2009年 1月 7日 (水) 

       

■  〈口ずさむとき〉106 伊藤幸子 「酔ひてさうらふ」

 元日にうから十人揃ひた
  りそれだけでよし酔ひて
  さうらふ
  松尾佳津予
 
  新しい年が訪れた。古く、睦月は稲の実を初めて水に浸す習わしから「実月(みつき)」とも呼ばれたとの説にも、農耕の代がしのばれる。種をまき、水を張り実りを待つ暮らしのころは、ひとつ家にうからやからの大家族。また「親子しまき」で成り立つ社会だった。

  それが今はどんどん核家族化され、親と同居なんて珍しがられる時代になった。掲出歌は、そんな現代の平均的な家族の風景といえよう。夫婦ふたりに子供が二人、その子達がそれぞれ二人の子を伴って、総勢十人という直系家族の元日である。

  それだけでよし、「酔ひてさうらふ」偉大なる文豪の決めぜりふもピタリとおさまって、如何にもお正月らしいめでたい気分。「はるかなる星より着くと思ひたし名前しるさぬ賀状ふたひら」どっさり届いた年賀状の中には、こんなこともある。せめて直筆で添え書きでもあれば筆跡から想像もつくけれど、これがうらもおもても印刷文字で名前なしだったらどうしよう。

  「4Bの鉛筆常に削り持つ無筆跡機器の世に居てわれは」かつて私はこんな歌を歌会に出したことがある。「無筆跡機器」って何だ?どんな機械かと笑われたが、ワープロ、パソコンを使わない私の「造語」である。ことし頂いた年賀状では六割方、無筆跡であった。

  さて作者は、昨年「待ち待ちし桜の花の咲きそめぬ傘寿むかへる二〇〇八年」と詠まれ、ことしは81歳になられる。「関節の腫れて琴爪はまらねど掃除洗濯さしさはりなし」と明るく家事をこなされる。東京でエリートのご主人と恵まれた家庭環境のもと、若く、子育てのかたわら大学にも通い、歌歴も長く歌集二冊刊行。

  「着なれたるベージュのコートもどりきぬ阿蘇に忘れて隠岐に忘れて」いつも身軽に、気さくに全国短歌大会などに出かけられる作者。「時析に旅して歌舞伎、能を観て暮らせるほどの金あらばよし」の歌境めでたし。

  初夢、初旅、初舞台、わたしもまだ松の内、只今いささか酔ひてさうらふ−。

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