2013年 9月の天窓


 2013年 9月 30日 ―復興を不要と言う官僚―
 復興予算を被災地以外に流用した事例が多数発覚した時、仕組んだのは中央官僚だとの指摘があった
▼先輩の天下り先などに復興資金が流れる工作をしたのだという。将来の自分の天下り先開拓に励んでいたらしい。被災者の安住・安心を最優先にしようとの使命感など持ち合わせていないのだ。彼らは以前は本音を伏せて容易に漏らさなかったが、近年はブログやツイッタ―で気軽に本心をつぶやいている
▼復興庁参事官がツイッタ―で復興支援市民団体を「左翼のクソども」と放言。停職30日の処分を受けたのは今年6月のことだ。次いで急浮上したのは2年前に匿名でブログに書かれた暴言だ。発信者は通産省官僚で15年ミラノ国際博日本政府代表を務める人物と特定された
▼彼は被災地を「ほぼ滅んでいた東北の過疎地」と決め付け、「復興は不要だと言わない政治家は死ねばいいのに」と言い放つ。被災地の高齢者を「じじぃ、ばばぁ」と呼び「そいつらが復興費用をふんだくる」と口汚くののしる。ほかに草野球をする高齢女性を「早く死ねよ」と中傷したこともある
▼それでいて自分のことは「天下りまであと3年、がんばろっと」と、自己愛丸出しの本音を書く。通産省は4日前に停職2カ月、国際博政府代表解任の処分をした。罪重く処罰は軽いと不評である。

 2013年 9月 29日 ―ジオパークに三陸地域―
 ▼ジオパークとは、「地質学的に貴重な地形などを備え、保護するだけでなく教育や観光に生かして地域活性化に役立てる自然公園」をいう。ジオ「地球活動」をテーマとした観光振興に努めることが、復興の加速や地域活性化につながると期待されている。
▼世界ジオパークは2004年にユネスコの支援で発足した世界ジオパークネットワークが審査する。自然地形、地域につながりのある文化遺産があり、訪問者が楽しめるツーリズム活動があることなどが認定条件。日本ジオパーク委員会は日本版ジオパークの中から世界へと推薦する地域を選抜している。
▼同委員会は24日、地質学的に貴重な地形などを見どころとする自然公園「日本ジオパーク」に三陸地域など7地域を認定した。今回は48ジオサイト「地域」に、130カ所のジオポイント「見学ポイント」を設定し、5億年の地質発達史と震災後の現状を伝える。三陸ジオパークは、八戸市から気仙沼市まで3県沿岸16市町村がエリア。海岸線の延長は約300`にわたる。東北では福島県の磐梯山、秋田県八峰町の白神、湯沢市、男鹿半島に続く。
▼三陸ジオパーク推進協議会の山本正徳宮古市長は「三陸を国内外にアピールし、東日本大震災からの復興の加速、交流人口の拡大を図りたい」と期待を込める。

 2013年 9月 28日 ―苦節経て楽天がリーグ初優勝―
 下位の苦節を重ねみちのく6県のファンに支えられてきた東北楽天が、パ・リーグ初優勝に輝いた
▼埼玉の西武ドームに駆け付けた東北勢もテレビ観戦のファンも喜びを爆発。感涙にむせぶ人もいた。大歓声の掛け声の中、星野仙一監督の体が7度も宙に舞う。星野さんは球団創設9年目、大震災から足掛け3年で勝ち取った快挙について感慨深く語っている
▼あの大震災は選手たちに《これを乗り越えてみせよ》《被災地で苦悩する人たちに和んでいただける戦いをしてみせよ》と試練を与えたのだ、と。その意味でも苦節を経た勝利は象徴的だ。それは被災者にも厳冬のような今を生きる人にも、冬は必ず春になるよとのメッセージになることだろう
▼優勝を決めた26日の試合そのものが劇的だった。楽天は1回に押し出し四球で1点を先制。だが3・4回に西武がソロ本塁打で逆転。5回にも適時打で1点を奪われ3対1とリードを許すが7回に楽天は、2死満塁でジョーンズが走者一掃の二塁打を放ち4対3と会心の逆転
▼そのままもつれ込んだ9回裏に楽天は連勝を重ねる最強のエース・田中将大を投入。1死二・三塁のピンチも招いたが後続2人を三振に抑え投げ勝つ。マジックは2だったが2位のロッテがこの日、日本ハムに負け劇的に初優勝が決まったのである。

 2013年 9月 27日 ―暑さ寒さも彼岸まで―
 26日は「彼岸明け」で、暑さ寒さも彼岸までといわれているように、暑さの峠もまずは越えたといって良かろう。
▼高速道を通っていくと道端に満開のススキと、両側に広がる黄金色の水田が美しく、自然豊かな実りの秋にご満悦といったところだ。
▼2、3日前から朝晩は肌寒さを感じ、ストーブに火をともすときがあった。今夏は猛暑で苦しんだが、やはり寒い冬よりは暑い夏の方が過ごしやすいと思う日々である。20日の彼岸入りから7日間が秋のお彼岸であった。お彼岸の前の16日には大型の台風18号が通過して風雨の大変な被害を被った地域があった。そういった地域では、お彼岸の墓参りや19日の十五夜お月見といった余裕はなく、災害の修復に没頭しなければならなかった。
▼米やリンゴなどに直接的な被害は被らなくとも、自宅や納屋などが前回の強風などで破損した世帯が多かった。屋敷のスギやヒバなどのエグネが倒木したり、屋根瓦やトタンなどが飛ばされた家屋もあった。
▼お彼岸の休みを利用して実家に帰り、墓参りを早々に済ませてから倒木した木々などの後片付けをした。年々体力が衰えてきて、少しばかりの畑の耕作や庭の手入れ、また災害の後片付けも難儀になってきている。向こう三軒両隣が同じような悩みを抱えている。

