2009年 1月 24日 (土)

       

■ 〈啄木の短歌、賢治の短歌〉119 望月善次 奈良 想像と実際

 【啄木の短歌】

  曙に春の驕りの鑿の香や奈良の木立に
  人想ひあり
  〔『盛岡中学校校友会雑誌』第五号(明治三十五年十二月)〕

  〔現代語訳〕春の曙、春の贅を尽くしたような鑿(のみ)の香りがします。(この香りに誘われるように)奈良の木立の中では、一層恋しい人のことを思う気持ちがするのです。
 
  【賢治の短歌】

  たそがれの
  奈良の宿屋ののきちかく
  せまりきたれる銀鼠ぞら。
  〔「大正五年三月より」、「歌稿〔B〕」258〕

  〔現代語訳〕黄昏の奈良の宿屋の軒端近く迫って来た銀鼠色の空よ。
 
  〔評釈〕作品中に「奈良」を含む二首を取り上げた。先ず、生活事実との関係で言えば、啄木は奈良に行ったことがなく、賢治は、盛岡高等農林学校時代の大正五年三月の「農学科二年修学旅行」と大正十年の四月初旬に父との関西行きの二回訪れている。従って、啄木作品は想像世界のもので、賢治作品は実際の体験を踏まえたもであると言える。啄木歌は、既に自身が盛岡中学校を退学した後の明治三十五年十二月発行の『盛岡中学校校友会雑誌』掲載のもの。与謝野晶子など『明星』の影響を強く受けた時期のもの。奈良を訪れた事実もないのであるが、当時節子との恋愛関係にあった啄木にとっては、単なる空想ではあるまい。賢治作品は、上述の農学科二年修学旅行を踏まえたもの。宿泊した宿屋の近くの風景を、好みの「たそがれ」時に「銀鼠色の空」に代表してみせたのが作品の手間。
(盛岡大学長)

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