2009年 2月 1日 (日)

       

■ 〈胡堂の父からの手紙〉201 八重嶋勲 花子との婚姻延びているが心配ない

 ■267巻紙 明治41年4月22日付

宛 東京市麹町区飯田町四丁目三十一、
                日松館発
  岩手縣紫波郡彦部村
前畧作山吉太郎夫妻等今廿二日出発夜汽車ニテ宇都宮ニ至リ廿三日午前六時四十分日光ニ出発同日午后宇都ノ宮ニ帰リ同日前橋カ高崎ニ泊リ廿四日善光寺泊リ廿五日七八時頃汽車ニテ着京スルナラン、当時ノ病状差支ナクハ上野停車場ニ待受何分之便宜与フヘシ、同人等帰リニハ二三ノ不用物品ヲ托スルモ可ナラン、
近日福島行ノ序一夜泊リニ上京スル見込ミ豫メ通報致シ置タルモ祖母之危篤ヲ見兄妹不在モ心配之余リ福島二日間ノミニシテ多分見合スルコトニ致候、
出来得ルモノトセハ六月廿日過迄存命致リセ度モノニ候、
耕次郎ニ毎日日詰養蚕講習場ニ出席実地試導受ケ居リ候、章ハ去ル四月一日彦部學校ニ入学、喜ンテ學学(通學)到(致)一日モ欠席無之候、
若者壱人モナシ農事困難ナリ、
學校ノ事ハ作山吉太郎ハ敢テ彦部学校増築ニ反対ニ無之候得共高等併置ニハ位置ヨリ見ルモ余リ賛成ノ方ニ無之哉モ難計ニ付注意スベシ、併シ近谷派ノ分裂策ノ為メ暫時迂生ト同意シ居ルモノナラン、作山定三ハ今回朝セン(鮮)ニ交轉相成家元ニハ文通セサルモノ如シ、
同人九州門司ヨリ老生ニ宛テ水牛ノ角ラン
一尺八寸(図あり) 八寸弐本(図あり)
小包ニテ送付シ来リ、角ハ美麗ニシテ高價ナラント被思候、是モ当分定三帰郷迄父母ニ告ケサル方可然候、
未タ授業料拾円五十銭(四月十五日同十九日迄□)送付致兼居候、定メテ不都合ノ事ナラン、来ル六月試験ヲ受クル見込ナルヤ否ヤ回報スベシ、詳細ハ万事畑中ヨリ聞受ケ又ハ傅言(ス)ベシ、
花子事件ハ差延ルハ遺憾ナリト雖(ト)モ本人ノ意志全フスルナラ毫モ心配ナカルベシ、柏屋ノ方ニテハ學生トシテ世間手前ノ一方ニハ病気ヲ慮リ(レ)タルナラン、堅固体ニナルナラ敢テ今時ノ婚姻親類ト雖(ト)モ容啄(?)スルノ不可ナルコトハ万々承知アルナラン、夏期本人花子ヨリ直接姉とのニ利害ト意志ヲ説キタランニハ何事カ成ラサラン、若シ承諾ナキニ於テ自由婚期ヲ待ツルモ可然候、
帰京以来ノ写真アラハ畑中ニ依頼送付スベシ、右用事迄、早々
    四月廿二日   野村(長四郎)
     野村長一殿
 
  【解説】「前略、屋号畑中の作山吉太郎夫妻らが、今日22日出発。夜汽車で宇都宮に行き、23日午前6時40分、日光へ出発。同日午後宇都宮に帰り、同日前橋か高崎に泊まる。24日善光寺泊まり。25日7、8時頃の汽車で東京に着くであろう。その時、病状に差し支えなければ、上野停車場に待ち受けて、何分の便宜をしてやるべし。同人ら帰りには2、3の不用物品を託すのもよいであろう。

  近日中福島へ行くついでに1夜泊まりで上京する見込みであると予め知らせておいたが祖母が危篤となり、兄妹不在も心配であるので、福島の2日間だけにして東京行きは見合せすることにする。

  出来るものとせば、6月20日過ぎまで存命させたいものである。

  耕次郎は、毎日日詰養蚕講習場に出席、実地試導を受けている。章はさる4月1日彦部小学校に入学、喜んで通学しており1日も欠席していない。

  若者が1人もなく農事が困難である。

  学校の事は作山吉太郎はあえて彦部学校増築に反対ではないが、高等小学校併設については位置の関係であまり賛成の方ではないかもしれないので注意すべし。しかし近谷派の分裂策のため暫時私に同意しているものであろう。

  作山定三は今回朝鮮に異動となったが、家元には文通していないようである。同人が九州門司から私に宛て水牛の角であろうか1尺8寸(図あり)と8寸(図あり)の2本を小包で送付してきた。角は美麗であり高価なものと思われる。これも定三が帰郷するまでは当分父母(吉太郎夫妻)に告げない方がよいであろう。

  いまだ授業料10円50銭(4月15日、同19日まで□)送金しかねている。きっと不都合なことであろう。来る6月試験を受ける見込みであるかどうか知らせよ。詳細は万事屋号畑中から聞き受け、または伝言せよ。

  花子との婚姻が延びていることは遺憾であるけれども、本人の意志を全うするならば少しも心配がないであろう。屋号柏屋(花子の生家)の方では、世間の手前、学生であることと、長一の肺疾患の病気を恐れたものであろう。健康体になれば、あえて今時の婚姻は親類といえども受け入れなければならないことは、万々承知のことであろう。夏休みに花子本人から直接屋号柏屋の姉殿に利害と意志を説けばきっとことが成るであろう。もし承諾がない時には自由婚期を待つのがよい。

  帰京以来の写真があれば、今そちらに行っている屋号畑中(作山家)に頼むようにせよ。右用事まで、早々」という内容。

  野村胡堂生家に、この手紙に図示している、水牛の角と乾燥した植物の置物が現存している。

  橋本ハナとの婚姻が、屋号柏屋の承諾が得られずいまだに進んでいないようである。自由婚期とは、女は満25歳になれば戸主、父母の承諾がなくても婚姻できると法律に規定があるのでそれまで待つのが良いだろう、と父長四郎が言い、この夏休みに、花子が帰省し、お姉さんを説得すれば、きっと許されるであろう、と言っている。

  長一26歳、帝国大学2年。橋本ハナ20歳、日本女子大学校2年。

(県歌人クラブ副会長兼事務局長)

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