 2013年 9月 26日 ―格闘する飯舘村の長谷川さん―
 福島・飯舘村の長谷川健一さんは放射能汚染と格闘する酪農家だが、将来の村民の訴訟にも備えようとカメラとビデオで撮影も続けている。各地で映像を用いた講演もしている
▼酪農家の命である牛などが、殺処分のためトラックで運び出される場面もある。「ごめんねえ!」と叫びながらトラックを追う婦人がいる。傍らで顔をゆがめ腕で涙を拭う男性は東京生まれ。酪農がしたくて飯舘に来て10年頑張り軌道に乗ったばかりなんです、と解説する長谷川さん
▼「これはうちの牛舎です」と映し出した広々とした畜舎はがらんどう。片隅に「南無釋迦牟尼佛〜天災人災〜」などの筆文字が読める塔婆が建っている。僧侶が牛たちの弔いをさせてくださいと持参したという
▼移転避難や牛殺処分を機に自殺した人がいたと、人の死も語った。102歳になる飯舘村の最高齢者が一家の遠方避難を前に「俺がいるど足手まどいだべ」と言った後、自室で命を絶つ悲劇もあった。「原発さえなければ」と遺書を書いた相馬市の男性は、長谷川さんの酪農仲間で妻と7歳と5歳の男児を残して旅立ってしまう
▼以上は各地の講演動画から紹介したが、長谷川さんが刊行した「原発にふるさとを奪われて」(宝島社)「写真集 飯舘村」(七つ森書館)からも、著者を駆り立てる思いが伝わる。

 2013年 9月 25日 ―地域に新しい価値を生み出す―
 稲の収穫期を迎えているが、青森県田舎館村の「田んぼアート」を見る観光客が今年10万人を超える見込みという。田んぼアートは、田んぼをキャンバスに見立てて、現代品種の米と古代米の色の異なる稲の葉や穂を使って、巨大な絵を作り出す芸術といえる。
▼空から見なければ全体が見えないので、田舎館村では役場の展望台を有料にして開放しているが、見学者が多くて1時間待ちという盛況ぶりのときもある。
▼田んぼアートは1993年に田舎館村で始めたのが最初で、現在では全国100カ所以上で行われている。田舎館村では今年、縦140b、横100bの巨大な範囲に、「花魁(おいらん)芸者」と「マリリン・モンロー」を稲で見事に描いている。
▼高速道で県内外から訪れる客も多くなって、会場の駐車場にはたこ焼きや焼きそばの出店が並んでいる。人口8千人の小さな村が、古代米を生かして、田んぼに巨大な絵を描くというアイデアがヒットしている。
▼年々、精巧さを増してレベルも上がり、マスコミやインターネットなどで全国はもとより、海外にも知れわたるようになった。ぜいたくな資金を掛けたわけでもなく、田舎館村が考えた村おこしであった。この実践から、発想と工夫次第で地域に新しい価値を生み出せると勇気をもらえる。

 2013年 9月 24日 ―おもてなしを地でいく青年―
 東京五輪招致の国際舞台で滝川クリステルさんが、そこだけは日本語で強調した「お・も・て・な・し」の5文字は世界を駆け巡った
▼「無私無欲で気前よく歓待するという意味合いのこの言葉は日本人に根付いている」(要旨)と解説も添えていたが、誇らしく聞いた邦人は多かろう。このアピールとは直接関係はないが今年6月ごろから、東京・杉並区内のある地下鉄駅階段でベビーカー運びを手伝い続ける一人の青年がいる
▼彼は覆面で素顔を隠し緑色のコスチューム(服装)で身を包む。平和を守るため変身して戦うドラマ「ゴレンジャー」にあやかったのか、自分を「ベビーカーおろすんジャー」と名乗っている。青年は27歳。駅近くの食品店に勤務する
▼来店した若いママさんたちからここの駅にはエスカレーターもエレベーターもなく、ベビーカーを階段で上げ下ろしするのに苦労すると聞き発奮。勤務中の2〜3時間を割いて無欲で気前よく、「おもてなし」そのものを地でいく善行を続けているのだ
▼当初は警戒され不審の目も向けられたが、今では「助かります」と感謝の声に包まれている。ママさんのほか高齢者の荷物も運びこちらも好評だ。滝川さんのスピーチと同様に、この青年の行動も動画などで伝わり、海外諸国からも称賛の声が寄せられている。

