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特別訓練 勇ましげな歌の記憶
■六原道場で歌った歌
わたしたちが盛中3年だった昭和18年6月、六原道場での特別訓練(国家神道の精神を注入された)の中で、勇ましげな歌を歌わされたものだと申し出てきたのが川守田進氏だった(前に紹介済み)。
その後、もう1曲あったと電話で歌ってくれたのが村田榮男氏。しかしいずれも歌詞に自信がないとのことだった。
そこへたまたま在京組が集まりを持つという情報を得たので、それではと歌に精通する鳥生敬郎氏を通じて話題に取り上げてもらったところ、東京組の世話役をしている萬藤五郎氏が、郷里の山田町在住の姉上である菊地とき様(実はあのころ、六原の訓練所で青年学校教諭になるための訓練中だったとか)に問い合わせたところ、2曲ともバッチリ本物の歌詞をお持ちで、しかも、うち1曲はその姉上が曲を採譜して送ってくださったとのこと。
姉上のご主人菊地輝雄様の名前で鳥生氏に直接送られ、鳥生氏記憶のメロディーと付け合わせて若干修正の上、楽譜付きで送られてきた。
実にこれまさに天佑神助とも申すべき、ほとんど奇跡に近い出来事であり、ご協力いただいた菊地ご夫妻および萬氏には同期一同に代わって最大級に感謝申し上げたい。
歌詞は、昔の印刷で完全なもの。曲の方は各自の記憶を寄せ集めたもので、多少のエラーはあるにせよ、みんなの友情と力を集めた貴重なもの。
わたしら以外にも、多くの戦時下岩手県下中等学校出身の方々には懐かしい歌であるはずだから、思い出して口ずさんでいただければ幸いである。
それにしても、今この歌詞を読んでみて、あのころの日本、もっぱら天皇を前面に押し立て、東亜共栄圏がどうとか、やれ八紘一宇とかのスローガンの下に、植民や領土拡張に若者たちが狩り出され、一方で戦争の「大義」を「東洋平和」に求め、「聖戦」の名をかぶせ、常時歯を食いしばり、拳を上げて叫んでいたことを思い出し、一種の寒気を覚えるのはわたしだけだろうか。
それはともかくとして、問題の2曲紹介。
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植民の歌
一、万世一系比(たぐ)ひなき/すめらみことを仰ぎつつ/天涯万里野に山に/荒地開きて敷島の/大和魂(やまとごころ)を植(うう)るこそ/日本男児(やまとおのこ)の誉(ほまれ)なれ
二、北海の果て樺太に/斧鉞(ふえつ)入らざる森深く/北斗輝く蝦夷の地に/金波なびかぬ野は広し/金剛聳(そび)ゆる鶏林に/未墾の沃野(よくや)吾を持つ
三、峻嶺雲衝く新高の/芭蕉の葉影草茂る/広漠千里満洲の/地平の果てに夕陽は赤く/興安嶺の森暗し/いざ立て健児いざ行かん
四、高鳴る胸の血潮もて/紅(くれな)ひそめし日章旗/高き理想と信仰の/御旗かざして吾行かむ/東亜の天地黎明(れいめい)の/晨(あした)を告ぐる鐘ぞ鳴る
建国の歌
一、澎湃(ほうはい)みなぎる青海原に/我等御祖(みおや)の言の葉凝りて/御生(みあ)れましたる豊秋津洲(とよあきつしま)/朝日夕日の直(ただ)照るところ/光明の国我等が日本
二、照る日の下(もと)に鋭鎌(とがま)を握り/岩根木根立ち踏みさくみけむ/我等祖先(みおや)の直進(ひたすす)みてし/建国の御業(みわざ)仰ぐ尊し/宏遠の国我等が日本
三、懐古の念凝り建国の魂(たま)/吹気(いぶき)に集ふ健児我等/岩手の霊峰何をか教へ/北上の清流(ながれ)何をか語る/秀麗の国我等が日本
四、まがつひの雲湧き立ち昇り/世は常闇(とこやみ)となり果てぬとも/見よわがしるべ明るき浄き/直き誠の力こもれり/信念の国我等が日本
五、天つ日かげを真面(まとも)にかざし/世界の表に先立ち行かん/これぞ我等が尊き使命/行くては希望の光に満てり/正大の国我等が日本
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