2009年 2月 19日 (木)

       

■ 〈啄木の短歌、賢治の短歌〉129 望月善次 屋根

 【啄木の短歌】

  雪のなか
  處々に屋根見えて
  煙突の煙うすくも空にまよへり

     〔『一握の砂』380〕

  〔現代語訳〕雪の中、所々に屋根が見えて、(その屋根についている)煙突から出る煙が薄く空に迷っている(ように漂っています)。
 
  【賢治の短歌】

  屋根に来れば
  そらも疾みたり
  うろこぐも
  薄明穹の発疹チブス

    〔「歌稿〔B〕」122〕

  〔現代語訳〕屋根に登って来てみると、まるで空は病気になっているようです。(空にある)鱗雲は、夕方の空の発疹チフス(の発疹のように淡紅色)になっています。
 
  〔評釈〕啄木作品は、「北海道時代」を詠んだ「忘れがたき人人 一」からのもの。伝記的な対応を言えば、釧路新聞へ赴任のため、小樽から釧路へ向かう時となる。車中からの嘱目の風景に相当する部分で、「處々」には「しよしよ」のルビが付いている。車中からの嘱目であるから、当然のこととして、話者は屋根(及びそこにある煙突や煙と共に)を眺めているわけである。『一握の砂』の集中、当時帝国鉄道北海道線の最果ての駅であった釧路駅に至る車中からの風景を置くパートであるが、「小樽」「釧路」という出発点と到着点からすれば、つなぎの部分に相当する。だから、重くなり過ぎない作品を置くことも歌集編集の上からは、勘どころの一つであるのだが、啄木は、さすがにそうしたところは心得たもの。観察する啄木作品に対し賢治作品においては、話者は、実際に屋根に登っている。そこからの夕空を「薄明穹の発疹チブス」と断ずるあたりは、賢治ならではの特技。

  (盛岡大学長)

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