2018年8月の天窓


 2018年  8月  20日  ― 不明男子救う78歳の心情 ―
 旧盆が明けて間もなく親戚の古老が他界。菩提寺で葬儀があった
▼住職は彼岸などでも世間の話題を引用した法話が好評だが、今回の葬儀でも導師あいさつで行方不明2歳男児救出の話題に触れている。特に他県から来て捜索し救出した高齢男性を称賛。「人のために生きた故人に重なる」と言い添えてくれた
▼既報の通り山口県の周防大島で、母親の実家へ母と3歳の兄と共に帰省していた2歳男児・藤本理稀(よしき)ちゃんが、12日に一人で山に入り行方不明になる。警察は総勢150人態勢で捜索を続けるが、14日になっても見付からない
▼そこへ大分県から捜索ボランティアを名乗る78歳の尾畠春夫さんが、駆け付け捜索を開始する。経過の説明を聞き実家の北東の山中を探す。15日の午前6時半ごろに尾畠さんは、山の沢でしゃがんでいる男児を発見する
▼「よしきちゃん」と話し掛けると「おじちゃん」と答える。あめを渡すとかみ砕いて元気に食べた。服装は不明時と同じだが足ははだし。尾畠さんが男児をタオルに包み抱きかかえて運び機動隊に渡す。78歳のその行動力には頭が下がる
▼尾畠さんは直後に西日本豪雨被災地の広島に向かっている。少年時代に母を亡くし中卒で魚店に勤務。苦労の多い人生で社会の世話になったので「恩返しです」とほほ笑む。

 2018年  8月  19日  ― 三島と太宰の果たし合い ―
 きょうまで県立美術館で開かれている「うるわしき美人画の世界 木原文庫より」に、興味深いものを見た。太宰治と三島由紀夫の色紙。
▼三島は太宰を忌み嫌った。ふたりは一度会っている。太宰を囲む酒席に気鋭の青年作家三島が乗り込み、面と「あなたの文学が嫌いです」。果たし状である。へべれけの太宰は、「こいつぁおれのファンさ」なんていなし、三島がキレちゃった。
▼太宰の色紙は「常人の恋ふといふよりはあまりにて我は死ぬべくなりにたらずや」。愛人の太田静子を思い、万葉集から大伴坂上郎女の歌。余白に結核で喀血(かっけつ)のしみが残る。三島は「敷島の大和心を人問はば朝日に匂ふ山ざくら花」。本居宣長の歌。どちらの筆も文豪の格あり、晩年近い書であろう。太宰の選歌は情死、三島は自決をにおわせる。
▼なぜ三島はそれほど太宰に反発したのか。「仮面の告白」は戦後派による「人間失格」への回答だし、自虐と道化抜きなら太宰の後継にふさわしかったのに。
▼三島は啄木を読んだ風もない。元は大蔵官僚なのでお金にだらしない文士はだめ。ふたりとも自腹を切って返しなさいと、けじめある人だったのか。壮絶な最期を前に、「太宰の気持ちが分かる」とつぶやいていたらしい。処暑に一句、「夏はゆき陽は傾きて夕刻よ」。

 2018年  8月  18日  ― 苦しむ人に寄り添う両陛下 ―
 既に平成天皇という表記を見掛ける。今上天皇のご退位が明春4月と決定しているだけに感慨深いものがある
▼15日の終戦記念日に催された全国戦没者追悼式で、天皇陛下は恒例の「お言葉」を述べている。大戦で命を失った人々とその遺族を思い悲しみを新たにしたと心情を語られ、平和と繁栄の中で苦難に満ちた往時をしのぶ感慨を語っている
▼大戦と一緒にできないことは承知だが、戦死者を悼み遺族に寄り添い悲しみを同じくする姿が、大津波被災地の三陸にまで足を運ばれた両陛下の激励行とだぶってしまう。両陛下が被災者と膝を付き合わせるように寄り添って、面談しながら励ます光景が先の「お言葉」に重なってくるのだ
▼三陸の大津波でも多くの犠牲者が出ている。陛下はその報告を聞いて犠牲者を悼み、その遺族を温かく包むように励ましてくれたのである。一人また一人と悲しみ苦しむ人に寄り添い、肉親のように優しく声を掛け相談にも応じてくれたのだ。その国民個々への両陛下の寄り添いは全国各地で行われている
▼阪神大震災では神戸市でこんな逸話が生まれ、語り継がれている。「皇后さまが手を握ってくださって、あたたかい手やった」と本人が書き残している。「天皇さま皇后さま、ありがとうございます」の声は各被災地で上がっている。
  

