2009年 1月 8日 (木) 

       

■  〈啄木の短歌、賢治の短歌〉113 望月善次 停車場の

 【啄木の短歌】

  石狩の美国といへる停車場の
  柵に乾してありし
  赤き布片(きれ)かな

     〔『一握の砂』341〕

  〔現代語訳〕石狩平野の美国と言う停車場の柵に乾してあった赤い布の一片よ。
 
  【賢治の短歌】
  停車場の
  するどき笛にとび立ちて
  青き夕陽にちらばれる鳥

   〔「歌稿〔B〕」307〕

  〔現代語訳〕停車場の鋭い笛の音に(驚いて)飛び立って、青い夕陽の中に散らばった鳥よ。
 
  〔評釈〕作中に「停車場」の文言を含む作品を取り上げた。「停車場」は、本来は「テイシャジョウ」だが、短歌作品においては、絶対「テイシャバ」である(ちなみに、一般的に旅客・貨物を取り扱う「駅」のことをいう「テイシャジョウ」には、ほかにも、車両の入替えなどの組成を行う「操車場」、列車の行違い、待ち合わせのみを行う「信号場」の三種があるという〔『マイペディア』〕。)。啄木作品は、「忘れがたき人人一」からのもの。「美国」という駅は実在せず、札幌・小樽間に位置する作品群からは、「琴似(コトニ)」ではないかというのが近藤典彦説。作品的には、「石狩の美国といへる」と固有名詞で始めた一首を何に収斂(しゅうれん)するかが腕の見せどころ。「赤き布片」はその期待に応えることができたのか。賢治歌は、「するどき笛」という聴覚と「ちらばれる鳥」という視覚との一体化を、お好みの「青」を用いて「青き夕陽」の中に「ちらばれる」として図ったもの。

(盛岡大学長)

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