 2013年 9月 23日 ―心に訴える手紙―
 盛岡てがみ館を訪れた。盛岡市の中心部を流れる中津川の河畔にあって最高の場所に位置している。全国的にもユニークな、ここにしかない「てがみ館」であるとうかがった。プラザおでって6階にあり、目的意識を持っていかなければ見逃してしまう。見逃されるとはもったいない。
▼館内や廊下がとても清潔で心地よかった。さて、展示物はどうか。常時公開資料と第41回企画展が開催されていた。一戸町出身の「彫刻家・船越保武氏の手紙」は心に訴えるものがあった。手紙を見て、船越保武の素顔と人物に触れることができた。「長男の死と信仰」「義父・坂井徳治」「長崎26殉教者記念像」「左手の製作」「戦争と貧困」「道子と文学」「ラブレター」などなど。
▼常設公開資料は、後藤新平、高村光太郎、金田一京助、米内光政、及川古志郎、郷古潔、松本竣介、石川啄木、石川節子、宮沢賢治、新渡戸稲造、藤根吉春、富田小一郎、高橋忠弥、小田島孤舟など、そうそうたる人物が登場する。高村光太郎の詩「岩手山の肩」には感動させられる。そのほかにも、郷土が誇れる人物伝が手紙の随所に現れる。
▼今年6月逝去の同市肴町出身のグラフィックデザイナー・中村誠をしのぶ、「追悼・中村誠ー手紙から見る芸術とその素顔」もぜひ見てほしい。10月21日まで。

 2013年 9月 22日 ―津波がもてあそぶ船の運命―
 3・11の大津波は三陸沿岸から、さまざまな物をさらうように奪い漂流させた
▼それらは流浪の末に北米西海岸などに相次いで漂着。昨年はアラスカの2カ所で地元の人が名前が書かれたサッカーボールを発見する。それぞれ名前を決め手にして持ち主を探索。1個は陸前高田の男子高校生のもので、もう1個は気仙沼の小学生のものと判明した
▼双方に送り届けられ喜びの輪を広げたことを思い出す。今度は米カリフォルニア州の港町で今年4月に、住民が発見した県立高田高校の実習船が話題になっている。海岸に打ち上げられていた船は現在、地元警察の敷地に保管
▼全長約6bの船体に「高田高校」と書かれていることから、陸前高田市に問い合わせて同高海洋システム科の実習船と判明。発見地の高校生らも協力し船は来月にも返還されるという。高校生たちは来春を目途に高田高校生らとの訪日交流計画も練っているという
▼漂流しながら運命を開く船がある一方、津波に押し上げられ気仙沼の市街地で身動きできずにいた330dの大型漁船・第18共徳丸のような不運な船もある。震災遺構として保存論もあったが来月下旬ごろまでの解体が決まった
▼昨秋、現場を訪ね動かぬ巨大な船体を見た時、臨終に立ち会うような感懐に襲われ合掌したことが忘れられない。

 2013年 9月 21日 ―リニア中央新幹線の計画―
 リニア中央新幹線の東京・品川―名古屋間のルートなどが18日、JR東海から発表された。
▼2014年4月着工、2027年の品川―名古屋間の開業を目指している。新大阪までの開業は45年の見込み。総工費は名古屋までが約5兆円、新大阪まで約9兆円超と見込まれ、全額JR東海がもつ。このリニアは最高時速500`、品川―名古屋間の約286`を最短40分で結ぶ。全面開業時には最短1時間強で結ばれる。
▼経済効果は、名古屋開業で10・7兆円、大阪まで同時開業であれば16・8兆円と試算されている。
▼ルートは、品川駅ホーム地下40bをターミナル駅として、神奈川・相模原、山梨・甲府、長野・飯田、岐阜・中津川の4駅を経て名古屋駅地下30bに至る。運賃は、名古屋まで東海道新幹線の1万780円(通常期のぞみ指定席)に700円の上乗せ、新大阪まで 1万4050円に1千円程度の増額が想定されている。東海道新幹線客の半数以上は名古屋、大阪であり、大半がリニアに転移するともくろんでいるのだろう。
▼全区間の約86%はトンネルで景色が見えない。南アルプス約26`が地下トンネルで、さまざまな技術課題もあるが難工事は克服できるとしている。切符は駅によらずネット販売が中心という。変化はスピードだけではない。

 2013年 9月 20日 ―川柳が詠む夫婦の距離感―
 漫談家の綾小路きみまろさんに、「あれから40年」という決めぜりふがある
▼初々しく仲むつまじい新婚当初と対比し、体型の変化やすさんだ言葉遣いなどを列挙。長い歳月を経た夫婦の今を生々しく語って爆笑を誘う。全国有料老人ホーム協会が01年から公募を主催し毎年「敬老の日」直前に入選作品が発表される「シルバー川柳」にも、きみまろ漫談に似た風刺が漂う句がよく登場する
▼「妻が書く老後の計画俺いない」と夫が嘆くのは第2回の入選作。第8回では56歳の女性が「来世も一緒になろうと犬に言い」と詠む。これも連れ合いを度外視し犬との絆を強調した風刺句とも読める。もしそうならこの距離感では夫婦双方が寂しかろう
▼月日の経過が人を変えてしまうのだろうが中には、「五十年かかって鍋と蓋(ふた)が合う」(第9回)と、年月をかけた努力で夫婦和合に至った感慨をつづった句もある。作者は76歳の男性だ。共に歩み寄るいじましさもうかがえ距離感が深刻な人たちには範例になろう
▼だが現実には時の流れとともに隙間を広げる夫婦が多く、和合に向かうのは少数派だろう。第13回の今年も「期限切れ犬にやらずにオレに出す」「子は巣立ち夫は旅立ち今青春」「『先寝るぞ』『安らかにね』と返す妻」など、男性群には笑えない川柳が並ぶ。