 2018年  8月  17日  ― 東京五輪のための夏時間 ―
 きのうでお盆は終わったが、今夏はことのほか暑さが厳しく、行楽や長距離移動で仕事以上に疲労したという方もいらっしゃるのでは
▼東京五輪・パラリンピックに関わるサマータイム(夏時間)導入が検討される見通しとなった。大会組織委の森喜朗会長らが安倍首相に政府検討を求め、安倍首相が自民党に検討を指示した。暑さ対策が理由というが、2年を切った段階から検討を始めて、いつ結論が出るのか。仮に導入が決まったとして、変更に伴う各方面の準備は間に合うのかなどと、疑義が上がっている
▼夏時間は欧州諸国などで行われ、日本でも過去に導入されたり実施に向けた動きもあったが、導入されていないのはデメリットの克服策が見えていないことが一因だろう。大会組織委の提案は、今年の暑さから降って湧いたような話に思える。少なくとも東京開催が決まった直後から検討していれば、今ごろは導入が決まり、各方面で対策に動いていたかもしれない
▼五輪前後に祝日を移動する法案も唐突ぎみで首都圏以外の地域から反発の声が出たことも記憶に新しい。五輪が都市開催とはいえ国家事業になっているのが実態。だが、五輪のために国民の生活や経済に関わる大きな変更は認められるものなのか。五輪に限った効率的な暑さ対策を考えてはいかがか。

 2018年  8月  16日  ― 増える非情な児童虐待 ―
 残忍な児童虐待が増えている。厚労省が統計を始めた1990年度は1101件だったが、2016年度には12万件を超えている
▼今年3月にも東京目黒区で親の虐待で5歳女児が死亡する事件が起きている。女児は今年1月まで住んでいた香川県の家でも、血のつながりのない継父から暴力を受け児童相談所に2度保護されている。目黒区に移転後も継父の殴る蹴るは続く
▼それだけでなく生みの親の母までが加担。父の言うまま食事も与えられなくなる。それでも女児は褒められ許してもらいたくて、懸命に文字を書く練習をしてノートに思いを書いていたのだ。それが公表された当時に小欄でも紹介したが、彼女は上手な平仮名文字で書いている
▼「きょうよりも あしたはもっと できるようにするから おねがいゆるして ゆるしてください」と。だが非情な父母からはそれも無視され、食も断たれて女児は衰弱死する。両親は逮捕される
▼日本政府は「なぜ政治力で救えなかったのか」と悔やんだのだろう。先ごろ《児童虐待防止の緊急対策》を発表した。ただ内容の大半は既存の体制と手法を徹底することにあり新鮮味は薄い。だが意気込みはいい
▼例えばそのやる気で香川と目黒の児童相談所が連携し知恵を絞れば、最低でも女児保護はできたはず。そこが悔しい。
  

