2017年 8月の天窓


 2017年  8月  20日  ― 賢治の寄り添いの視点 ―
 宮沢賢治が黒手帳に書き没後に発見された詩「雨ニモマケズ」は2分ほどで読める。短く平易だが意味は深い。魅了されて今も折々に読んでいる
▼この詩には世の中の出来事に感応する言葉がある。今夏も各地の長雨にとりわけ東京は、8月としては40年ぶりの連続長雨との報道や、台風並みの暴風雨との話題などに「雨ニモマケズ 風ニモマケズ」がそのまま励ましの言葉として感応する
▼専門知識もあった賢治と違って当方など凡人は、それに感銘はするが具体的対応策となるとお手上げに近い。北の方のケンカには「やめろ」と言えるが低温で涼しい夏だと嘆かれても、そのまま秋になるのもいいかも、などと無責任なことをつぶやきかねない
▼ただ賢治が「ヒデリノトキハナミダヲナガシ サムサノナツハオロオロアルキ」と詠んでいることに目からうろこが落ちる。そこには日照り対策も冷夏打開策もない。賢治が示したのは現代でも強調される弱者への寄り添いそのものだ。農民と共に干害を招く日照りに涙し、寒い夏にはなすすべもなくオロオロとうろたえ歩くだけである
▼農民たちは賢治の共に苦しむ同苦の姿に触れ、負けない生き方を体得していったのだろう。賢治が死去の約2年前に書いたこの詩は、生き方を求める現代人の胸に遺言のように響くであろう。

 2017年  8月  19日  ― 短歌甲子園が始まる ―
 「あたらしき心もとめて/名も知らぬ/街など今日もさまよひて来ぬ」(石川啄木)。きのう第12回全国高校生短歌大会(短歌甲子園)が盛岡市で始まった。今回は11道県から21校が出場。きょう試合が始まる
▼啄木は社会を鋭く見る目を持っていたが、青春をたぎらせたままの26歳で早世した。今も日本の10代が作品と出合い、かつ年を重ねても愛着を失わせない文学者の一人といえる
▼漂泊の歌人といえば、最期をみとった友人の若山牧水が第一に挙がるが、啄木も北海道や東京に流れ漂泊の詩人と呼ばれる。古里を詠んだ優れた歌を残す一方で、漂泊先の土地や人々に触れて湧いてきた感情を歌に投影させた
▼県外の参加校は初めての盛岡という高校生が大半であろう。初めて触れる土地と人が、高校生からどのような感性を引き出してくれるのか。あるいは古里を新鮮な感覚で見詰めた盛岡四など地元高校生の詠歌も楽しみだ
▼「水晶の玉をよろこびもてあそぶ/わがこの心/何の心ぞ」と啄木は詠む。水晶の輝きは青春の輝きとなぞらえれば、次々と未知なるものに触れ、揺れる心も成長途上にある青春の証し。水晶の鋭角で血を流すように、もてあます心の葛藤に悩むのもまた青春らしい。葛藤と向き合い乗り越えた先にこそ真の輝きが見えるのかもしれない。  

 2017年  8月  18日  ― 旧友と石垣りんの詩2編 ―
 今夏は久しぶりに旧友と会った。かつて当方がマイホームを建てた時、「貧しいので祝意を込めこれを」と毛筆で書いた石垣りんの詩2編を手渡してくれた現在東京在住の友だ
▼一つは「表札」と題する詩で「自分の住むところには 自分で表札を出すにかぎる」と始まる。彼はここは表札は自分の意志で出せという意味で、自分で書けと言っているのではないと指摘。詩の結びを読み上げた。「精神の在り場所もハタから表札をかけられてはならない」と
▼詩文の趣旨は表札を自律や主体性を崩さない生き方の象徴、と受け止めればいいと彼は強調した。二つ目の詩の題名も「土地・家屋」と即物的である。冒頭は「ひとつの場所に一枚の紙を敷いた ケンリの上に家を建てた」と建築の過程を描写
▼次いで「時は風のように吹きすぎた 地球は絶え間なく回転しつづけた」と、動く事象を描いた上で「不動産という名称はいい」と肯定。それを「『手にいれました』という表現も悪くない」と見極めている
▼この後に《にっこり笑って新居に入る隣人。部屋に電灯がともる光景》などをつづり「不動のものが彼らを迎え入れたのだ。どんなに安心したことだろう」と結ぶ。再会した友も貧しさを克服しマンションを購入。「家族とにっこり笑って入居しましたよ」と語っていた。

