2009年 2月 18日 (水)

       

■ 〈口ずさむとき〉112 伊藤幸子 「のほほんと」

 のほほんと生きゐる老の
  不思議なりきそのふしぎ
  なる老をいま生く

蓮本ひろ子
 
  一読、「のほほんと生きゐる」って、いいなと思う。老いてゆく自分を不思議だという。大正13年生まれ、神奈川在住の作者の弁がまた味わいがある。「まだ40代くらいのころ、わたしは高齢の方が、もう死を目前にしていながら、何ともあっけらかんと生きているのが不思議でならなかった。現在、わたしは83歳、いつ死んでもおかしくない齢なのに『死』は今でも他人事の感がある。これが神の恩寵というものなのだろう」と、おおらかな解放感に満ちている。

  生老病死を語ろうとすれば、つい宿命とか宗教めいた話に傾きがち。愛する人を失った悲しみは「それまでの寿命」「運命」と言い聞かせることで自他をなぐさめる。だれでも、何十年と生きてくれば、九死に一生というほどではなくても、命の危うさを感ずることがある。あの時、あすこに行く予定が不意に変更になって命拾いをした、などという話も後になってずしりと心に重りを据える。

  還暦は一つの節目。仕事も定年、体力的にも少しずつ陰りが見え始め、一般的には子供も巣立ってまた夫婦2人になったという図式もみられる。そんな中、還暦プラス三つ四つというわたしたちの高校のクラスの一人が突然病気で亡くなってしまった。うろたえて、黒い服で涙の再会ではなく、これからは時々会ってコミュニケーションを深めようと、一夜集まりをもった。

  「いささかの毒あるものはたのしきろ酒、煙草はてその他もろもろ」。同作者の作。「ろ」は感動を込めた接尾語。もろもろの毒の魅力、奥深さ。「結婚とふ本採用を手に入れて派遣ではたらく今の女性ら」とも詠まれる今の歌。まさに「結婚とふ本採用」後幾星霜、毒も薬も味わいながら歩いてきた。

  「まだ、老後ってほどの自覚はないよねえ」という友にみんな同感。だれがみてもアラフォー集団ではないけれど、そこが老の不思議さであろう。のほほんと、飲んで語って30年後も、まだ老いの実感のない日々であれと願っている。

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