 2018年  8月  15日  ― 終戦から73年目の日 ―
 今年2月に98歳で亡くなった俳人の金子兜太さん。「敗戦日非業の死者と風の島に」の島は南洋のトラック島(チョーク諸島)。海軍だった金子さんが戦後、戦争を詠んだ句の一つだ
▼8月15日は終戦の日。1945年、玉音放送で敗戦を聞き打ちひしがれる市民を映すフィルムを見たことのある人は多いだろう。だが、本土ではなく海の向こうで敗戦を知った兵士や国民も多かった。挙げ句、敗戦を知らず戦闘態勢にあった兵士もいた
▼終戦後に日本人が受けた悲劇ではシベリア抑留、旧満州での残留日本人が多く語られているが、南洋に派兵された兵士の終戦後にもたくさんの悲劇が各地であった。トラック島も生還者をはるかに上回る戦死者が出たという。トラック島は国の捨て石にされたという金子さんの思いが最初の句に込められている
▼「海に青雲生き死に言わず生きんとのみ」。敗戦の報に金子さんは、持たされていた死ぬ覚悟から生き抜くことを考えられる大転換を感じたのだろう。戦いは終わったが、金子さんたちには捕虜生活という戦時が続き、1年3カ月後に日本への引き揚げがかなう。生還した金子さんは戦争で命を失うむなしさと憤りを作句から伝えてきた。金子さんのような戦争体験者はいずれ皆無となる。伝えることがさらに難しくなっていく。
  

 2018年  8月  14日  ― 自民総裁選と信頼回復 ―
 政権を担う自民党は9月の総裁選に向け、火ぶたを切った
▼当選者は自民党の次期総裁になるだけでなく、基本的には同時に総理大臣に就く。それだけに総裁選の投票権がない一般国民も熱い視線を向けることだろう。意志を固めていた同党元幹事長の石破茂氏が10日に出馬を表明した
▼安倍総理が兼務している党総裁の任期は来月30日に満了となる。したがって総理も新たに9月の総裁選に出馬することになる。会見などでの出馬表明はまだ聞かないが、既に早い段階から折々に周辺には意志を伝えている。今のところほかに動きはなく石破氏が、安倍氏に挑む一騎打ちになる公算が高い
▼もし今は劣勢の石破氏が勝てば党内の政権移譲となるがさて、どんな展開になるか。どうやら政治姿勢を争うことになりそうだ。安倍総理が理事長と親しい加計学園に国が、獣医大建設・経営という国家事業を発注した疑惑もある。総理夫人が名誉校長に就いた森友学園に、時価9億円超の国有地を8億2千万円も値下げし売却した不可解事案もある
▼官僚の独自手配説もあるが不信を深めたまま、総理が約束した「丁寧な説明」がない。国民に漂う不信打開のため石破氏は「正直・公正」を掲げ総理の手法を批判。「政治への信頼を取り戻す」と訴える。脱皮が進むかどうか注目したい。

 2018年  8月  12日  ― チャーチルと岩手の小野寺信 ―
 先日の産経新聞の岡部伸氏記事によると、米国の原爆投下に英チャーチル首相が賛成し、日本人には「警告なしで」と、トルーマン大統領をけしかけていたという。日本に傷つけられた帝国の威信を取り戻そうと。それを核でしようとは何と愚かしい。
▼事実なら許しがたいが、チャーチルの屈辱は理解できなくもない。緒戦の日英の攻防をみると、戦争は人類の罪と分かっているし、日本人だからわが国の悲惨少なかれと思うにせよ、「イギリス軍もう少し何とかならんか」と気の毒なほど、陸海空での惨敗ぶり。英国にすればドイツに苦戦は百歩譲っても、日本に負けっぱなしは千歩譲ろうが認めたくなかったろう。
▼ところがドイツときたら、日本の破竹の進撃にヒトラーと将軍らは浮かぬ顔で、「実は日本嫌い。英軍に助太刀したい」とぼやいていたらしい。連合国、枢軸国も信義正義もなく、日本の指導者を含め世界を破滅に導く憎悪ばかりだった。
▼岡部伸著「諜報の神様と呼ばれた男」(PHP)に、奥州市出身の情報士官、小野寺信が大戦末の欧州で和平に捨て身の姿を知る。敵味方超え中立国の要人とも信を築いてのこと。岩手らしい人だった。
▼勝敗にかかわらず、権謀だけで大英帝国の復活を狙った宰相のちゃちな夢は、散るよりなかったが。平和思う8月に。