 2017年  8月  17日  ― 日独の戦争責任 ―
 県立大のウヴェ・リヒター名誉教授(独)に、「ドイツの戦争責任はパフォーマンス的な面があるし、日本には日本なりのやり方があった。しかしそれは世界にほとんど理解されていない。だから夜中に変な番組ばかり見ず、理論武装しないといつまでも中韓に言われっぱなしだよ」と教わった。
▼この話題、左も右も言い分はあるだろうが、一番の問題は、「日本はドイツに比べて無責任で、歴史の真実を隠している」という決まり文句が、批評的でモラリッシュな物言いとして世界に広まったことにある。
▼試しに欧米人に東京裁判や日本の戦後処理について聞いてみよう。よほどのインテリでも、まず答えられない。そんな他国のシリアスなテーマに知的労力を割ける人は、どこの国でもまれである。日本人だって独ソや英独の戦争に関しては同じだろう。
▼だから先の物言いに反論すると相手は事実関係より、自分と国際社会の倫理観を否定されたとムキになる。あとは感情的で気まずい議論になるばかり。
▼今後の歴史教育では、ただ昔日の栄光や、残虐行為ばかり並べ立ててよしとするより、日本が世界にどんな形で戦争責任を果たしてきたか、それでもなお足りないという国があるのはなぜか、教えるべきでは。その点もリヒター教授に、ことの理非を教わりたい。

 2017年  8月  16日  ― 「ながらスマホ」は厳禁 ―
 携帯電話について当方は年齢を考え、最近までガラケーと称する旧式を使っていた
▼スマートフォンが「スマホ」の略称で通じるほど普及しても、あれは若者向けと思い込んでいたのである。ところが周囲の同じく老いた人たちが次々とスマホに代えていく。それぞれが「インターネット機能もあるし便利だ。いつでもどこでも情報が読める」などと称賛もする
▼同輩のこの変化に時代遅れだったなあと気付き始める。「確かに便利だ」と目を見張る場面にも出遭う。例えば高齢友人の自家用車に乗せてもらった時に、カーナビがないのに彼がスマホ画面に向け、行き先住所などを声に出して言うと途端にナビ機能が始動。スマホが正確に目的地に誘導したのだ
▼同様の事例を何度も目撃し驚嘆。ようやく今年5月にガラケーを卒業し今はスマホの便利さを体感している。ただガラケー時代も年齢を問わず歩行や運転を「しながらケータイ」が問題化したが、今はそれを継承した「ながらスマホ」による事故や事件が今年も多発している
▼埼玉ではスマホを操作しながら運転していた車にはねられ、母子が死傷している。兵庫では歩きスマホ中の女性が、男に体当たりされて重傷を負う事件も起きた。加害者にも被害者にもなる怖い「ながらスマホ」は厳禁と注意し合っていこう。