 2013年 9月 19日 ―台風18号で各地に被害―
 大型の台風18号が15日から16日にかけて日本列島を縦断し、岩手、福島、石川県などで5人が死亡し、4人が行方不明となっている。
▼福井県、京都府、滋賀県の3府県に初の特別警報が発せられ、大雨や突風で人命だけでなく、住宅の床上、床下浸水、交通機関などに大被害をもたらした。京都の桂川や鴨川などが水であふれ、嵐山観光なども大きな被害を被った。
▼台風18号は16日昼すぎから夕方に掛けて東北地方南部に到達し、東北全域で激しい雨や強風に見舞われた。岩手県では男性1人死亡、女性1人が行方不明となり、盛岡市繋地区や玉山区、一戸町など4市町村で計480人の住民への避難指示や勧告が出された。盛岡八幡宮例大祭では16日の流鏑馬(やぶさめ)が15年ぶりに中止となるなど、各地の秋祭りにも影響が出た。
▼雫石町や盛岡市、紫波町、矢巾町などでは8月9日の大雨災害復旧が途上という中、大型台風の襲来が心配でならなかった。
▼リンゴやブドウなどが収穫期に入っていることもあって、強風で落果しないでほしいと栽培農家では気をもんでいた。台風は大船渡付近から太平洋に抜けたが、度重なる豪雨で2次災害の心配も尽きず、これから台風シーズンを迎える。何とかこれ以上の被害が出ないことを祈るばかりである。

 2013年 9月 18日 ―便利な多機能携帯ライト―
 今春、居住地の自治会から、高齢者宅を定期的に巡回する見守り隊員役を託された
▼こちらも高齢で見守られる側だからと固辞したのだが、同世代だと先方が安心するし健康で車の運転もしているのだからと、押し切られた次第だ。その際、災害時見回り用に支給された「携帯ライト」を今回の台風18号襲来に備えて初めて試用。驚いたのはその多機能ぶりである
▼あの大震災後の長い停電では、仏壇用ろうそくに頼ったことを思うと支給されたライトに隔世の感を覚える。実に優れものでいつでもどこでも手回しハンドルで充電ができる。さらに照明は輝度が高く発熱が低く寿命の長い白色発光ダイオード(LED)ライトを用いている
▼それだけでなくAM・FMラジオも聞くことができる。緊急時には防犯ブザー(サイレン式)も鳴らせる。加えて携帯電話の充電機能も備えている(フォーマ=FOMAを含むドコモ・ソフトバンク・auに対応)。長さは12・5aで重さは125cと手軽に携帯できる
▼台風前に訪ねた高齢者宅でも多機能を実演。万一の時の活用の仕方を語り合った。平時下ではおもちゃのようにも見える。だが非常時下では威力を発揮。夜を明るくし災害情報などをラジオで聞き、携帯電話の充電もでき手回しで発電もする
▼ありがたい小道具である。

 2013年 9月 17日 ―宮古市の復興まちづくり―
 宮古市役所がJR山田線宮古駅南側に移転することを決めているようだ。東日本大震災津波では、鍬ケ崎地区と市役所周辺の被害が大きかった。
▼4日には鍬ケ崎地区復興工事のくわ入れ式が執り行われた。魚市場が近く、道の駅みやこシートピアなあどもすぐ海の近くにある。どんな再開発計画が練られているのだろう。宮古湾は漁業と景観に恵まれている。浄土ケ浜も近いが、常に津波の危険性を背負っている。
▼閉伊川沿いは思ったほどではなかったが、山田線の鉄橋などが流失した。宮古湾の津波は市役所付近から市街地に流入してきたように思われる。復興計画では閉伊川の河口に水門を建設する計画のようだ。
▼市役所を移転させる計画については、まちおこしと一緒に進めていく考えがあると伺った。市役所と駅の機能を一体化させて、行政はもとより、交通、医療、観光、買い物やさまざまな複合的サービス機能を持たせた近代的な市街地にする構想を練っているのだろうか。
▼数十年先の宮古市はどのようになっていくのか。夢のある港湾都市に発展してほしい。太平洋東端の灯台もあり、外国航路のある都市に開かれていくのか。漁業のまちとして、海と陸と空の交通をどのように開発するのか。新しい時代に開かれた三陸の港町を築き上げてほしい。