 2018年  8月  11日  ― 核禁止に逆行の日本 ―
 「核兵器禁止条約」は22年前のモデル文案起草から始まり、以後に検討改定を重ね昨年7月の国連総会で、122カ国・地域の賛成多数により採択された
▼人類史初の原爆投下で広島・長崎に現出した地獄絵図が、世界の目を覚まさせ核兵器廃絶運動のうねりを起こす。その過程で成立したこの条約の採択は国連の了承を意味し、以後は各国で意思の確認をする「批准」を行い、各国代表が署名押印をして「調印」となる
▼現在は核兵器禁止条約が国連で採択されたのを受け、各国に開放されている段階で国ごとに批准の是非を検討している。今月3日にはコロンビアが調印をして批准国は60カ国になった。だが残念なことにその中に日本の名はない
▼この条約は被爆国日本の悲願の象徴と言ってもいい。それなのに安倍政権はこの条約の賛否を問う国連総会に不参加。反対の意志を表示した。1年前のことだがテレビでそれを知り、あ然としたことを覚えている
▼核保有国の大半は反対票で安倍総理は、被爆国の使命より核兵器大国アメリカとの付き合いを優先しているのだ。国の最高責任者として核兵器禁止という重要課題を無視して、米国という核の傘を大事にすることに迷いはないのだろうか
▼過日の広島と長崎の記念式典でも核兵器禁止に賛成だと語る総理を夢想した。
  

 2018年  8月  10日  ― 中国に20世紀の教訓 ―
 中国が米国に対抗し、国産空母の大艦隊創設に乗り出している。「盛岡あたりで超大国うんぬんしても、わがねんだ」とたしなめられるが、あえて申せば、「大陸軍国と大海軍国を兼ねようとした国は滅ぶ」という20世紀のジンクスを中国人はご存じか。実例が三つある。
▼第1次大戦までドイツは欧州最強の陸軍国だった。皇帝ウィルヘルム2世は飽き足らず大艦巨砲主義に走り、七つの海に覇権の英国艦隊とも張り合った。大戦末に水兵の中から革命が起き帝国は崩壊、連合国に降る。
▼次に第2次大戦の日本。米英に並ぶ世界3大海軍国が、陸軍も列強を蹴散らすまで大陸に膨張した。板垣征四郎の満州事変、東条内閣で真珠湾。陸海いがみ合い暴走し、運命の8月15日。
▼そして冷戦時代のソ連。世界一の戦車軍団もキューバ危機には役立たず、大海軍建設によるリベンジの野望の果て、国が破綻した。現代の米国は海空が無敵でも、陸軍は中規模にとどまる。それでもやはり横暴だが、陸海の大国まで兼ねようとしない。学んでいるのだ。
▼今の中国は世界最大の陸軍国なのに、米国をしのぐ海軍力まで欲張ればどうなる。歴史をかがみにとそんなに言うなら、先の3国の教訓もくみ取っては。大丈夫、金にまかせてどっちも兼ねられる。なんてことではわがねんだ。

 2018年  8月  9日  ― 昭和の「君の名は」を再読 ―
 先の日曜には親友と涼しい店で、会食懇談をした
▼食事が済むと本好きの彼が言う。「菊田一夫の映画化もされた『君の名は』を読み返したよ」と。確かにヒットした平成のアニメ映画『君の名は。』(新海誠原作)に刺激されて、菊田氏が描いた氏家真知子と後宮春樹を主役とした昭和の恋物語が再浮上。特に中高年世代から再読談をよく聞く
▼物語は大戦末期の東京大空襲の夜から始まる。真知子と春樹は偶然に助け合い戦火の中を逃げ惑い、銀座の数寄屋橋にたどり着く。夜が明け互いの無事を確認。「もし互いに生きていたら、半年後の11月24日にこの橋で会おう」と約束
▼「その日が駄目なら次の半年にしよう」と念も押す。そこで「君の名は?」と春樹が問い真知子が答えようとした瞬間に、再び空襲警報が鳴り2人は名を言えないまま別れてしまう。その後も混乱に巻き込まれ半年後にも1年後にも会えず、2人が約束の数寄屋橋で再会できたのは、3度目の半年の日だった
▼だが真知子は既に婚約していた。春樹は「幸せになってね」と声を掛けた。だが彼は真知子が挙式をした後も心は彼女への恋慕に燃え狂う。彼女もまた彼の元へ走ろうとするが離婚が難航。自殺未遂をする
▼恋の盲目という人間の業を描写した話題作だが、なぜか読むたびにむなしさが残る。