 2017年  8月  14日  ― 不戦誓い精霊追善の月 ―
 今月は先の大戦で日本が敗れた記念日があり、亡き人の精霊に追善供養するお盆の法要もある
▼不戦の誓いを新たにするほか、故人を意識し悼む機会がセットされている数少ない月でもあろう。まずは歌人の戦争詠をひもといてみよう。国語学者で歌人の土岐善麿は「あなたは勝つものとおもつてゐましたかと老いたる妻のさびしげにいふ」と詠む
▼敗戦後に多くの妻が問うたテーマだろう。これに対し夫は「子らみたり召されて征きしたたかひを敗れよとしも祈るべかりしか」と応じる。息子3人が戦場にいるのに負けろと祈れるかと反論したのだ
▼「遺棄死体数百といひ数千といふいのちをふたつもちしものなし」と、死者数報道を戒めた歌もある。一人の命の尊厳に対する視点欠落を指摘したのである。歌壇指導者の五島美代子は東大在学中に自死した娘をしのぶ。「亡き子来て袖ひるがえしこぐと想ふ月白き夜の庭のブランコ」と
▼夫の茂は「亡き魂(たま)のかへるよりどとなりえざる身となりはてて夢にもあはず」と今では娘の夢も見ず亡き魂がこの世に帰って来るよりどころにもなれないわが身を嘆く。五島夫妻のような遺族は春秋彼岸やお盆があることに救われるだろう
▼あすは終戦記念日だがこれに逆行する狂乱小国と米大国の危険な火遊びの行方も懸念される。

 2017年  8月  13日  ― 「火星」はいくさの星か ―
 ラヂオもりおかの番組に出ることがあるが、なまりやアーウーと乱雑な言葉遣いでリスナーの皆さん、おもさげない。ラジオにはマイクを通じた迫真性がプロの技として求められる。
▼それが極まって全米にパニックを起こしたのは、1938年の「宇宙戦争」のラジオドラマ事件。H・G・ウェルズ原作を当時の米国に置き換え、火星人のUFO襲来の実況仕立てにして放送した。「B17爆撃機が出動しましたが…全機撃墜された模様です」などリアルなアナウンスに本物の火星人侵略だと、聴取者がフェイクニュースを信じ込んでしまった。
▼北朝鮮が中距離弾道弾「火星12」をグアム沖に撃つと脅迫し、米国も反撃辞さずと息巻き、日本列島を挟んで緊張が高じている。北朝鮮は挑発的にも広島上空を飛ぶ弾道を設定した。小野寺防衛相は安保上の存立危機にまで言及し、わが国も重大な選択を強いられるおそれが出てきた。
▼宇宙戦争が放送されたのは、独伊日の全体主義が米国を脅かした第2次大戦前夜。人々は火星人にヒトラーやムソリーニの影を見たといわれる。
▼弾道弾は英語で「バリスティック・ミサイル」。地獄へのスイッチに指を乗せ、マイク越しに「野郎」だの「炎と怒り」だの、トランプ大統領も金正恩も罵詈(ばり)は頼むから口ばりにしてけで。

 2017年  8月  12日  ― 詐欺なき社会築くために ―
 高齢者などから大金をだまし取る特殊詐欺は、なかなか鎮静化しない
▼支払い義務など皆無なのに、架空の請求で支払いを強要する架空請求詐欺を編み出すなど、犯人たちも悪知恵を絞っている。だが町内会や老人会など地域の組織も知恵と工夫で、だまされない意識の連帯を広げたい
▼一方、住民の安全を守ることを任務とする県警をはじめ各地の警察署の皆さんが、詐欺の啓発に捜査にと懸命に根を断つ戦いを展開されている姿には頭が下がる。県内では今年4月に大船渡で弁護士を装う男を登場させる新手の詐欺が起きている
▼この事犯では70代の女性が現金1千万円をだまし取られている。女性宅に電話を掛けてきた弁護士を名乗る男は「お宅の息子さんが東京で犯罪に関わり私はその担当弁護士で、弁済金1千万円を立て替えています」と言う
▼さらに「すぐ1千万円を用意してJR一ノ関駅に持参するように」と受け取り場所まで指示。女性は急ぎ現金を用意し一関に行き指定場所で男に手渡す。翌日普段通りの息子からの電話で詐欺と気付き通報する
▼以来、弁護士を装う男に迫る捜査を重ねた大船渡署と県警捜査2課は、今月9日に男を東京都内で発見し詐欺容疑で逮捕した。悪を断つことへの警察の執念に民間も意識高揚で応え、詐欺のない社会を築きたい。
  

