2008年 5月1日 (木) 

       

■  〈北Gのライブトーク〉34 北島貞紀 ロックは歌舞伎だ

 バンドマンを大別すると、ジャズ屋とロック屋に分かれる。何故ジャズなのか、何故ロックなのか。せんじつめれば、どこがカッコイイかということなのだが、ジャズは「渋さ」の追求であり、ロックは「ストレートなかっこよさ」である。だから、いずれかを選択する時点で、その性格がはっきりと出てくるのだ。

  潜在的か顕在的かは別にして、音楽をやろうとする人間は自己顕示力が強い、言い換えれば「目立ちたがり」である。その目立ちたがり方が、ロックはストレートであり、ジャズは屈折しているといえる。

  ロックの中で、花形は「ボーカル」と「リードギター」である。野球で言えば「エース」と「4番」、たまには「エースで4番」という独り占めタイプもいる。いずれにしろ、この2つのアイテムは絶対である。どちらかが欠けていれば、ロックとはいえない。

  それに対してジャズには、楽器による差別はない。裏方であるリズム隊でさえも主役になりえる。ボーカルはあってもなくてもよい。

  ロックは、反骨精神という感じがあるが、実は大時代的な様式美の世界だ。カリスマ性をより追求するためビジュアルを重視し、歌やギターには、「泣き」があり、曲の中に誰もが納得する「キメ」がある。言い換えれば、隈取(くまどり)をして見えを切る「歌舞伎」の世界なのだ。

  (そういえば、歌舞伎の隈取をしたキッスというバンドがあったなぁ)

  それに対して、ジャズは「シュールなリアリズム」を追求する新劇といえようか。

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