甲子園が閉幕した
▼今大会は東北勢も大健闘。中でも岩手の花巻東と日大山形がそろって4強入りしたことも特筆される。東北の2校が準決勝に臨んだのは24年ぶり。両校の奮闘を心からたたえたい。併せて各県大会で汗と涙の熱戦を展開したすべての球児にも大きな拍手を送りたい
▼優勝校以外は敗北を味わう大会だが、そこに悲喜こもごものドラマも生まれ見る人に共感を広げる。今大会でも好プレーもあればミスもあり、はじける笑顔も自らを責める涙顔もあった。花巻東が準決勝で惜敗した時、号泣する千葉翔太選手の姿も痛々しく忘れられない
▼粘るファウル打ちが得意の彼は準々決勝までで打率7割、出塁率8割を記録。この小柄な巧打者が準決勝では4打席凡退と元気がない。理由が21日判明する。大会本部は準々決勝後に佐々木監督らに彼のファウル打法の実質的封印を求めたという。ファウルをバントと見る判断も示したらしい
▼彼は小柄だから技で貢献をと頑張る手法が否定されたのだから、萎縮もし悔しかっただろう。根拠もあいまいで終盤という時期も悪い。本部も閉幕後に規則を精査し整えて方向を示すべきだったろう
▼千葉君には試練だが「涙の数だけ強くなれるよ」を信条に大成を期してほしい。

 2013年 8月 23日 ―大槌町のまちづくり―
 東日本大震災津波から2年5カ月が経過した。被災地の復興がどの程度進んでいるのか。
▼災害公営住宅が一部完成したというので、お盆明けの20日に大槌町などを訪れた。大槌町は津波と併せて火災が発生してひどい被害を被った。大槌町は大槌川と小鎚川が海に流入する河口に開かれた町である。整備計画では、大槌川と小鎚川の河口近くに14・5bの「水門」が建設される。そして、大槌川と小鎚川の間の三角州にも14・5bの「防潮堤」が建設される。これで、津波の侵入を阻止する考えである。
▼どこの港町にもみられるが、大槌町は海と川の関わりが深く、それが良港を形成しているが、津波の危険性は高い。また、旧市街地のそちこちに泉があって、飲み水にも使えるわき水が湧出しているのが特色だ。
▼大槌町では独立行政法人、都市再生機構などの支援を受けて「復興まちづくりモデル事業の概要」が示されている。この計画が沿岸被災地の復興のモデルになっていくように思われた。具体的には、旧市街地の真ん中を走っていたJR山田線から海側の用地は、かさ上げをせずに、鎮魂の森や産業用地などとして使われる。JR山田線から山側は、かさ上げをして土地を造成し、住宅地、商業、産業など旧市街地を集約しコンパクトなまちづくりを進める。

 2013年 8月 22日 ―原爆と戦うはだしのゲン―
 昨年他界した漫画家の中沢啓治さんは広島市の生まれ。小学1年の時に原爆投下の惨状を体験している
▼自身は直前に友達の親に呼び止められ建物の塀の陰に入り助かったが、父と姉と弟を亡くす。母は被爆したが助かる。やがて啓治少年は手塚治虫に憧れ漫画の道に進む。スパイものでデビュー。いろいろ描いたが被爆ものは避け続ける
▼この人が原爆へ怒りの筆を執るのは27歳の時だ。転機は母親の死。火葬すると放射能のためか遺体はすべて灰となり、1片の遺骨も残らなかったのだ。悔しさが込み上げ「漫画で原爆と戦う」と決意。「黒い雨にうたれて」を皮切りに「黒い〜」シリーズを連発する
▼1972年には集英社の企画で月刊「少年ジャンプ」に自伝漫画を掲載。これに感動した同社から勧められ翌年から週刊「少年ジャンプ」に連載したのが代表作「はだしのゲン」だ。多少の脚色はあるが内容は自らの原爆体験に基づき描いている
▼単行本、文庫本も出版。アニメ化映画化もされた。約20カ国語に翻訳され海外でも読まれている。非常時物語だから過激な描写もある。先日、それを理由に島根県松江市教育委員会の要請で、同市内全小中学校図書室からこの本が撤去されたことが判明、波紋を広げている
▼風化の象徴なのだろうか。なぜ今なのかも気になる。

