2009年 1月 25日 (日)

       

■ 〈胡堂の父からの手紙〉200 八重嶋勲 旧冬より今月までの借金は500円に達する

 ■265 半紙 明治41年4月20日付

宛 東京市麹町区飯田町四丁目三十一日
                松館 
発 岩手縣紫波郡彦部村
前畧請求之金額当地方ニ於テ金束(策)出来ス、五、六日間殆ント日詰町ニ詰切、伊藤儀兵衛ヨリ二ヶ月間ノ約定ニテ借入、盛岡ノ九十銀行ヨリ切符ヲ以テ受取、直チニ盛岡ニテ差立候筈、今後六月迄送金百方苦慮スルト雖トモ容易ニ出来得ヘキ見込無之、目下病後心無キ様ニ候得共、何分モ節減ヲ加ヘラレ度、旧冬ヨリ今月迄ノ借金、殆ント五百円ニ達シ、前借ヨリ千円ニ達シ、此分ニテハ当秋迄ニ動産、不動産ノ半ハ賈却スルノ無止得ニ至ルヘシ、実ニ残念ノ事ニ候、其地ニ於テモ何カ学費ヲ減少シテ目的ヲ達スルノ束(策)ヲ講ス(シ)ラレ度、授業料ハ未タ送金スル不能、目下学校ノ情況詳細報セヨ、右用事迄、早々     野村(長四郎)
   四月廿日
       野村長一殿
一玉子届キタルヤ、破損ナカリシヤ
一六月試験ヲ受クル意志ナルヤ
一六月何日頃帰宅スルヤ
一都合ニ依レバ六月廿七、八日福島行ノ 序東京ニ一泊ナカラ行グ見込アリ
一玉子ハ又ヤル、ナクナリタラ文通セヨ

 
  【解説】「前略、請求の金額当地方で金策出来ず。5、6日間ほとんど日詰町に詰切り、伊藤儀兵衛より2カ月間の約定で借入れ、盛岡の九十銀行より、切符を以って受け取り、直ちに盛岡で差し立てた。今後6月まで送金に百方苦慮するといえども容易に出来ない見込みである。目下病後なので心ないようであるが、何分にも節減を加えられたい。旧冬より、今月までの借金、ほとんど500円に達し、前借を加えて千円に達し、この分では、当秋までに動産、不動産の半ばを売却するもやむを得ないことになるであろう。実に残念なことである。その地においても何か学費を減少して目的を達する策を講じられたい。授業料はまだ送金することができない。目下の学校の情況を詳細に知らせよ。右用事まで。早々             野村(長四郎)
   4月20日
       野村長一殿

一、鶏卵届いたか。破損がなかったか。
一、6月試験を受ける意志であるか。
一、6月何日頃帰宅するや。
一、都合に依れば6月27、8日、福島行のついでに東京に1泊ながら行く見込みあり。
一、鶏卵は又やる。なくなったら手紙よこせよ。
一、」という内容。

  いよいよ金策が厳しくなってきており、秋を迎えるまでには、家の動産、不動産の半分は売らなければならないだろうと、悲痛である。
 
  ■266はがき 明治41年4月21日付

宛 東京市麹町区飯田町四丁目三十一日
                松館 
発 岩手縣紫波郡彦部村
前畧畑中ノ吉太郎夫妻(伯母)善光寺参リ、明廿二日出發ノ筈ニ候、来ル廿五、六日頃着京、日松館ヘ尋候哉モ難斗、九段、皇城、浅草辺斗リモ案内可致候、夫共身体ノ空(具)合ニ寄リ遠方ハ可見合候、
祖母弥々危篤ナリ、五月中存名(命)如何アルカ、
 
  【解説】「前略、屋号畑中の作山吉太郎夫妻(伯母)が、善光寺参りで、明22日出発のはずである。来る25、6日頃着京、日松館へ尋ねるかもしれない。九段、皇城(皇居)、浅草あたりばかりも案内せよ。身体の具合によって、遠方は見合わせよ。

  祖母やや危篤である。5月中存命どうであるか。」という内容。

  親せきの作山吉太郎夫妻が上京、東京見物を案内するように、ただし、体の具
合では遠出はせぬようにと指示している。

(県歌人クラブ副会長兼事務局長)

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