 2017年  8月  11日  ― 地力示した盛岡大附の初戦 ―
 熱戦さなかの夏の甲子園は今年が第99回、春も今年で89回を数えた。全国大会が春と夏に行われるようになって90年を超す歴史の中で初の春夏連覇は1962年と遅かったにもかかわらず7校も誕生している。一方で夏春連覇4校のうち82〜83年の池田以前は60〜61年、あとは戦前にさかのぼる。夏連覇も2005年の駒大苫小牧以前は48年が最後だった
▼盛岡大附は9日の1回戦で作新学院の攻撃力を封じ夏連覇を阻んだ。選抜は智弁学園の春連覇を阻止しており、本紙にも王者キラーの見出しがあった
▼1回戦の盛岡大附は初回に1点を先制されたが、打線につかまった失点ではなく、見ているこちらも昨夏の覇者相手でも不安を感じなかった。郷土の期待に応えて見事に逆転。3点リードで迎えた最終回に本塁打が出れば逆転される窮地に1点も許さず反撃を絶てたのはチームの地力が備わった証左だろう
▼毎年3年生が引退する高校野球で年をまたいで連覇するのは至難で出場校が現在のように増えてから減ったが、逆に春夏連覇の達成が増えたように感じる。それは超一級の選手ばかりが集まる学校が全国に出てきたこととも無縁ではなかろう
▼史上初の2度目の春夏連覇の懸かる大阪桐蔭は近年の代表格。今夏、盛岡大附が勝ち上がり対戦する試合を見てみたい。

 2017年  8月  10日  ― 風にも色を見た倉嶋氏逝く ―
 終戦4年後に気象庁職員になった倉嶋厚さんは、気象学者で理学博士でもありいわば「気象のプロ」だった。それでも広く人々に知られるようになったのは1984年に定年退職した後、気象キャスターとしてNHKに招かれ外部解説委員の立ち場でテレビに登場してからだろう
▼素朴な口調ながら平易にお天気情報を語る姿が好評で、次第にお茶の間でも人気が上昇。同じくNHKの「倉嶋厚の季節の旅人」コーナーでも、すっかり視聴者を魅了してしまい近隣でも職場でも、話題になったことを懐かしく思い出す
▼気象庁時代には主任予報官を務めたほか札幌管区気象台予報課長や、鹿児島地方気象台長などを歴任。この列島最北と最南の風土で呼吸できたことは、エッセーの名手でもある倉嶋さんの四季への詩的センスを、自ずと磨き洗練させたことであろう
▼今月3日に倉嶋さんは93歳の天寿を全うされ旅立った。訃報を耳にして故人が出版した「風の色・四季の色」(丸善・1990年刊)を、本棚から取り出しページを繰って20余年ぶりに再読した。著者が「主役は写真」と「あとがき」で述べているように全ページに専門家提供のカラー写真がある
▼添えた文章には春に色彩の青を付け「青春」というように、四季にも風にも色があるという本書の標題の理念がにじむ。

 2017年  8月  9日  ― 盛岡大附きょう甲子園初戦 ―
 開幕が台風5号の影響で1日遅れた全国高校野球選手権大会は9日、岩手代表の盛岡大附が第1試合に登場する
▼県勢初の3季連続甲子園。しかも今年の選抜大会で春夏通じ過去最高の8強入りを果たした。甲子園初勝利までの道のりは長かったが、1勝を挙げてからは全国の強豪校と互して戦う地力が備わり、県大会を制したと同時に甲子園での活躍に自然と期待が湧いた
▼甲子園出場校は厳しい地方大会を勝ち抜いた強者ばかりとはいえ、初戦の相手は昨夏の覇者作新学院(栃木)。連覇を狙う学校への注目度は高く、緊張感の高い試合になるだろうか。同校も選抜に出場している。両校とも昨秋後の新チームで甲子園を経験しており、緊張感をプラスにした好ゲームになる期待感が増す
▼盛岡大附の比嘉賢伸主将は「連続出場の強みを生かし、試合にだけ集中できる環境を作って一戦一戦大事に戦いたい」と甲子園への出発を前に決意を語っている。経験の強みは作新学院と五分五分になったが、かえって目の前の試合に集中できる条件が整ったと気持ちを切り替えることができる
▼選抜は大会終了と同時に終わり、夏の甲子園へはどのチームも選抜出場の厚遇はなくゼロからの出発。そこからのスタートで岩手代表の座をつかんだ今のチームを信じて一戦に臨んでほしい。