 2013年 8月 21日 ―ILCの国内候補地選定の発表―
 国際リニアコライダー「ILC」の国内候補地選定結果が、ようやく今週中に明らかにされるようだ。当初は参院選後の7月末と言われていたが、素粒子研究者らで組織するILC立地評価会議が16日開かれ、23日に東京大学本郷キャンパスで発表することを明らかにした。
▼日本国内の候補地は、本県の北上山地と福岡・佐賀県にまたがる脊振(せふり)山地の2カ所で、北上、脊振両山地では、国際研究都市構築によるさまざまな波及効果などに着目して熱烈な誘致活動に取り組んできている。
▼目には見えないような電子と陽電子を光の速さに近い状態で衝突させることで生じる現象を調べることで、物質の成り立ちや宇宙誕生の謎に迫ろうとするのがILCである。
▼日本の素粒子研究者らで組織するILC戦略会議の内部に設置したILC立地評価会議が、地質など技術的評価と住環境や交通アクセスなどの社会環境的評価を実施してきた。学術的な観点から、日本としての候補地をどちらにするかを選定するものであるが、ILC戦略会議の議長を務める東大の山下了准教授らは、どちらに決定を下すのか注目されている。
▼この決定には、政治的な影響もあるのではないかと懸念されているが、本県決定を切望している。ビッグニュースを心待ちにしている。

 2013年 8月 20日 ―顧みる炎暑・花氷・鎮魂の夏―
 先週初めに上京したが街はうだるような炎暑で、思わずデパートに避難。店内の一角には高さが1b近い六角形の氷柱が置かれていた。氷の中には色鮮やかな花が納められている
▼汗が引く室温とともに「花氷」とも呼ぶこの氷柱も清涼感を誘う。「花氷旧知のごとく頬寄せて」(中村苑子)の句のように顔を近づける客も多い。子どもたちは氷面をぺたぺたとたたいてはしゃいでいる。冷房中でも氷柱は次第に溶けるから毎日交換するというが、客にはありがたい清涼サービスだ
▼ホテルなどでも花入り氷柱を見掛けるが、「駅長の粋な計らひ花氷」(高澤良一)とも詠まれている。利用者に涼を贈る駅も各地にあるのだろう。JR宮古駅でも03年から旧盆時期に待合室に花氷を置いてきたが大震災で中断。それがこの夏に再開し18日まで設置されていた。里帰りの人や観光客などが涼を楽しんでいたという
▼今、初秋の涼風もほしい頃となり、戦災や震災の犠牲者はじめゆかりの故人を悼んだ鎮魂の日々を省みる。今夏は花巻在住の元陸軍少尉・斎藤政一さんに悼み方を教えられた。転属した広島で被爆し自身は89歳の今も後遺症に悩むが、苦しんで息絶えた人々の姿が忘れられず毎年の終戦日は1日中、仏壇に向かい供養するという
▼形のまねではなく悼む深さを学びたい。

 2013年 8月 19日 ―追悼のかたち―
 猛暑の中、月遅れのお盆が終わった。盂蘭盆(うらぼん)は、本来は7月13日から15日までの3日間、精霊棚(しょうりょうだな)を作り、祖先のみたまを祭る行事である。墓参り、迎え火、送り火、灯籠流し、棚経などが各地で郷土色豊かに行われた。
▼8月15日は68回目の終戦記念日であり、政府主催の「全国戦没者追悼式」が天皇皇后両陛下を迎えて、東京の日本武道館で正午前から行われた。戦没者の遺族のほか、安倍首相や各界の代表約6千人が、戦争の犠牲になった約310万人を追悼し、平和への祈りを新たにした。
▼厚生労働省の発表によると、参列された遺族は4672人となっており、このうち戦没者の妻は16人であったという。2008年に初めて100人を下回って85人に落ち込んで以来、わずか5年で大きく減少。逆に戦没者の孫が前年より64人増えて209人で、参列者の世代交代が著しく進んでいる。
▼終戦記念の日と言うよりは、敗戦の日に当たるわけだが、超党派の国会議員でつくる「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」の議員約90人が靖国神社を参拝した。そのような状況にあって、内外の情勢を配慮し、安倍首相は靖国神社参拝に替えて玉串奉奠を済ませた。残暑のもと、国民それぞれが追悼のかたちを思う季節だ。