 2018年  8月  8日  ― 奈良判定≠ノ大岡裁き ―
 6月に死去した俳優加藤剛さんと言えば民放で長期シリーズとなった「大岡越前」。同じ番組枠の時代劇「水戸黄門」では黄門さまが代替わりしたが、南町奉行の大岡忠相役は足かけ30年、加藤さんが務めた
▼加藤さんの映画「砂の器」での陰を帯びた演技は名作の要因となったが、大岡越前守の勧善懲悪の痛快さにとどまらず、大岡裁きと言われる名裁きにふさわしい役柄を作り上げた
▼日本ボクシング連盟の助成金流用告発問題では、現会長の出身である奈良の選手を有利にする奈良判定≠ニ呼ばれる審判の不正疑惑への批判が大きくなっている。奈良出身で五輪金メダリストの現世界王者、村田諒太さんはプロのため連盟を離れているが、告発された現体制の連盟への批判を隠さず、刷新と改革を願っているようだ
▼村田さんは17年5月に初のWBA世界タイトル挑戦の試合、疑惑の判定で王座獲得を逃した。勝者コール直後の村田さん、会場の驚きの通り、WBA会長が結果に「ひどい判定」と指弾。相手選手のポイントを上に判定した審判2人を6カ月の資格停止処分とし、5カ月後に両者を再戦させ、村田さんが勝利し王者に就いた
▼スポーツはルールと中立公正な審判の下で成り立つ。加藤さん並みの大岡裁きで早期収拾を図り、選手本位の環境へと導いてほしい。

 2018年  8月  7日  ― 有料で宿題代行の波紋 ―
 東北など寒冷地とされる地域では、学校の夏休み期間が短い。本県もそうだから小中高生がいる家庭では、そろそろ宿題仕上げが慌ただしくなるだろう
▼お子さんたちも焦り親御さんに助けを求めるかもしれない。ネット操作に手慣れた近所のパパさんは先手を打ち、例えば「夏休みの工作」とか「読書感想文」など宿題のテーマを検索欄に打ち込みクリックすると、参考になる解説が表示されるよと中3の長男に教えたという
▼ところがネット業界の商魂はそんなパパの思考の上をいっている。長男が父が言うように夏休みの宿題らしい文言を入力しクリックすると「お任せください」「宿題代行・サポートします」という応答が表記されたという。それは有料で宿題を代行するサービス会社が発信していた
▼パパが言う参考になる解説どころか、「宿題」そのものを引き受け作成するというのだから驚く。パパも息子から聞き仰天。「問題はこの手法を用いるかどうかだ」とつぶやく。両手のけがなどで自力ではできない人などにはうれしい手法だから、事業としては価値があろう
▼だが元気な小中高生は自力での挑戦に徹してほしい。それを先の中3君に言うと社会勉強で今回だけ代行をと粘る。父上に任せたら許可したという。まあ、自作か代作かは教師が見破るだろう。