 2017年  8月  8日  ― 台風襲来に万全な備えを ―
 鉄道線路をむき出しにした秋田の大雨による土砂崩れ。九州各地では豪雨による増水で床上浸水した戸数も多く、避難所生活を強いられる集落が増えている
▼いずれも台風襲来によるものだが、伝えられる今年の台風発生予測数は27個前後で、これは平年並みだという。ところが今年は7月だけでその3分の1近い8個の台風が発生。九州では既に30人を超える死者・行方不明者が出ている
▼今後も油断はできない。発生が予測を超えることもあり得よう。現地被害者からも例年にない厳しさだとの声も出ている。発生数だけでなく被害を大きくする降雨量の激しさも深刻なのだ。現実に九州では道路の冠水が水かさを増し、多くの乗用車やトラックなどが立ち往生している
▼運転手の緊迫する表情をテレビが伝えていた。東北も一撃を受けた秋田を含む日本海側も、太平洋側も怠惰なく万全の体制で備えたい。7月発生で北進を狙う台風もあり、今月2日発生の台風11号も目を光らせている
▼昨年8月末に岩泉町を襲った台風10号の大雨による町内各地の被害も忘れられない。特に小本川が氾濫し岸辺に建つ木造平屋の高齢者施設が、天井まで水が迫り収容者9人が犠牲になった惨事は事後に反省多々だったという
▼日頃の避難訓練、救出隊駆け付けなどの知恵で命を救いたい。

 2017年  8月  7日  ― ルーツを探す安倍親子 ―
 安倍さんが盛岡、岩手にかなり複雑な思いを持っている話は前から耳にしていたが、「宗任の話だろうし、小沢さんがいれば自民党としてはまあ…」と聞き流していた。元閣僚で安倍父子と近しかった玉沢徳一郎さんに昨年、「総理の曾祖父は盛岡」と聞き、調べて連載した。
▼末えい伝説の取材で、ミステリアスな話があった。一度総理をやめた晋三氏がひとり前九年を歩き、先祖のことをたずねていたという。総理経験者にはSPが付くだろうし、たったひとりで?自民党筋に聞いても裏を取れず、残念ながら記事にはできなかった。
▼しかし書店に並ぶ「安倍晋三本」をめくれば、一次政権後の失意の日々、ひとり市井の人々と交わっていたというから、あながち考えられないことではない。
▼父の晋太郎の評伝には、盛岡の血を引くまぶたの母を探して若い頃、東京をさすらった話が出てくる。権力の頂にいながら本当は寂しくて、誰かを探している人たちなのか。
▼盛岡弁で「あべ」と言って、たずね人のところに行ければ良いが、総理は今、国民をどこに連れて行こうとしているのだろう。盛岡弁はちょっとアクセントを変えると、「あべ」の後は「わるい」ときて、意味が変わる。ここのところの支持率には、どうもあんばい悪かろうが、改造で吉凶やいかに。

 2017年  8月  6日  ― 臨時国会で森友加計解明を ―
 安倍内閣の支持率は一時の60%台を経て急落。30%前後にまで低迷する
▼それを見せ付けたのが先月の東京都議選だ。最大勢力を維持してきた自民党が60人を立て、当選は23人と過去最低の惨敗となったのである。1強の慢心と緩みに都民が背を向け、政権党が衰退を露呈したのだ。この敗北が安倍総理に脱皮を迫ったのだろう
▼3日に実施した内閣改造・党役員人事もその布石であろう。過去には若手複数登用などもあったが、今回の改造は実務を重視したようだ。来年秋の党総裁選に安倍氏と対決する形で、出馬を公表していた野田聖子氏を総務大臣に用いるなど懐の深さも見せている
▼麻生財務相など骨格を担う5人が留任。閣僚経験者を8人も登用し初入閣は6人にとどめ、堅実な構えで総理が言う「仕事人内閣」が始動した。直後の世論調査では支持率は微増している。だがこの「改造」を国民への目くらましにしてはいけない
▼人々が内閣に不信を抱いたきっかけは総理が直接・間接に関わったとされる森友・加計問題にある。新内閣が動き出し森友への国有地8億円超値下げ問題も、総理の親友に獣医学部新設大学を任せた加計問題も、うやむやにしてはなるまい
▼疑念解明の場として臨時国会を召集し必要な参考人も呼び、総理も率直に真相を語るべきであろう。
  