 2013年 8月 18日 ―花巻東、ベスト8に―
 昨日「♪みちのくの国原広く〜」と、花巻東高の校歌が再び甲子園の空にとどろいた
▼猛暑が続く甲子園で熱戦を展開する第95回全国高校野球選手権大会。岩手代表として2年ぶり7度目出場の花巻東は13日に彦根東を9対5で退け快進撃。昨日は今春の選抜大会準優勝の強豪・済美高との対決だ
▼花巻東には丁寧に役目を果たし個性が光る投手はそろっている。だが先輩・菊池雄星(現西武)大谷翔平(同日本ハム)のような群を抜くエースはいない。対する済美には150`級を投げる大会最速右腕のエース・安楽がいる
▼県民ファンははらはらドキドキの観戦となったが、結果はもつれ込んだ延長戦を花巻東が7対6で制した。佐々木監督の采配は手堅く選手が気迫で臨んだ花巻東は、1回から安楽投手のリズムを狂わせ3連打。押し出し死球と犠飛で2点を先制
▼3回にも太田の二塁打で加点。3対0で推移していたが7回8回と済美が反撃。3点を奪われ延長戦へ。花巻東は10回表に小熊の適時打、茂木の2点三塁打などで4点を奪う。だが済美はその裏、安楽の意地の打力が3ラン本塁打を放ち詰め寄られたが、1点差で逃げ切った
▼継投した河野・中里・細川・岸里の投手陣の健闘もたたえたい。ベスト8への一番乗りとなり上位を狙う花巻東に期待しよう。

 2013年 8月 17日 ―昔日の夏休み―
 戦前戦後のことだが、農薬が発達していなかった時代には田の草取りなど、大変な重労働をこなしていたものである。子どもたちも田の機械除草など手伝うことが多かった。
▼農村では、夏祭りというものは盆踊り程度で、今日みたいに毎週のように開かれる祭りはなかった。近年、農村では農薬などの使用によって、トンボやカブトムシなど昆虫類もめっきり少なくなっている。
▼夏休み中の一つの目標は水泳がうまくなることであった。戦後は、プールといったものがなかったから、川の指定されたところに水浴びに行った。時には指定外のところで泳ぎ、夏の間に何人かの人が水の犠牲になった。水泳場の近くの堤防では、保護者の当番が白か赤の旗を立てていた。白い旗は水泳可能な日で、赤い旗が掲げられていた日は水泳禁止であった。
▼私たちは、河原の近くの麦畑にあった桑の木のくわごの実を食べた。時には、鍋にジャガイモを入れて持って行き、河原で芋煮会をやるのが楽しみであった。水泳した後に、河原の流木を集めて石で炉を作って芋を煮る。少々の塩を付けて食べるのがとてもおいしく思った。衛生面を気にすることもなかった。ガキ大将が全てを仕切っているのだが、泳ぐことも教えてくれていたし、グループの統率をしっかりと握っていた。

 2013年 8月 16日 ―日本兵戦犯釈放と昭和の歌姫―
 昭和の歌姫こと故渡辺はま子さんは、外地の戦犯受刑者救出にも尽力している
▼1952(昭和27)年初頭には来日中のフィリピン国会議員D氏から重要情報を聞く。同国のモンテンルパにある刑務所に死刑、無期刑の日本兵戦犯百余人を収監。すでに14人が処刑されたというのだ。彼女はまず見舞いの品を現地に送る
▼これを機に日本が受刑者教導役として派遣していたK師との文通が始まる。同年6月にK師から封書が届く。中身は後に大ヒットする「あゝモンテンルパの夜は更けて」の楽譜と歌詞だった。作詞は元少尉の代田銀太郎、作曲は元将校の伊藤正康。どちらも死刑囚だ
▼彼女は試みに歌う。胸打たれる。レコード化し発売。短期に20万枚も売れた。同年末には現地に飛び受刑者の前で熱唱。「遠いふるさとしのびつつ〜優しい母の夢を見る」と。皆も涙して合唱した。歌は「強く生きよう倒れまい 日本の土を踏むまでは」と結ぶが、彼女はその実現を決意する
▼帰国後もK師と連携。釈放嘆願に動く。53年5月にK師が同国大統領と会見。歌のオルゴールに共感した大統領は一部釈放をほのめかす。日本では歌が背を押し戦犯釈放嘆願署名が5百万人に達する。それが6月に同国に届くと急転回
▼大統領府は死刑囚、無期刑囚全員の釈放送還を告げたのである。