 2013年 9月 16日 ―米探査機が大宇宙一人旅―
 気宇壮大は人の心意気を意味する言葉だが、宇宙空間を飛び続けるボイジャー1号にもこの形容を用いたくなる
▼米国の無人宇宙探査機だが打ち上げは1977年9月。かなたのどこかで地球外知的生命との出会いも託され、既に36年間も大宇宙一人旅をしている。米航空宇宙局の今月12日の発表によると、この探査機は昨年8月に人工物としては初めて太陽系を脱出したことが確認されたという
▼現在は地球からおよそ187億`辺りの恒星間空間を、時速約6万`で飛行しているというのだから気宇壮大だ。発電能力が尽きる2020年頃までは地球へのデータ送信を続け、以後は知的生命体との出会いを夢に無言の旅となる
▼万一の対面に備え機内には世界55言語による「こんにちは、お元気ですか」などのあいさつや、モーツァルトらの名曲、日本の尺八曲などがレコード化され積み込まれている。出会う確率は極小だがロマンは大きい
▼一方日本ではおととい衛星搭載の新小型ロケット「イプシロン」を発射。直前に中止した先月に次ぐ再挑戦で、搭載した惑星観測衛星も予定軌道に投入でき打ち上げは成功した。小型衛星を低コストの小型ロケットで打ち上げる道を開き需要拡大も狙う
▼地上では商魂も見えるが衛星が周回する宇宙を仰げば、やはりロマンが広がる。

 2013年 9月 15日 ―みんなで守る伝統―
 多様性から英知を生み出す。単一民族ではなく、さまざまな国から移住された人たちによって国が形成され平和な素晴らしい国づくりが進められている。
▼日本の話ではない。欧米はもとより、南米やアジアなどの国々からの移住者が多く、国際結婚は当たり前になっている。そういった国民を一つにまとめるには相当の苦渋を重ねてきていることは想像できる。最初はそのような人をまとめるのに苦労した。
▼しかし、議論や意見を束ねて一つの方向が定まり、そのことに結集するとなればものすごい力を発揮する。また、文化も出来上がっていく。まさに合板のような強さだろう。
▼その国、カナダと長年交流を重ねてきている人の体験談であるが、ある街はとにかく花の好きな人が多く、街路には花が多い。100年以上の歴史を重ねている。花は一度植えればそれで終わりではない。日本の盆栽も同じ、実に手数が掛かる。だが、手を掛ければ掛けるほど応えてくれる。植物園や街路の花の手入れは、地元の市民や農業高校生らが実習に動員されている。それが毎年繰り返されている。
▼花を売って収益を挙げるものではない。花を景観に生かすこと、花のある街づくりは当たり前のことと、花をみんなで守っていくことが国民性であり、伝統になっているという。

 2013年 9月 14日 ―大谷翔平が見せた二刀流の劇―
 昨年末に花巻東高から日本ハム入りした大谷翔平選手。現在19歳で童顔が残るが身長193aのすらりとしたスタイルも好感され、人気を広げている
▼高校時代には最速160`を記録する一方、春の選抜で大阪桐蔭高の剛腕藤浪投手(現・阪神)に挑み、本塁打を放つなど打力も非凡。投打二刀流は当時の野球好き県民も魅了したが、日本ハム監督もその力量にほれ込んだらしい
▼彼を今季当初から1軍に登用した。開幕後5カ月余が経過。けがによる不調もあったが大物新人らしい見せ場も多い。開幕前オープン戦の中日戦ではプロ初ホームランを打ち、楽天戦は投手・打者・右翼手の顔を見せ二刀流デビューを演じた
▼3月29日の開幕初戦は西武と対決。ここでは2安打1打点と打力が火を吹く。高卒の初戦2安打は53年ぶり2人目。お立ち台で初のヒーローインタビューを受けている。5月のヤクルト戦で投手として初登板。新人初登板史上最速の157`を記録した
▼7月10日の楽天戦では開幕後初本塁打を飛ばす。同14日のロッテ戦(札幌)は頬骨不全骨折直後だったが戦線に復帰。代打で2ラン本塁打という劇を見せ、本拠地を大歓声が包む。今月10日にも札幌のオリックス戦で3号ソロホームランを豪快に右翼席奥に運んでいる
▼持っている男の活躍が頼もしい。

 2013年 9月 13日 ―国道106号の改良工事―
 国道106号盛岡―宮古間を先ごろ往復したが、要所ではカーブの解消や拡幅工事などが盛んに行われていた。復興関連工事で横軸の改良を進めているのだが、トンネルが多く、既存のルートを生かしての工事であるために思い切った改良にはならない。
▼盛岡市の川目から飛鳥辺りまでは簗川ダム関連工事で新ルートの山間地を切り開いた新設道路に切り替えられている。根田茂川などの清流ははるか下になって、百bは超すような山の森林帯を走る高速道のような感じになった。完成した新設の区間はカーブが以前より少なくなり、安全でとても快適なドライブコースになっている。
▼こんなに素晴らしい交通環境に変えられるのであれば、なぜもっと早く改良工事に予算が向けられなかったのか。くねくねと曲がって、山の谷底を右に左に揺すられながら運転するのに耐えてきた。106号は主要な国道であるから、抜本的な改良に目が向けられるべきであった。
▼宮古│盛岡間は距離100`程度、高速道に改良すれば1時間程度で結べる。中間の川井では真っ白いソバ畑や紫のシソ畑が目についた。森林を切り開くことによって新たな景観が開かれ、観光や新たな産業や名産品の開発などの芽が湧いてくるのではないか。併せて時間短縮効果も生まれるだろう。