 2017年  8月  5日  ― 鈴木俊一氏が五輪相に就任 ―
 本県選出の自民党衆院議員の鈴木俊一さんが安倍改造内閣で五輪相に就任した。8期目の64歳は、政治家として脂が乗った頃合い。2002年の環境相就任は49歳のとき。父の善幸さんと同い年で初入閣し、「親子鷹(だか)」の証しを立てた。福田内閣では善幸さんも65歳で農相に就任しており、親子でまたも入閣の足並みが続く。
▼五輪相は20年の東京オリンピックをつかさどる特命大臣。3年後の大会成功に向け、国を超えて責任は重大だ。前回の1964年東京五輪のとき善幸さんは、池田内閣で官房長官だった。日本の国威を懸けた時代にあって、俊一少年も父の背に重い務めを感じていたことだろう。
▼翻って今度の東京五輪を見るとエンブレムや経費であれやこれや、最初から足がもつれている。政府与党の鬼門はやはり都知事の小池百合子さんで、俊一さんには親譲りの柔軟な調整力が求められたのか。テロで海外がとても物騒だけに、安全対策も急務だ。
▼仏教で五輪と言えば地、水、火、風、空を指す。ときに人知を超えた力に立ち向かうのも政治家の使命。組み替えで、選出の岩手2区は本県の沿岸全域、日本一広い区割り。岩手、東北のためにも復興五輪に全力を。
▼善幸さんの「和の政治」を、「輪の政治」で超えられるか。トーチを受け継ぎ力走を。
  

 2017年  8月  4日  ― 和合氏がフランス文学賞受賞 ―
 福島在住の詩人・和合亮一さんは、大震災や原発事故を素材にした作品でも、郷土愛に満ちた表現が読者の心を捉え、全国的にもファンを広げている
▼3・11発災直後から書き始めた「詩の礫(つぶて)」は、140字以内で投稿できるツイッターを活用。怒りや悲嘆の思いなどを言葉の礫として投げ掛け発信。最初の1カ月分をまとめた「詩集『詩の礫』」も徳間書店から発災年に出版している
▼これも反響が大きく国内だけでなく、海外向け翻訳本も試みられている。昨年刊行されたフランス語訳本も現地で高く評価され、同国で新たに創設された文学賞の第1回受賞作品に選出されている。栄誉に輝いた和合さんは先月20日にパリで開催された表彰式に出席
▼審査員は「清新な詩の弓矢が私たちの心を激しく射抜いた」と選考理由を述べた。賞状を贈られた和合さんは故郷福島を愛し誇る心情を吐露した後、「福島から世界に向けた発信を今後も続けていく」と抱負を語っている。福島県民も勇気づけられたことだろう
▼詩集から礫の言葉を幾つか拾い読みしたい。「行き着くところは涙しかありません」「放射能が降っています。静かな静かな夜です」「これまでと同じように暮らせることだけが、私たちが求める幸福の真理だと思う」
▼平易さに引かれ前後も読んでしまう。