 2013年 8月 15日 ―9日の集中豪雨の被害と防災―
 9日の記録的な集中豪雨によって、雫石町、矢巾町、紫波町や盛岡市で家屋の浸水や土砂崩壊、道路、鉄道、インフラの破損などの大被害がもたらされた。この大雨で県内だけで2人が亡くなっている。
▼大雨被害で国道46号が秋田県との県境付近から不通になったが、12日午前ようやく開通した。また、JR田沢湖線も不通になっていたが、12日の早朝に開通した。お盆の帰省客の利用が10日にピークを迎えて、盛岡・秋田間の国道と秋田新幹線が不通になって帰省客はルート変更などで混乱を来した。
▼特に、雫石町の雫石川水系の竜川や、矢巾町の岩崎川流域では突然の鉄砲水が住宅地や集落を襲い、洪水によって森林、田畑の作物にも大きな被害を受けた。
▼盛岡市の繋温泉では温泉街が泥に埋まり、また、源泉のポンプが壊れて多くのホテル・旅館に温泉を供給できなくなって、盛岡観光は大きな打撃を受けている。
▼確かに今まで経験したことのないような突然の大雨に見舞われたというものの、盛岡―秋田間ルートの道路・鉄道網の路盤整備や治山治水の整備は貧弱な感がする。政府の政務官らが大雨被災地に来ているが、恵まれた自然体系を守るためにも復旧を急ぐことはもちろんのこと、もっと先行した社会資本の整備を早急に進めなければならない。

 2013年 8月 14日 ―支給抑制、負担増の冷遇路線―
 日本政府の金利を含む借金残高は秒単位で膨らんでいる
▼ネットの赤字時計などの表示を見ていたら、おととい14時5分時点で1251兆1790億円を超え2時間後には百億円も増えている。総額を人口で割った国民1人当たりの額は約981万円だ
▼これは単なる参考のはずだが中には、その金額に家族の人数を掛けた大金をわが家の負債として重荷に感じる人もいる。だが国の赤字は財政失策を続ける政府の責任だ。黒字化へ身を切る覚悟も迫られているが議員定数削減すら進まない。無駄遣いもよく指摘される
▼それでいて巨額借金の穴埋めに国民の懐を狙う。子孫に負債を残さないよう今の世代で健全にと増税のほか年金・医療などの保険料増額も組み込む。来年度導入予定の消費増税分は年金、医療、介護など社会保障充実の財源に使う約束だった。安心できる将来像の確立も目指していた
▼だが先日発表された社会保障改革国民会議報告書を読むと、保障充実も将来像も見送った感がする。そこには70〜74歳医療費窓口負担倍増。軽度要介護者の保険適用除外。高所得年金者課税強化など高齢者冷遇案が並ぶ。若者は将来に不安を抱くばかりだろう
▼支給抑制や負担増で浮いた分も赤字穴埋めに回すのだろうか。公約の背反強行なら国民は政府に背を向けるだろう。