 2018年  8月  6日  ― 高校野球第100回大会が開幕 ―
 きのう全国高校野球選手権大会が開幕した。今年は創始の中学時代から数えて100回。記念大会ということで史上最多の56校が出場した。埼玉、千葉、神奈川、愛知、大阪、兵庫、福岡の7府県で代表が2校となったためだ
▼今大会出場校では最多34回の龍谷大平安(京都)のほか慶応(北神奈川)や広陵(広島)も戦前大会に出場している。対して初出場は福岡県勢2校を含む6校となった。岩手代表の花巻東は春夏連続で夏は9回目。9日、山口代表下関国際との対戦が組まれている。近年に県勢が残している戦績から、今年も記念大会の記憶に刻まれる戦いをと期待する
▼大会の第1回は1915年。100年を超える歳月と合わないのは42〜45年に戦局により中断したため。41年と米騒動の18年は途中で中止になったが回数に入っている。終戦の翌年、大会は再開される。甲子園球場が進駐軍に接収されていたため今はなき西宮球場が会場。終戦から丸1年たった8月15日が開幕だった
▼北海道の源鬼彦さんの句「黙祷のうなじが並ぶ極暑かな」は終戦の季節に戦没者、犠牲者を悼むさまを詠んだのだろうが、大会期間中の8月15日にサイレンが鳴り響き、球場全体で黙とうする毎年の光景を思い描く
▼多くの球児やプロ選手が戦火に散った。大会は平和を思う機会である。

 2018年  8月  5日  ― 女子得点一律減点の暴挙 ―
 日本国憲法には「個人の尊厳と両性の本質的平等」をうたう第24条など、人権に関する条項がある
▼男性と女性は本質的に平等であり日常のさまざまな場面での待遇の仕方にも、差別などあってはならない。こんなことを改めて確認しなければならないような男女の差別が、本来はそれを厳しく戒めるべき大学で息を吹き返している事例がある
▼大学名が「東京医科大学」なのだから、首をかしげてしまう。当地でもあちこちから「え、またか」という声を聞く。当欄も同大学が文科省幹部に国の大学支援金獲得を託しそれが実現。幹部の子息が同大に裏口入学という贈収賄事件を取り上げたばかりだ
▼同大でも裏口問題の揺れが続いているかもしれない。その渦中で浮上したのが今春の同大入試で、女子受験者の得点が一律に減点されたという問題だ。例えば医学科の入試は男子1596人、女子1018人が受験。一次試験の合格者が決まった段階で、女子の得点が一律減点されたという
▼そのため二次試験に進んだ男子は303人で、女子は148人。最終合格者は男子が141人で女子はわずか30人だ。これではさながら女子をたたき落とす手法だ。まさか同大が男尊女卑を再現しているとは思えない。同大首脳には是非とも憲法第24条の理念を学生と共に学んでほしい。

 2018年  8月  4日  ― 番記者の悲喜劇 ―
 先日「脱原発」の小沢・小泉タッグを書いたら、ある人に「小泉総理番もやってたんだ。東京支局あるの」と。書き方が悪くてごめんなさい。小沢さんの地元番記者はやりましたが、小泉さんのはやってません。ただ小泉さん総理以前から盛岡よく来てて、「なんか変なこと言ってたやついた」ぐらい、記憶のほんの隅にでも残っていない、よね。
▼7月末、盛岡劇場で二兎社の舞台「ザ・空気 誰も書いてはならぬ」を見た。助演の松尾貴史さんの安倍総理のまねに爆笑。内閣記者会と総理番の悲喜劇。政治部と首脳の癒着を風刺するテーマは実に面白かったが、ちと違うかなとも。
▼政治報道が政権に迎合するなら、官邸の威を借り記者の出世がためとの見立ては分かる。しかし政治部記者には違う動機もあるだろう。自分のペンで政局のシナリオを運びたい誘惑に、あらがえなくなったら。
▼権力の魔性というやつだ。脚本家になるほど名物記者でなければ、装置や音響や照明を担当してみたり。別に頼まれもせぬのに、「永田町一座」になりきるタイプがいる。
▼「ザ・空気」は主宰の永井愛さんの3部作。新聞の名が「タイムズ」とは参った。トークでは総裁選をほのめかしてたから、次作が楽しみ。いずれ番記者は権力の番兵ではならず。万機公論に決す記者であるべし。
  

