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創作「めぐりあい」(上) 浅沼俊典
わたしは、1944年10月から学徒動員で、神奈川県平塚の軍需工場で陸軍の戦闘機「疾風」のプロペラを作っていた。その工場にはわたしたちのほかに、同じ東北からと、地元の女学校の生徒たちも動員されていた。
騒音と、立ち上がるほこりや金属の焼けるにおいの充満した工場の中で、わたしたちは戦争の必勝を確信して、若い肉体を酷使するように、がむしゃらに働いた。そんな息の詰まるような雰囲気の中で、女学生たちが休憩時間に時々歌う歌が、わたしたちの心を和ませ、時には激しい郷愁をかきたてた。
その女学生の中に、北川澪子がいた。彼女も、わたしと同じに作業班の班長をしており、週1回行われる班長会議で顔を合わせたり、たまに伍長の伝令役などで、事務的な会話を2、3交わしたに過ぎなかったし、はじめは特別の関心もなかった。
工場の休日に、友達と連れだって海岸へ散歩に出掛け、近くの河口でボートを漕いだことがあった。
そのとき、2人の女学生の乗ったボートがわたしたちに近づいてきた。そのうちの1人が手を振った。澪子だった。わたしは口の中が渇いてきて、思うように話もできなかった。
澪子は、抜けるように青い空を仰ぎ、わざと大きい深呼吸をした。そして、こうしていると戦争なんかないみたいね、とポツリとつぶやき、さよなら、と言ってわたしたちから離れて行った。
すべてが戦争一色に塗りつぶされた時代に、戦争なんかないみたいという、怖いように斬新な言葉の響きと、わたしたちに手を振った大胆な行為が、わたしの心を乱した。
次の班長会議のときから、澪子はいたずらっぽく、時々目であいさつするようになった。そんなとき、わたしは、自分の顔がほてるのを感じ、慌てて視線をそらした。
公休の前の日、澪子が、伍長の使いで作業日報の用紙を渡しながら目で合図をして帰って行った。わたしは思い当たることがあったので、用紙をパラパラめくってみた。中に(明日、4時ごろ、あの場所で。澪子)と書かれた手紙が入っていた。その日、わたしたちは、砂浜に腰を下ろし、それまでそうしてきたかのように話し合った。澪子は、東北の冬の話を聞きたい、と言い、わたしも憑(つ)かれたようにしゃべりまくった。
目を丸くして聞いていた澪子は、そのとき、いっぺんでよいから大きな雪だるまを作ってみたい、と言った。わたしは、戦争が終わったら遊びにおいでよ、一緒にでっかいやつを作ろうと答えたが、澪子のはしゃいだ声の調子とは別の、理由の分からないやりきれなさを感じていた。
日が傾いて、そろそろ帰らなくちゃ、と立ち上がった澪子は、それじゃ、と言って右手を差し出した。わたしはためらうことなくその手を握った。手のひらから澪子の血が流れてきたように、体中が熱くなり、興奮で目まいを感じた。さよならっ、と握り合っていた手を振り切るようにして、澪子は薄暮の中へ駆けて行った。
次の日から、会うたびに澪子は、あたりの人に気付かれないように、軽く笑顔を見せるようになった。わたしは周囲を気にして当惑しながらも、自分の中に芽生えていく、澪子に対する慕情を抑えることができなかった。
それから間もなく、家へ帰る日が決まった。友人たちは、飛び上がって喜んだ。しかし、わたしは、澪子との別離を思い、悲しかった。
戦争が終わったら遊びにおいで、と言ったものの、そんな日が果たして来るのか、仮に来たところで、澪子と再会できるのだろうか−。ぼんやりとそんなことを考えながら、工具の点検をしていたわたしの前に、突然のように澪子の姿があった。驚く間もなく、伍長からこの書類を急いで渡すように頼まれました、と怒ったような大きい声で言って、手にしていた書類をわたしに押しつけるように渡して、さっさと帰って行った。
わたしはすぐに書類を見た。二つ折りにしたわら半紙の内側に、鉛筆の走り書きで(あさってお帰りになるそうですね、明日の公休が、お会いできる最後の機会です。10時ごろ、あの場所でお待ちします。澪子)と書かれていた。
しかし、翌日は午前中を宿舎の大掃除にあてられ、終わったのが正午近くだった。わたしは、すぐに飛び出して走った。警戒警報を告げるサイレンが鳴った。泣きたい思いで、かまわずに走り続けた。汗が目に入った。それでも休まずに走った。しかし、その場所に澪子の姿はなかった。
茫然(ぼうぜん)としてしゃがみ込んだわたしは、そこに小さい砂山が作られ、その上に松の小枝が立てられているのに気が付いた。砂を掘り崩した。中から、手帳の切れ端に書かれた手紙が出てきた。(必ずいらっしゃると思って、空と海を眺めながらじっとお待ちしていました。本当に静かで、まるで戦争なんかないみたいです。もっと、東北の冬のお話を聞きたかったのです。それよりも、それよりも、あなたとお話がしたかったのです。でも、まだ明日という日があります。昼から汽車で出掛けなければなりませんので、残念ですが今日は帰ります。澪子)
サイレンが断続した。黒い敵機が数機、どこからともなく姿を見せた。と、駅をめがけて機銃掃射を浴びせ始めた。激しく繰り返される襲撃に、汽車の警笛は狂ったように鳴り続けた。わたしの心は凍った。
昼から汽車で、という澪子の文字がひらめいた。わたしは、舌なめずりしながら餌食(えじき)に飛びかかるような黒い飛行機をにらみ付け、こぶしで砂をたたきながら、やめろ、やめろ、と絶叫した。
次の日、最後の出勤をしたとき、女学生の中に澪子は見えなかった。彼女たちは、みな目を赤くしていた。わたしはすべてが分かったような気がした。そして、その不吉な予感を確かめるように女学生の方へ歩いて行った。
北川さんに、何かあったんですか、と言うわたしの声に振り返った、澪子と仲の良かった副班長が、泣きじゃくりながら、昨日の機銃掃射で、駅で‥‥だけしか言えず、顔を両手で覆って、声を上げて泣き出した。
午後から行われた解散式の形式的なあいさつなど、わたしには、無声映画でも見ているように、口の動きだけしか分からなかった。
花も蕾の若桜
五尺の生命ひっさげて
国の大事に殉ずるは
我等学徒の面目ぞ
無声映画が、急にトーキーに変わった。
学徒動員の歌が響いてきた。
ああ紅の血は燃ゆる‥
‥‥‥わたしは初めて涙がこぼれた。
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