 2013年 8月 13日 ―お盆の風景―
 炎天のお盆がやってきた。お盆中には、終戦記念日が入り、高校野球のテレビ放送に目を向けることが多いのは一般的だろう。
▼農家では今でもお盆前に終えなければならない農作業というものがあるのだろう。東京方面で働いている家族が帰省するので、迎え入れの準備に忙しい家庭もあろう。子どもや孫を迎えるために、枝豆やトウモロコシなどを栽培している家庭もあろう。ナスやキュウリ漬けをいっぱい食べさせてやりたいと思う。
▼滝沢村では12日の朝、役場前で恒例の軽トラによる「スイカまつり」が催された。隣の雫石町などでは畑が9日の水害で大きな被害を受けているので、大勢の買い物客が訪れて、スイカ、花や野菜を買い求めていた。
▼お盆というものは、子どもたちにとっても何かと気持ちが高ぶるものであった。戦前戦後は真新しいげたや衣服を買ってもらえたように思う。今でも夏服や浴衣などを買ってもらえるのだろう。
▼家族がそろって13日の夕方か14日の朝に墓参するのであるが、通りがかりの人たちに相互にあいさつを交わしている。お墓参りを通して、先祖のことや親戚のことなどを知ることができる。また、普段とは違った「お盆料理」が振る舞われる。16日の午後には盆棚を片付けて、夕方には門口で送り火をたく。

 2013年 8月 11日 ―障害は不便だが不幸ではない―
 2歳で聴力と視力、言葉も失いながら20世紀の米国で、教育家、社会福祉活動家として活躍したヘレン・ケラーは「障害は不便である。しかし不幸ではない」との名言を残している
▼今も多くの障害者が彼女に続いている。今春、71歳で盛岡となん支援学校中学部に入学した手足に障害のある板倉ミサヲさんも、長く苦節を重ねて「体は不自由だけど心は縛られてないじゃないか」と感じるようになったという
▼板倉さんは滝沢村にある障害者支援施設で生活している。教科は担任の先生が週3回程度、施設へ通って教えてくれる。行事などで登校することもある。3歳の時に脳性まひを病み両手、両足が不自由となり学齢が来ても通学できないまま70代に…。向学の思いは募る一方で自ら願い出て入学ができたのである
▼幼少期、学校に通う兄や姉をうらやみ勉強したがる自分に父と母が先生となり、壁に「あいうえお」も貼り漫画などを教科書にして教えてくれた。今は亡き両親に感謝があふれる。38歳で施設へ入所。学ぶ心が強く生け花も上達しパソコンも使い俳句も作る
▼「亡き父母のおもかげ似たり満月や」は在りし日をしのぶ情景が美しい。入学詠も「時の人70すぎてデビューする」と華やぐ一方「父母に礼この晴れ姿を見せたかった」と、粛然と謝恩を詠んでいる。

 2013年 8月 10日 ―電力料金の値上げ―
 東北電力が電力料金について、当初計画の4月1日値上げを遅らせて9月1日からにすることで経済産業省の認可が得られた。
▼東北電力は、東日本大震災や新潟・福島豪雨などによる設備被害、原子力発電停止による火力発電燃料費の大幅な増加などによって、発電経費がかさんでいるため、電力料金の値上げ実施について経済産業大臣に申請していた。
▼国からは、さらに徹底した経営効率化の実施と値上げ幅の縮小などが経産省の審査で示され、家庭向けなどの電力料金を平均で8・94%の値上げで実施することになった。当初の計画では規制部門平均で11・41%だったが、値上げ幅は圧縮された。
▼家庭向けの規制部門の外に、企業等の自由化部門については、当初17・74%値上げを計画していたが、15・24%と圧縮しての実施となる。両方合わせると、当初計画14・79%から12・30%と、2・49%の圧縮で実施される。
▼実際の電力料金は平均的な家庭で見た場合、30アンペアで280`h、月額電力料金6720円から7050円に値上げされ、4・91%、月額330円程度の値上げとなる。オール電化の月額1万円を超える電気料金の家庭では10%を超える値上げ幅になる。節電、省エネに努めることで値上げ幅を最小限に抑えることだろう。

