2007年 5月 12日 (土) 

       

■  〈阿部陽子の里山スケッチ〉57 鬼ケ瀬山(おにがせやま、724メートル)

     
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  春は、耳もとからやってきた。小鳥のおしゃべり、川面にうたう瀬音、木々をくすぐる南風。イヌのカラ咆(ぼ)えが鬼ヶ瀬の畑地を覆う。

  「ぼちぼち山を歩こうか…」そんな会話を交わすころ、いち早く地肌をみせる鬼ヶ瀬山に思いをはせる。この時分になると、男も女もあらがいがたく、あのごつい勘六岩にじりじりたぐり寄せられるのだ、と思う。

  古くから、黒森山・朝島山・鬼ヶ瀬山は大ヶ生3山といわれ、南部藩の金鉱の里として屈指のにぎわいをみせていた。スギやカラマツの造林も盛んで、雑木林やササ原とパッチワークよろしく色分ける。芽吹きが勢いづく少し前、5月の鬼ヶ瀬山は明るい春の「旬」ただ中にあった。

  国道396号から県道208号に入り、北へ5キロメートル進むと、大ヶ生・長野の集落だ。名郷根橋の左前方に、ドド〜ンと鬼ヶ瀬山が現れる。さらに、標柱「鬼ヶ瀬山(勘六岩)・一盃森・根田茂」の十字路を直進。林道を4キロメートル登って車が数台おける峠に着く。

  ところで、鬼ヶ瀬山への取り付きは、思いのほかややこしい。植林された里山はどこを登ってもよさそうなものだが、スマートに進入しなければ、あらぬ方角をさ迷ったあげく現在地を失うことになりかねない。

  だいいち、鬼ヶ瀬山の登山ルートは地図上に記されておらず、登り口に目印がない。しかも新しい林道がのび、鬼ヶ瀬山とはおよそ反対の庚申長根に誘われやすい。−−こんなときこそ基本が一番、初心にもどろう。

  @磁石を北北西にふる。A盛岡市と旧都南村の境界線をそのまま地図上のルートに置きかえる。B白い標柱「盛岡市都南村合併記念植樹祭・サワラ3000本」の手前に祀(まつ)られた「稲荷大明神」を探す。鬼ヶ瀬山にむいた高さ1メートルの素朴な自然石だ。Cそばに境界標「盛岡市」がある。Dその境界標の尾根が、鬼ヶ瀬山への取り付きとなる。

  雑木林の尾根を登り、スギ林とカラマツ林の境をたどる。15分で送電塔の工事現場、さらに15分で朝島山の見える小ピークに立つ。ルートは2度、工事道で分断されるが、ひたすら境界標をたどり北北西へすすめばよい。

  やがて勘六岩が出現し、大岩から大岩を縫うようにして三等三角点の設置された山頂に達する。南東に黒森山、西に朝島山と東根山が見えた。

  勘六岩は、江戸時代の書家・勘六が編みだした文字「勘亭流」に関係あるのだろうか?その数といい胴回りといい、わたしには力士の土俵入りとか、歌舞伎役者のそろい踏みに映る。勘亭文字のまんま立つ威風堂々のカンロク岩なのだ。

(版画家、盛岡市在住)

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