2008年 5月14日 (水) 

       

■  〈口ずさむとき〉72 伊藤幸子 苗代の苗

 苗代の苗やうやくに根をおろし定まりし位置に緑そだつる
  佐原喜久司

 
  野に山に県外ナンバーの車があふれた民族大移動の喧騒もようやく収まり、気がつけば田んぼに水が入っている。残雪の岩手山を水鏡に映してあちこちで大型農機が作業中。

  それにしてもこの歌のように種籾(もみ)を漬け、苗代に蒔き、苗取り、田植え、水見などのこまかい作業は今ではすっかり過去の話になった。折しもわがうぶすな神社のお祭りでは、小学校の全校児童が八幡平市無形民俗文化財「平笠田植踊」を奉納披露した。これが実にくわしい農作業の手順を見せ、何百年もの歴史の重みと保存会の皆さんのご指導に感じいる。

  「種まき」では、はっぴ姿の男児達が俵を背負って登場。手をかざし水見、次にザルに入れた籾を蒔き、さらには俵の底を振って見せる芸のこまかさに会場はやんやの大拍手。「早乙女」は着飾った高学年の女の子たち。苗に見立てたバトンのような小道具をあやつってクライマックスの田植えの所作が華やかだ。「箕吹(みぶ)き」の踊りもある。とりどりの扇をみごとな手さばきで見せ、脱穀のさまを表わす。重労働に明け暮れた農村の四季も、今は笑って鑑賞する芸能舞台になった。しきりにカメラのフラッシュが光る。子供たちの笑顔がいい。

  「昔は、今は」といちいち言いたくないけれど、巨大なビニールハウスが建ち並び、機械化農業が進み、苗は一括管理だから苗代もなくなった。だからよけい掲出歌のような風景がなつかしく、緑を育てる作業が見える。

  福島県いわき市の名主の家で大正7年生まれの作者の歌はいつも身近な生活詠が快い。「ぬり終へしばかりの畔を惜しみつつ豆蒔くための穴うがちゆく」「山沢の小さき流れを跨ぐとき背に負ふ刃物ふれあひて鳴る」も好きな歌。

  いつであったか郡山で歌会のとき、自宅で育てたしいたけを頂いた。大勢の人波のかげで手渡しして下さる少年のようなお気持ちに感動した。平成元年歌集「帰雁」出版。翌年いわき市新舞子の会場で、車椅子でお目にかかったのが最後となった。


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