 2013年 9月 12日 ―ロシアのシリア戦況打開策―
 シリア内戦は出口が見えないまま、戦火に追われた2百万人を超える住民が難民化し、隣国などで苦悩の日々を送っている
▼世界が憂慮する事態が続く中、シリアと友好関係にあるロシアが外交手段による打開に動き出し注目されている。9日にモスクワでシリア外相と会談したロシア外相がシリアに対し、化学兵器禁止条約に早急に加盟するよう提案したのだ
▼ロシア政府はシリアが化学兵器を保有していると見ている。米国などはそれがシリア政府軍によって紛争現場で使用された事実を確認したと主張。その残虐行為への懲罰としてオバマ大統領はシリアへの軍事介入を決断し、議会にその承認を求めているところだ
▼会談はそれを背景にロシアが友好国へ救いの手を差し伸べた形に見える。ロシア側は具体的に禁止条約加盟とともに化学兵器は国際的な管理下に置き、最終的には廃棄するようシリア側に要請。シリア外相は「ロシアの提案を歓迎する」と応じている
▼まるで猿芝居だと酷評する声も一部にあるが、素案は米ロ首脳の会話の中から生まれたという。振り上げた鉄拳を下ろせずにいたオバマ大統領も、提案を「重要事態の打開策となり得る」と述べている
▼内戦下の提案履行は至難とされるが鋭意実現し、それが悲惨な紛争に終止符を打つ契機になるといい。

 2013年 9月 11日 ―東日本大震災から2年半―
 東日本大震災津波からきょうで2年半を迎えた。
▼沿岸の復興の状況が気になっているが、そればかりではなく、内陸の状況も気になっている。耕作地が草むらになって荒れ放題のところが多くなってきているからだ。被災地の復興計画は少なくとも30年先のことを考えるべきだろうと思う。30代、40代の若い人たちが復興の先頭に立つべきだろう。そのような年代の人たちが中心になって活躍する時代になるからである。
▼そんなことを考えていては復興などは進まないとした意見もある。例えば、人口分布や産業配置などを予測することは難しいからである。
▼すでに本県の人口は減少している。都市集中が進んで、地方では鉄道やバスなどの利用者が著しく小単位になってしまう。マイカーなどの生産も過剰になって、在庫があふれてしまいかねない。バスやタクシーなどの営業は採算が合わなくなってしまう。そのようにならないように手を打っていかなければならない。
▼周囲の自然環境を生かすことで転住者や観光客で衰退に歯止めをかけられるのか。過疎化が進めば、商店街の利用客も減って、売り上げが見込めなくなってしまう。それでは「町」や「集落」が成り立たなくなってしまう。もっと古里を愛し、活気をよみがえらせることを考えていこう。

 2013年 9月 10日 ―東京五輪へ復興完結を―
 「トウキョウ」と、国際オリンピック委員会(IOC)のロゲ会長が言う
▼先ごろブエノスアイレスで開催されたIOC総会で、2020年夏季五輪・パラリンピック開催都市に東京が選ばれたのだ。委員90余人の投票でトルコのイスタンブール、スペインのマドリードを退け圧勝したのである。戦後復興を加速させた1964年五輪以来、56年ぶり2度目の開催となる
▼投票前には3都市代表の招致説明会があった。東京からは高円宮妃久子さまも出席されIOCの大震災被災地に対する支援に謝意を述べ、IOCは「何を夢みたらいいかを教えてくれた」と語られた
▼パラリンピック代表の気仙沼市出身佐藤真海さんは、海外選手らが被災地を訪問し子どもたちを激励したことを紹介。スポーツの真の力を目にした感動を伝えた。安倍総理は汚染水問題に触れ、状況はコントロールされており大会が安全に実行されることを約束すると言明している
▼五輪招致の主役である猪瀬都知事は電車は時刻通り来る、落とした財布は無事に戻るなどと例示。安心安全を強調した。愛妻家で知られる知事はその妻を7月に亡くしている。悲しみを秘め勝ち取った招致決定日は49日忌だったという
▼五輪まで7年。巨額予算も投入される。個人も被災地も課題を完結させて聖火を迎えたい。

 2013年 9月 8日 ―まめぶ人気―
 今、「まめぶ」が大いに売れている。平成の初めに久慈地方を訪れた時も「まめぶ」はあった。きのこ汁に米の粉の団子が入っている。団子の中にはクルミと黒砂糖が入っているからぜいたくなくらいだ。
▼当時、これはおいしく、隠された料理だと思った。今よりも具材が吟味されていたように思う。地元では当たり前の料理であるから、宣伝をしなかった。むしろ、恥ずかしがって遠慮しがちに客に振る舞っていたように思われた。宣伝されていなかったから広まることもなかった。宣伝効果というものは不思議な力を持っているものである。
▼三陸沿岸や北上川流域で採れるクルミは最高のものといわれている。以前、本県ではサトウキビや砂糖大根が栽培されていたから黒砂糖も採れた。県南では芋の子汁には、キノコや肉が入った汁に里芋が入る。会津では「こづゆ」というすまし汁がある。里芋、ニンジン、タケノコなどが入った汁で、江戸時代は酒のさかなとして出されていた。今日では福島の郷土料理の一つになっている。
▼青森の冬の料理に「けの汁」というのがあった。駅前の酒場で立ち飲みしながらすすったことがあった。ゴボウ、ニンジンなどの野菜を刻んで煮込み、煮干しなどで味付けをする独特の料理であった。冬のビタミン不足を補う補充食だろう。