 2013年 8月 9日 ―オバマ米大統領の被爆地訪問を―
 米国大統領はなぜ広島・長崎へ足を運べないのだろう。昨年秋には被爆地の両市長が駐日米大使に、オバマ大統領の広島・長崎訪問要請文を手渡している。だが今夏も6日の広島もきょうの長崎も当初から予定はない
▼オバマ大統領は09年4月にチェコのプラハで、核兵器使用国としての道義的責任に触れて、核兵器なき世界を目指すと抱負を語った。演説は高く評価され同年秋には「ノーベル平和賞」も受賞。大統領被爆地訪問の期待も高まったが、演説後に2度来日した時も実現していない。背景は複雑で理想が現実に退けられる
▼日本では原爆使用を大罪とし謝罪要求論がある。米国では日本は何度も降伏の機会がありながら一億玉砕を掲げ暴走。それを原爆が止めたとし謝罪不要論が根強い。それでも同大統領は初訪日の際に広島訪問を検討。だが日本外務省の時期尚早判断もあり思いとどまったという
▼謝罪有無だけでなく北朝鮮の核開発もあり米国の核の傘に頼る日本が、訪問に慎重を期したらしいがどうも分かりにくい。オバマ氏は来日中にも被爆地訪問は意義があると言明。両市長も要請文まで渡している。日本政府は大局に立って早い段階での実現を主導してはどうか
▼米大統領が慰霊碑に献花する光景を思う。それは核なき世界への貴重な道程になるだろう。

 2013年 8月 8日 ―復興予算の未消化と復興の加速―
 東日本大震災の復興予算の約35・2%に当たる約3・4兆円が未消化になっていることが報道された。復興庁の発表によると、2012年度の復興費は約10兆円計上されたが、約3・4兆円が使われず、約1・2兆円は不要額と認定された。
▼このように予算額の3分の1超が使えなかったというのは一体どうしたことか。また、被災地に直接関わりのない地域や事業にも向けられていた事実があった。まさに、復興事業の管理はずさんと言わざるを得ない。
▼震災復興は当面する国家最大の懸案であるはず。効率的な執行によって復興を加速させるのは当たり前のことである。危機感が足りなかったのではないか。現地では、用地問題や資材・人手の不足などに直面しているが、それは当然予期されたことである。結果的には、政治的に大盤振る舞いのような予算措置の感を与え、無責任この上ない形になっている。
▼被災地の取り組み姿勢に問題も多いが、政府のやり方にも問題がある。県では地権者不明の土地を公共用地として扱えるようにする収用手続きを国に申請している。また、入札不調対策として復興JV制度の新設などで鋭意努力はしている。被災後2年5カ月、政権交代したが、復興は加速していない。万難を排し、官民挙げて知恵を絞るべきだ。

 2013年 8月 7日 ―名女優・園井恵子の8・6―
 戦前の名女優・園井恵子は1913年8月6日に、本県の旧松尾村で生まれている(本名袴田トミ)。32歳の誕生日に彼女が原爆投下地にいた運命を悔やむ声は今も高い
▼宝塚女優として演技を磨き舞台や映画で活躍。その日は移動演劇隊員として広島市に滞在していたのだ。全隊員9人が被爆。当日に5人の死が確認されその後に園井ら4人も落命する。彼女は命を取り留めるかに見え救難列車で兵庫の知人宅に避難。だが原爆症の諸症状が現れ被爆15日後に短い生涯を閉じている
▼幼少期に松尾から今の岩手町に移り小学校を卒業。一家は困窮を極めやがて小樽へ転居。鋭敏な彼女は自身の才能に気付いていて小樽高女を2年で中退。単身で関西へ向かい宝塚歌劇団に入団。芸に打ち込みプロになると貧しい家族も扶養する
▼園井恵子の名を高めたのはヒロイン役を演じた43年公開の映画「無法松の一生」だ。顔も声も美しく役作りも熱心と監督も称賛している。人力車車夫の松五郎(阪東妻三郎)が親しんだ陸軍大尉が急逝。未亡人の良子(園井)を慕う気持ちを抑えて彼女とその息子に尽くす松五郎。感謝する良子。二人の交流に別離の悲哀も織り込む物語だ
▼さらに大きく花開くはずの人生を奪う原爆のむごさ。生誕百年を迎えた名女優の霊に核廃絶を改めて誓いたい。