 2018年  8月  3日  ― 愚弟の糖尿注射治療 ―
 高温炎暑が続くので涼風を求め、週末には高山の湯の宿にとほぼ決めていた
▼ところがそこへ埼玉在住の実弟から電話。それも糖尿病悪化で入院したという。70歳になった彼も退職後10年になり、酒量も抑え細身になったかなと期待していたが、問うてみると肥満のままだよと笑う。それも糖悪化の要因だという
▼高山避暑は後日の楽しみにし、埼玉には家族以外には身寄りのいない弟の事情も考慮。電話を受けたその日に病院に駆けつけ見舞う。症状などを主治医からも聞く。血糖は基準数値の3倍を超えていたのだが、彼が糖尿患者として正規の治療を受けるのは今回が初めてなのだ
▼まずは数値の正常化に向けた初歩的手法として、インスリン注射を続けている。今はインスリン300単位を納めた注射器もあり、医師が患者それぞれの症状に合わせ指示した単位のインスリンを、患者はその注射器で体内に注入することができる
▼ずぶの素人の弟も今や注射器の操作にも慣れ、上手におなかに針を刺してインスリンを注入している。当初2〜3日は看護師が説明しつつ操作を手伝ってくれたが、その後は退院後も注射を続ける彼に配慮。無言で見守っている
▼毎日朝昼晩の食事前に自ら行う血糖測定も「とても上手」と褒められている。愚弟も病院を見直したようである。

 2018年  8月  2日  ― キューバと南部は牛馬の国 ―
 岩手とキューバの関わりと言えば、遠野市の大峰鉱山がキューバ鉱の一大産地だったことくらい。それは国や人のつきあいでなし、南部牛追いに歌う「西も東も金の山」は昔。松尾鉱山と同じ頃1971年閉山して県民の記憶に遠い。
▼しかし本紙連載「蒼き潮風」を読むとキューバをとても身近に感じる。盛岡市の松島嘉子さんの紀行で、首都ハバナから地方にかけての風物をすてきな写真で見せる。
▼近年、指導者の交代期にあるキューバは故・フィデル・カストロの人徳あってか、カリブのイメージか、どこかの人民共和国のような暗さ怖さはない。59年の革命でソ連に寄り米国と対立、孤立して1960年代からあまり変わらぬところが多いという。思想的にむごい弾圧は少なかったが、東西冷戦後の改革開放は乗り遅れた感があり、クラシックカーやレトロな電車を何十年も繕っている。
▼古い鉄道や車ばかりでなく、まだ生活に馬を使っているところもあるという。特にベゴは大事にされているようで、まさにわが南部と同じ牛馬の国。物持ち良くのんびりなあたり、岩手県民と気が合うかも。
▼勝新太郎が国民的英雄で、輸入した邦画「座頭市」の機微に泣き、サトウキビを名産に、ラテン音楽熱い。あちらサルサのリズムなら、こちらはさんさのおはやしだ。

 2018年  8月  1日  ― 自転車店に寄せる波 ―
 地元町内には1軒だけ自転車販売店がある。店主のご主人は面倒見がよく、子どもたちにも人気がある
▼不定期だが希望者がそろうと店舗前の広場などで「自転車乗り方教室」を無料で開く。今春4〜5月の日曜と祝日には、小学生の女児2人を含む児童8人に教えた。腰を乗せるサドルの位置を体形に合うよう調整するなど、こまやかな配慮もする。「一生涯絶対に無事故で乗るんだよ」が口癖だという
▼スマホを使いながらの自転車操作の怖さも実演させたり、大事故の写真を見せるなどして厳禁を徹底している。一方、今春の8人の児童をはじめこの教室で学んだ子らが、しばしば失敗談を含めそれぞれの体験を報告に来ているという
▼店主の元にはこの8月にも教室開催の要望があって、お盆行事や天候をにらみつつ前向きに検討をしているようだ。この自転車店にはそんな若やいだ波が寄せているが、最近はもう一つ高齢化進行の波も寄せている。認知力低下により運転免許証を返納する高齢者が増え、買い物などのため自転車利用に復帰する流れが起きているのだ
▼実際に75歳になる後期高齢者仲間3人が来店。「自転車事故を起こさないよう再訓練を」と頭を下げたという。自動車運転歴45年超を過去形にした先輩の嘆願に、店主も熱いものを感じたことであろう。

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