 2013年 9月 7日 ―オバマ氏のシリア内戦対応―
 「へいわっていいね〜みんなのこころから、へいわがうまれるんだね」…。これは今年6月の沖縄全戦没者追悼式で、小学1年の安里有生君が朗読した自作詩の一節だ。彼は大戦で多くの沖縄県民が命を落とした悲しい歴史を大人から聞き、平和について素直に書いたのだろう
▼シリア内戦で逃げ惑う子らの映像を見てあの朗読の声がよみがえる。現地ではアサド政権側と反政府側が武力衝突。終息への兆しも見えない。2年前に開戦してから死者は11万人に及び、ヨルダンなど隣国へ流入する難民は2百万人を超えている
▼荷物を背負う母が幼児の手を引き歩き続ける姿も映し出されたが痛々しく言葉を失う。米国などが軍事介入を表明したことで、巻き添えを恐れる人々が避難を加速させているという。かつて米軍がイラクを攻撃したとき、頻発した誤爆などによる民間人殺害の記憶も恐怖を増幅させている
▼オバマ米大統領はアサド政権側が化学兵器を使用した事実を確認したと公表。その人道上の罪への懲罰として限定した攻撃を決断し議会に承認を求めている。この軍事介入決断は米国内をはじめ世界からも厳しい批判を浴びている
▼オバマ氏はノーベル平和賞受賞者らしくシリア政権に影響力を持つロシア大統領に助力を請うなど、折衝力で和平主導をすべきだろう。

 2013年 9月 6日 ―仙台水族館が目指すもの―
 2015年春の開業を目指して、仙台市宮城野区の仙台港近くに仙台水族館(仮称)が建設される。三井物産や横浜八景島と、カメイなど地元企業4社でつくる特定目的会社「仙台水族館開発」が事業計画の概要を先ごろ発表した。イルカなど海生動物のショーを楽しめる東北最大級となる1千席の観客席を設けるという。今年12月上旬に着工する。
▼鉄骨2階建てで、延べ床面積は約9800平方b。約1千基の水槽を設置して親潮と黒潮がぶつかる三陸沖の豊かな海や東北の美しい川辺を再現する。ペンギンやアシカなどと触れ合える「癒やし体験ゾーン」も整備され、教育施設としての機能や食育や環境保護についての考えを深めるコーナーも用意する。
▼仙台市は、進出予定地の固定資産税減免など優遇を受けられる復興特区として申請し、国の認定を受けた。
▼水族館といえば海岸沿いへの立地が一般的だ。東日本大震災津波の教訓から、地震発生時の津波避難ビルの機能を備え、非常食の備蓄や来場者の避難行動計画づくりも進める。単なるアミューズメント施設ではなく、「東北の復興を象徴するような活力あふれる水族館」を目指す。復興東北を象徴する一つとして全国から人が集まるとともに、被災地の人々の心を癒やし元気にする施設になってほしい。

 2013年 9月 5日 ―真心の新造漁船が大槌へ―
 震災後の大槌町支援で交流がある横浜市瀬谷区住民らが、同町への大型漁船寄贈を発案。昨春それが具体化する
▼船が流され漁師さんたちが苦しんでいる。応援をしようと「三陸沖に瀬谷丸を!実行委員会」が発足。募金による造船を決めた。国などの補助金以外に3千万円は必要でこれを目標に募金を開始。自治会をはじめ口コミで趣旨が伝わり、募金箱や指定口座へ老若男女有志の寄金が進む
▼子どもが少額硬貨を箱に入れる姿も目立つ。ある小学校では児童が先生や実行委員会に提案。父母らの協力を得て古本を回収し古書店に売ったお全を寄付している。最終寄金総額は3千6百万円を超え全額が漁船建造費として大槌当局へ贈られた
▼発注していた重さ19dの「瀬谷丸」は今年5月末に完成。6月8日には開港祭でにぎわう横浜港で碇川大槌町長、漁協関係者、瀬谷区民らが参加してお披露目式を開催。その後、大槌港に向かい15日には大槌で贈呈式、進水式を挙行している
▼今月2日には瀬谷区住民代表11人も乗船した瀬谷丸と、国際開発救援財団支援の新造船「第一久美愛丸」の2隻に、漁師23人が乗り初の定置網漁に挑んでいる。両船でサバなど約800`を水揚げした。この秋のサケ漁も期待できる
▼町民が口々に言う「ありがたい」との一言に万感がこもる。