 2013年 8月 6日 ―岩手国体へ高校生への期待―
 大分県で7月28日から開催されている全国高校総体(インターハイ)では、本県選手の活躍が期待されている。なぜかというと、2016年の岩手国体では現在の高校生の活躍が中心になると思うからである。期待された陸上の土橋智花選手(盛岡誠桜)は女子200bで決勝進出して5位に入賞した。
▼同じ陸上の男子100bの決勝では、桐生祥秀選手(京都洛南)が1日の決勝で10秒19の大会新で、インターハイ初優勝を遂げている。陸上の男子400bリレー決勝では、第四走者のアンカーとして洛南高校は5番目にバトンを受け継いだが、桐生選手が5人をごぼう抜きして見事優勝を果たした。記録は40秒21であったが、桐生選手はこれで2冠を果たした。2日の男子200bでも優勝して、短距離3冠を手中にした。
▼桐生選手は春の織田記念陸上で日本歴代2位の10秒01を記録して、近々、日本人初の9秒台に突入するものと期待されている。10日からのモスクワ世界陸上での活躍が楽しみである。
▼東北では、4人とも10秒台半ばで走れる選手をそろえた仙台育英が決勝で3位にとどまったが、予選では40秒14の大会新記録を出している。陸上競技は「走る、跳ぶ、投げる」といった基礎体力を競う競技だが、本県のレベルアップを期待している。

 2013年 8月 5日 ―麻生さんナチスに学べとまた舌禍―
 麻生太郎さんは吉田茂元首相の孫だ。名家生まれだが「生まれはいいが育ちは悪い」と当人がよくおっしゃる
▼万般の学び方も軽薄だったのかもしれない。言葉が軽く政界には不向きなのに政治家をしている。1979年の衆院議員初当選以来、舌禍の人として汚名を重ねてきた。初出馬の演説でも聴衆に「下々の皆さん」と呼び掛けている
▼それでも当選。将来は総理を?と問われると「年寄り代議士が死ねばね」と放言。やがてその総理になると漢字が読めない姿をしばしば露呈。その人が現政権では副総理兼財務相なのだから、政界の力学は不可解というほかない
▼そのご仁が先月29日には憲法改正問題に関して、「ナチスの手口に学んだらどうか」と発言して国内外から追及されている。ヒトラーが自らが率いるナチス党に全権を委任させるため、議会でなく行政府に立法権を授ける「授権法」を成立させ、自国の民主的なワイマール憲法を骨抜きにした史実がある
▼このナチスの卑劣な手口に学べというのだからあ然とする。ナチスが授権法を利用し独裁権限を拡大。ユダヤ人大虐殺も強行している。日本も同様の手口で憲法条文に抜け道を設け、現行平和憲法を骨抜きにして改憲を進めるたくらみだろうか
▼麻生さんには学び直しを勧め国民は政局に目を光らせたい。

 2013年 8月 4日 ―斗南3万石―
 NHK大河ドラマ「八重の桜」も佳境に入り、八重の会津での生活も終盤に入ってきた。明治元年9月22日、会津藩は若松城北追手門に白旗を掲げた。会津藩が降伏し、正午から降伏式場に新政府の軍監中村半次郎等が現れ、藩主松平容保(かたもり)との降伏式典が始まった。領地没収、廃藩となった会津藩は、明治2年11月3日、明治政府から再興を許された。容保の実子容大(かたはる)、に「斗南(となみ)3万石」が与えられ、藩主等の永禁錮も解かれた。さらに、翌年正月5日に移住が許され、各地に分散収容の藩士等は歓呼の声を上げた。
▼さて、斗南とはどこか。新藩名は中国の詩文「北斗以南皆帝州(ほくといなんみなていしゅう)からとられているという。例え、本州最果ての地であっても、天皇の領土という意味が込められている。
▼何故「旧盛岡藩」の領土に目を向けられたのか。当時、北郡、青森県下北郡、三戸郡の大部分と、二戸郡の一部分であったが、「ほとんどが不毛の地」とされ、実質6千石から7千石にも満たない荒れ地に追いやられたと言われた。
▼いや、それは正鵠(せいこく)を得ていない。そこは盛岡藩の領地として7百年にわたって人々が生活を営んできたところである。そこへ、会津の人々が大挙して1万7千人も移ってきた。

