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あのなっす あのなはん!
きょうのお話ッコは、宮澤賢治先生の「雨ニモマケズ」でがんす。賢治先生の作品は盛岡弁と花巻弁、仏教語から派生した盛岡弁も巧みに使い分げでいるがら、賢治作品の心を解読するには、盛岡弁と花巻弁の微妙な違いを理解していないと不可能でがんす。
県外の賢治研究者は、方言を蔑視(べっし)軽べつして深く追究しないで共通語的に解釈するから、ときには方向違いの解釈を犯してやんす。
オラが自営前の前勤務先は、賢治と弟清六さんが同部屋、従兄弟二人が隣部屋で学生時代に下宿した玉井家の跡地にあったS電機。25年間も長い勤務期間中には、賢治の学生時代を知る周辺の古老がら本にも書がれでいないエピソードなども豊富に聞いていやんすた。
S電機の隣が「やまや食堂」の赤沢さん。賢治の父・政次郎氏の家系縁せきがこの赤沢家。(注・賢治が盛岡中学校に合格し、保証人の赤澤亦吉氏とは別)。
花巻の宮澤家で盛岡の縁せきと言えば、ただ一軒の「やまや食堂」の赤沢家だから、弟の清六さんが盛岡に所用で来ると、必ず「やまや食堂」に立ち寄るのも日課のようでがんした。
「やまや食堂」に立ち寄るときは、賢治晩年の親友というより身内にも等しい、森佐一さんが必ず同伴で来ており「やまや食堂」の手打ちソバを食べるのを楽しみにしていやんした。
オラは昼飯晩飯は、やまや食堂で食っていやんしたがら清六さんと森佐一さんとは、自然の成り行きで知遇を得たのす。談笑ずきの賢治の知られざる機密など教えられていやんした。
賢治が生前に作品の狙いや解説を清六さん、森佐一さんに断片的に話していたことを両氏からオラに伝授されていやんした。
清六さん、森佐一さんとのエピソードの一つ。オラの誕生日を聞かれ、11月3日と話したら両氏は驚いたようでがんした。賢治の生きざまが凝縮された最高作品は手帳に記された「雨ニモマケズ」。11月3日の日付であり、君とは奇縁因縁があるとなった。
手帳原文に「ヒドリノトキハ ナミダヲナガシ」という一文がある。清六さんは兄の几帳面な性格から字句を間違って書くはずがないが…。
賢治研究者は「ヒデリ(日照り)」と解釈し、賢治の誤記でミスだと断言している。教科書にも「雨ニモマケズ」は「ヒデリ(日照り)」と校正追加文で書かれている。
清六さんも森佐一さんも「ヒドリ」の意味が不明で、長年疑問視していた。盛岡弁の「鉄ッつァん」はどう見ていると謎をかけられました。
オラは方言「ヒドリ」は、カワセミ科の鳥「赤ショウビン」のことも言うが、盛岡から南方面、矢巾、日詰、石鳥谷、大迫、花巻の似内(にたない)で昔使われた方言で、カンカン照りの猛暑が10日も続き空気が極端に乾燥状態になり、戸板などが反り返ったり、日中数時間も戸外におれば、汗が目に入って目がすごく痛くなり、目が真っ赤に充血する一種の日射病に近い目の炎症になり、涙がボロボロと流れて苦しくなると話し、このような炎症になることを別に「ヒドリマゲ」とも言い、今でも「カンカン虫(電気溶接者)」は、電気溶接のとき保護メガネ無しで強烈なスパークを裸眼で何度も見れば5〜10時間後に目が真っ赤に充血して痛くなり涙がボロボロと出る炎症になるから、今も使うよと話した。
そうかこれで疑問が一気に氷解したと両氏は喜び、清六さんは「ヒドリ」という方言で、兄は「法を先とし、父母を次とし、近縁を三とし、社会農村を最后の目標として只猛進せよ」と自分に課して農民を心配する気遣い、自分の姿と精神を立派に表している。
次に続く「サムサノナツハオロオロアルキ」で冷害を心配して、農家を訪問指導する兄の本当の気持ちが出ている。「ヒドリ」は重要なポイントになっていたのかと驚いていやしたよ。
清六さんは兄が書いた手帳の中の71ページ、72ページ「木偶坊」(でくのぼう)には、劇の構想として第5景「ヒデリ」があり、第6景「ワラシャドハラヘタガー」があって「ヒドリ」と「ヒデリ」をキチンと使い分けていると、具体的に個所を示して言っていやんした。
清六さんは兄と盛岡に下宿したとき「ワラシャド」は盛岡では日常語のように良く使っていたが、花巻にも「ワラシャド」の方言はあるが余り使わない。
兄は盛岡弁も花巻弁も方言の良い面を選択してピチッと使い分けており、すごいなとつぶやいていやんした。
方言の解釈は、その土地の風習風土から生まれた言葉(方言)や、通称の土地名など熟知しないと正しい意味がくみ取れないもの。他県の賢治研究者は方言の発音語呂を共通語に結び付けて意味を重ね合わせて、自己流に解釈された見本だと、両氏がはっきりと言っていやんした。
賢治研究者が「ヒドリ」を「ヒデリ(日照り)」と解釈し、賢治の誤記でミスだと断言して追加訂正までしている。教科書にも「雨ニモマケズ」は「ヒデリ(日照り)」と書かれているが、原書原文のまま「ヒドリ」に復権させて、正しい語句と意味の賢治作品を受け継がせたいと提唱しやんす。(滝沢村、自営業)
雨ニモ負ケズ
雨ニモマケズ
風ニモマケズ
雪ニモ夏ノ暑サニ
モ マケヌ
丈夫ナカラダヲ
モチ
慾ハナク
決シテ瞋(いか)ラズ
イツモシヅカニワラッテ
ヰル
一日ニ玄米四合ト
味噌ト少シノ
野菜ヲタベ
アラユルコトヲ
ジブンヲカンジョウニ
入レズニ
ヨク
ミキキシ
ワカリ
ソシテ
ワスレズ
野原ノ松ノ林ノ蔭ノ
小サナ萱ブキノ
小屋ニヰテ
東ニ病氣ノコドモ
アレバ
行ッテ看病シテ
ヤリ
西ニツカレタ
母アレバ
行ッテソノ
稲ノ束ヲ
負ヒ
南ニ
死ニサウナ人
アレバ
行ッテ
コハガラナクテモ
イヽ
トイヒ
北ニケンクヮヤ
ソショウガ
アレバ
ツマラナイカラ
ヤメロトイヒ
ヒドリノトキハ
ナミダヲナガシ
サムサノナツハ
オロオロアルキ
ミンナニ
デクノボート
ヨバレ
ホメラレモセズ
クニモサレズ
サウイフ
モノニ
ワタシハ
ナリタイ
南無無辺行菩薩
南無上行菩薩
南無多宝如来
無 妙 法 蓮 華 経
南無釈迦牟尼仏
南無浄行菩薩
南無安立菩薩
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