2005年 1月 24日 (月)        

■  〈盛岡百景〉4 緑たたえた鎮守の地 盛岡八幡宮と岩手護国神社

改築後も、以前からの風情に変わりはない盛岡八幡宮 新年も約24万人の初詣で客でにぎわった盛岡八幡宮(八幡町13の1)。南部家の氏神として造建された江戸時代当時は八幡森と呼ばれたこの地。今日、周辺は大きく変わったが、「お八幡さん」は都心にあって豊かな緑をとどめている。

  「岩手県神社名鑑」(県神社庁発行)によれば、第29代南部重直は1671(寛文11)年2月、現在地に新八幡宮造営の工を起こし、1680(延宝8)年に主要建造物が完成した。既に盛岡城築城の初めごろに八幡社が設けられ、「寛文に至って三戸郡櫛引八幡宮の分霊を勧請し、さらに御旅所として中野に新八幡社の造営に至ったものであろう」(盛岡市文化財シリーズ「盛岡八幡宮祭りの山車行事」より)と考察されている。

  岩手護国神社(同町13の2)は1906年、内丸公園地内から八幡宮境内に移り、39年に現在地に社殿を造営し岩手護国神社と改称した。

  お八幡さんが新年に次いでにぎわうのが9月の例大祭。昨年は約7万人が訪れた。現在、秋祭りとして市内を巡行する山車は1709(宝永6)年からと伝えられる。

  盛岡八幡宮では平成に入ってから建造物の大きな改築が進んだ。社殿は規模も大きくなり97年に完成。表参道から通じる正面の鳥居、国道106号寄りの鳥居、社務所が建て替えられている。県下第一の大社としての風格は何ら変わることはない。(井上忠晴記者)


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