2006年 8月9日 (水) 

       

■  〈In Region〉ご当地タレントの道を開く お茶の間の人気者ふじポン   

     
  子供が大好きというふじポン(らかん公園で)  
 
子供が大好きというふじポン(らかん公園で)
 
  地域で活躍するタレントふじポン。持ち前のキャラクターでお茶の間の人気者になった。民放のレギュラー番組を持ち、盛岡市茶畑の制作会社シーズ(上田仁司社長)社員として各種イベントの司会や歌に活躍する。千葉県の短大を卒業後、盛岡に帰って託児所で働いていた。ひょんなことからテレビ出演してみたら、独特のギャグが若者に大受け。素顔は面倒見の良いお姉さんで「将来は子供番組をやりたい」と目を輝かせる。あっけらかんとした自然体とユーモラスな語り口で「岩手のアイドル」として親しまれる。

 ふじポンは学生時代のあだ名をそのまま芸名にした。下小路中、白百合学園高校卒後、千葉県の短大に進んで児童教育の仕事を夢見ていた。「うちは親せきがみんな学校の先生で、こう見えても中学生のときはまじめな子だった。その分、今爆発しているのかも。カラオケすると言ってみんなが歌っていても、わたしは歌わないで待っているような子だった」と神妙な顔で打ち明ける。ところがいまやCDをリリースしている。

  4人姉妹の長女。「父も母も働いていたので、妹たちを児童館に連れて行って遊んだり家で面倒を見たりしていた。大変だと思いながらやるのが好きだった。周りがみんな先生だったから自分もそうなると勝手に思っていた」と、しっかり者の横顔を見せる。

  短い首都圏暮らしのあと盛岡に戻り、託児所で働いていた2001年。大通を友達と歩いていると、中学の同級生で岩手めんこいテレビのディレクターに声をかけられた。一緒の友達の方が働きかけられていたのだが、自分が「なになに、テレビ?」と色めき立ち、「じゃ、ふじポンも出てみるか」とその場でデビューが決まった。

  実際に出演してみるとテレビ向けのキャラクターで「空飛ぶ三輪車」「エレファント・メモリー」などの番組でタレントに。地元の流行語になった「つっかけのふじポン」でブレイクした。

  「ただそのまましゃべっているだけ」と言うふじポンも、芸やギャグの難しさを痛感している。「小堺一機さんが言っていたそうで、一生懸命考えてこれは絶対受けると思っていたネタがまったく受けなくて、自信がなくてだめだろうと思いながらやったネタが大受けすることがある。わたしもお笑いが好きでよくライブに行くが、みんながとても笑っているところではあまりおかしくなくて、大して受けていないところで大笑いしていることがある」と話す。メディアの一線で現代人の機微に触れながら自分を磨く。

  最近の心配事はウマのこと。岩手競馬の存廃論議に胸が痛い。「競馬を始めて3年目なのでまだ初心者だが、ふじポンのようにハマる人がもっと増えてほしい。オーロパークにも若い人や女の人で一人で来る人が増えている。ジョッキーのアイドルグループの『ウマップ』を作ってみたい」と、チアリーダー役を買って出る。

  最近、3連単9万9千円の大穴を当てた。「マスコミはネガティブな話ばかりでなくていい話も流してほしい。競馬を盛り上げる、岩手になかったような番組をやりたい。それから子供番組も」と張り切るふじポン。ブラウン管にステージに不思議な愛きょうを振りまいている。
 

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