 2013年 9月 4日 ―けんじワールドの閉館―
 東京ディズニーリゾートは今年30周年を迎えた。国内最大のアミューズメント施設で、2012年度の入場者は2750万人を記録した。13年度はそれを上回ると予測されている。人気が衰えないようにさまざまな趣向を凝らし、国内外から大勢の観光客が訪れてにぎわっている。
▼国内には他にもテーマパーク、水族館やミュージアムなど遊興施設はあるが、入場者が増えている施設もあれば、減らしている施設もあってさまざまである。景気低迷が収まって、先行きの明るさが見えてきている訳でもなく、やはり客をひきつける営業のやり方にかかっているのだろうか。
▼雫石町で営業していた本県最大のテーマパーク「けんじワールド」は8月25日閉館した。全長300bの流れるプール、波の出るプール、ウオータースライダーなど、子どもたちが楽しめる施設であったが、1995年の開業から18年で歴史に幕を閉じた。
▼福島県いわき市のスパリゾートハワイアンズに次ぐ、東北2位の規模を誇る施設であった。近年、景気低迷、少子化、時代の変化などで入り込み客を伸ばせなかった。季節営業で踏ん張ってきたが、大型施設の運営・維持費を賄えなかったのだろう。大型施設の運営は容易なことではない。経営資源の再開発を期待している。

 2013年 9月 3日 ―旅客機内黒人差別と係員の機転―
 元国際線ファーストクラス客室乗務員の熊谷留美子さんは、企業研修などを手掛ける会社の代表を務めている
▼ネット利用のおもてなし実践講座も好評のようだ。逸話も織り込むブログ(日記風サイト)も面白い。魅了され日付をさかのぼっていたら昨年2月に人種差別に絡む実話が紹介されていた。次のような粗筋だ
▼旅客機の普通席(エコノミークラス)に中年の白人女性が座る。彼女は隣席の黒人男性に気付き激怒。呼ばれた接客係員は丁重に満席であることを説明し、改めて空席の有無を確認すると言い場を離れる。戻った係員はここは満席だが最上級席のファーストクラスに空席があると告げる
▼さらに当社は普通席から最上席への席替えはしないが、お客さまが不愉快な道中をすごすのは社として恥ずべきことと判断したと言う。この後、係員は丁寧に黒人客をファーストクラスへ案内。機内から拍手が湧き白人女性はあ然とする
▼肌の色でなく人格の中身で判断される国をと夢を語ったキング牧師は暗殺され、バス車内で白人に席を譲らず逮捕されたローザ・パークス女史等々。犠牲と屈辱の歳月を経て米政府が黒人も公平に国民として遇すると明記した公民権法を定めたのは1964年だ
▼以来半世紀。現場の差別視は今も根強いことを先の機転劇は教えている。

 2013年 9月 2日 ―実りの秋とスズメ―
 9月に入って二百二十日を迎えると、稲などの農作物や野山のクリやクルミなどが熟す季節を表している。終戦直後は授業の一環としてイナゴ捕りに出かけたことがあった。学校でイナゴを捕って大きな鍋で蒸して昼の給食に充てたことがあった。しょうゆ味でつくだ煮のようにして食べた。
▼稲穂が黄色に色づくとスズメの被害を駆除するため、家から田んぼへひもをつないで空の灯油缶をつるし、ガランガランと鳴らしてスズメを追い払うのであった。そのひもを引くのが子どもたちの仕事であった。水稲の一粒も大事に収穫していた。
▼同じ時期、田んぼには案山子(かかし)が立てられるものであった。一本のくいに着古した衣類や帽子を着させて自分の田んぼに担いでいって田んぼやあぜ道に立てる。稲の豊作を喜び、はしゃぎ回るスズメたちをにらみつけていたが、案山子は製作者の気質が分かるような気がした。夜になると、本物の人間と間違われることもあって、びっくりさせられるほど精巧な案山子もあった。
▼冬には、家のこたつから庭にひもを引いて、ザルを立て、その下に玄米を散らしてスズメを呼び、ザルを立てる突っ立てを引っ張ってスズメを生け捕りにした。スズメを焼き鳥にしたことがあった。米どころでは案山子祭りが毎年開催されている。

 2013年 9月 1日 ―防災意識を鋭敏に―
 強い地震でも自分の中では「大丈夫、すぐ治まる」という意識が働く
▼東日本大震災以前はそんな鈍い反応で、地震でも暴風雨でも避難もせず備えもしないでいたことを思い出す。沿岸のホテルに連泊し地震が発生した時も津波の心配すらしていない。こんな不用心を戒め注意啓発のために設けられたのが「防災の日」なのだろう
▼9月1日が選ばれたのは1923(大正12)年のこの日に、甚大な被害をもたらした関東大震災が発生したことにちなむ。この記念日は60(昭和35)年に制定されたが、前年には伊勢湾台風が紀伊半島、東海地方を中心にほぼ全国を襲撃。死者は4697人に及び戦後最大の被害を出している
▼この台風惨禍は日頃から防災意識を持ち備えることの大切さを呼び覚まし、「防災の日」制定のきっかけにもなっている。最近だけでも「まさか」と思う地域が大水害に襲われている。記録的な豪雨もよく降る
▼本県でも先月9日の大雨が県央一帯を襲い2人が犠牲になり、重軽傷者が出たほか多くの家屋被害も発生している。気象庁はおとといから「特別警報」を導入した。従来の注意報、警報に加え重大災害が予想される時「直ちに命を守る行動を」と呼び掛けるという
▼国内外で天変地異が際立つ昨今だけに、各自も鋭敏に反応できるようにしたい。

2013年8月の天窓へ