 2017年  8月  3日  ― 安倍内閣1年ぶり改造へ ―
 内閣支持率下落の安倍首相は内閣改造を自民党役員人事とともに3日行うと表明した
▼前回人事から1年というのは長いのか短いのか適期なのか。新内閣はどの程度の新規就任か、どのポストかでも異なるだろうが、要は下落と上昇の要素を入れ替えることで求心力を高められるかどうか。新内閣が目指す方向性の明確さはいうまでもない
▼安倍内閣と自民党は野党との相対的な要因もあろうが、安倍氏が2度目の首相に就いて以来、高い支持率を保ち、安倍一強と呼ばれたように党内勢力を掌握。小泉内閣以来の官邸主導もさらに増し国会与党も政府の影響が一層強くなった
▼支持率低下の要因ともなった大臣は、すでに辞職した稲田氏の他、たいていが交代となるのだろうか。しかし、首相自身に向けられる森友学園や加計学園の問題に対する国民の疑念は晴らされておらず、部分改造でご破算とはなるまい
▼閉会中の審査で安倍首相は謙虚な答弁で以前の強弁のような国会答弁はみられなかった。それには一強という環境に慣れ、おごりがあったと反省もあったとの観測も目にした
▼長期在任は内閣の色づくりに影響しているはず。留任大臣も新入閣と同等の心機一転になってほしいが、中枢としてずっと入閣していた大臣を総入れ替えするなら刷新も分かりやすくなる。

 2017年  8月  2日  ― 日本が核禁止条約採択欠席 ―
 間もなく広島・長崎に原爆が投下された忌まわしい日がやってくる
▼多くの市民の命を業火で奪う悪魔の兵器・原爆。日本は被爆地獄を経験した唯一の国として核兵器廃絶を直視して進む。世界にも国連を中心に核廃絶を目指す確かな流れがある。本来は日本がそれを主導すべきなのだろう。だが現実は一歩引かざるを得なくなっている
▼かつて米国大統領が「ならずもの国家」と呼んだように、核兵器製造に躍起となる北朝鮮の狂乱が止まりそうもないからだ。北の弾道ミサイルなどの発射実験が続き、多くは日本の排他的経済水域に落下している。日本としては日米同盟に基づき米国の核の傘を頼るしかなく自己矛盾路線を手放せない
▼今月7日には国連で法的拘束力のある「核兵器禁止条約」が122カ国の賛同で採択された。米露など核保有国と日本など同盟国は欠席。印象的だったのは日本が座るべき椅子に核廃絶メッセージ入りの折り鶴が置かれていたことだ。日本の無念と「いつかきっと!」との決意が伝わってくる
▼一方、議長を務めたのは中米のコスタリカ代表だ。同国は1949年成立の憲法で常備軍不保持を規定。国家予算の3割を占めていた軍事費を教育費に充当。平和路線に徹する。日本も広島・長崎を忘れず牛歩でも非核平和の道を進んでいきたい。

 2017年  8月  1日  ― さんさ40年を祝って ―
 高名なのに、なぜか敬遠されがちな作音楽家がいる。日本ではサン・サーンス(1835│1921)がそう。クラシックにしてはうるさく、今風の音に聞き流すにはちと古い。耳になじみすぎて逆に作者も曲名もあやふや。そんな巨匠の1人だ。▼盛岡市民にとり、さんさ踊りも昔はそういう感じだったのでは。お盆前なら近郊どこでもやっているが慣れてしまい、いつの間にか素晴らしさを忘れていた。それを東北の代表的な祭に発展したのが、今年で40年を迎える盛岡さんさである。本紙も盛り上げに一役買おうと「さっこらYOU」を連載している。▼日本の郷土芸能で、太鼓を持って踊る姿は珍しいという。県内に鹿踊りもあるが、あとは沖縄のエイサーくらい。だからさんさとは親しい間柄で、石垣島とのかけはし交流や、盛岡市とうるま市との友好都市などのつきあいは、南北はるかな運命の糸があったのか。今年も太陽さんさんの琉球の意気がやってくる。▼フランスのサン・サーンスの方は、代表曲は何と言っても「動物の謝肉祭」。荘厳な曲を好む人には、作曲家として三色旗のごとくシンプルで楽天過ぎに見る向きもあるが、カーニバルの夏ならそれもよし。▼きょうからさんさ40年。盛岡もリオかと思うほど、サンバに負けず始終、盛り上がれば。

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