 2013年 8月 3日 ―次期駐日大使にケネディ女史―
 池上彰さんの分かりやすいニュース解説は好評だ。質問歓迎も池上流で「いい質問ですね」と、褒めて応じる言葉は2010年流行語大賞トップテンにも選ばれている
▼多くの人が抱いている疑問を代弁し、自ら関係者に問いただす場面も増えている。先の参院選の開票に合わせたテレビ番組「参院選ライブ」では安倍総理にも、自民大勝の関連質問を連発。最後にサミットでの米国側の冷ややかな対応を挙げ次のように問う
▼「安倍さんはオバマ大統領に嫌われているんじゃないかとの声もありますが」と。総理はそれはコンプレックスのような話だと切り返し、日米同盟の信頼関係は揺るがないと強調していた。それが強がりでなければいいのだが…
▼自衛隊の改称や国防強化路線などを掲げる安倍総理に、米国首脳が注意深くなっていることは確かだろう。自民圧勝が伝えられていた参院選中盤にオバマ大統領が、次の駐日大使にキャロライン・ケネディ女史を指名したこともオバマ氏の布石との見方がある
▼女史は凶弾に倒れたケネディ元大統領の長女で弁護士。オバマ氏の有力な支援者として再選にも尽力。穏健な革新主義者とされる。オバマさんが大事な日本に大事な女史を送り込むのだから喜ぶべきだが、安倍さんは目を光らせる女性大使に手を焼くかもしれない。

 2013年 8月 2日 ―盛岡タイムス社のアサガオ作戦―
 東京入谷の朝顔市が始まっている。赤、薄紫、青色などの朝顔が鉢に植えられ竹のあんどん仕立てにされたものが露店に並べられている。鬼灯(ほおずき)市がにぎやかに開かれているのとも似通っているが、東京近郊の農家で朝顔やホオズキが商品化されているのはうらやましい。
▼朝顔市では、はっぴ姿で威勢良く客を呼び寄せている。いかにも江戸っ子らしくて、地方からの観光客もついつい引き寄せられてしまう。
▼朝顔市は江戸時代から続いている入谷の夏の風物詩になっている。花の観賞用として関東圏で栽培されるようになった。朝顔は遣唐使によって中国から伝来したものだが、本来は種子が薬用として珍重されていたという。
▼朝顔は日没後10時間で咲くといわれ、8月には夜明けごろ、9月には夜明け前に咲き、日没時刻によって開花時間が異なるのは面白い。盛岡タイムス社では、春から「アサガオ作戦」を展開している。感謝と地域活性化への願いを込めて、アサガオの種子をささやかなプレゼントとさせていただいているのだが、「地域にも当社にも花が咲いてほしい」と願を掛けているのである。アサガオは一朝ごとにツルの背丈を伸ばすが、東京・入谷のようにあんどん仕立てにすれば場所を取らないで済む。早起きにも良い。

 2013年 8月 1日 ―戦災と震災へ鎮魂の月―

 広島で被爆したとき小学5年生だった佐藤智子さんの詩がある
▼「よしこちゃんがやけどで ねていて とまとがたべたいというのでお母ちゃんがかい出しにいっている間に よしこちゃんは死んでいた いもばっかしたべさせてころしちゃったねと お母ちゃんはないた わたしもないた みんなもないた」と
▼原爆詩の朗読を続けている女優の吉永小百合さんが、切々とこの詩を読んだことがある。既にCDにも収められている(吉永さんの朗読詩「第二楽章」)。終戦の日があり広島・長崎への原爆投下の忌まわしい日もある8月。先の詩を読み返したくなる鎮魂の月が始まる
▼亡き精霊を供養する盂蘭盆(うらぼん)も8月が定着。遠くは国破れ山河は残った敗戦から68年。近くは人も街ものみ込んだ大震災津波の惨禍から2年5カ月。旧盆を中心に里帰りの家族らと共に戦災と震災の犠牲者を心新たに悼み、魂の安らかなることを祈る月にしたい
▼吉永さんは11年秋に英国オックスフォード大学でも学生らを前に朗読している。峠三吉の原爆詩「ちちをかえせははをかえせ〜こどもをかえせ〜へいわをかえせ」も紹介。反響を呼んだという。参院選後、ちまたでも日本を戦争のできる国にすべきか否かと論議している
▼憲法精読を今月の宿題にし平和の重さも考えてみよう。

2013年7月の天窓へ