2009年 2月 28日 (土)

       

■ 〈賢治の置土産〜七つ森から溶岩流まで〉97 岡澤敏男 「烏の北斗七星」と佐々木八郎

 ■「烏の北斗七星」と佐々木八郎

  昭和18年6月、学徒戦時動員体制確立要綱が決定し、理工学以外の大学生の徴兵猶予が撤廃され、12月1日に第一回学徒兵入隊(学徒出陣)が行われた。

  それに先立って10月21日、学徒出陣壮行会が東京神宮外苑にて冷雨降りしきるなかで挙行された。「出陣学徒東京帝国大学以下七七校三万名。それを送る学徒九六校実に五万名。今、大東亜決戦にあたり、近く入隊すべき学徒の尽忠の至誠をかたむけ、その決意を響応(きょうおう)すると共に、武運長久を祈願する学徒壮行会は、秋深き神宮外苑競技場において、雄々しくも、そしてまた苛烈にも展開されております。…」とNHKの志村正順アナウンサーが行った実況放送が残っている。

  こうして出陣した何万の学徒兵が南方で硫黄島で沖縄で、終戦を目前にして戦死を遂げているのです。

  そのような戦没学生の手記を綴った『きけわだつみのこえ』は東大協同組合出版部が昭和24年10月発行、版を重ね映画にも収録されています。

  そうした戦没学生の一人である佐々木八郎は、東大経済学部2年在籍途中で12月9日入隊し、20年4月14日に昭和特攻隊員として沖縄海上戦で23歳の若さで戦死しました。

  佐々木八郎は賢治の童話「烏の北斗七星」に深く感銘し、入隊する直前、〈宮沢賢治作「烏の北斗七星」に関連して〉とサブタイトルをつけ『愛』と『戦』と『死』と題するエッセーを書き残している。佐々木八郎は「烏の北斗七星」の全文を書き写したうえで心境を述べたのです。
 
  僕の最も心を打たれるのは、大尉が〓明日は戦死するのだ〓と思ひ乍ら「わたくしがこの戦に勝つことがいゝのか、山烏の勝つ方がいゝのか、それはわたくしにはわかりません。みんなあなたのお考への通りです。わたくしはわたくしにきまつたやうに力一ぱいたゝかひます。みんな、みんなあなたのお考への通りです。」と祈る所と、山烏を葬りながら「あゝ、マヂエル様、どうか憎むことのできない敵を殺さないでいゝやうに早くこの世界がなりますやうに、そのためならば、わたくしのからだなどは何べん引裂かれてもかまひません」といふ所に見られる『愛』と、『戦』と、『死』といふ問題について最も美しい、ヒューマニスティックな考へ方なのだ。人間として、これらの問題にあたる時、これ以上人間らしい、美しい、崇高な方法があるだろうか。そして本当の意味での人間としての勇敢さ、強さが、これ程はつきりと現れてゐる状景が他にあるだらうか。〓寓話だ〓とあつさり片付けまい。
 
  と、死地に赴く青年の潔癖な「内的感情」が表白されています。ところが小沢俊郎氏は「資本主義が戦争に結びついていることへの理解が行われていない。その理解のない故に、戦争は止むを得ぬまゝ、相手を憎めぬまゝ、上官の命に従ってゆく烏の立場は献身の美しさをひびかせると同時に結果的に戦争を肯定してしまうという矛盾を呈して来る」と、厳しく批判しました。

  しかし佐々木八郎は経済学徒として生産力の格差が勝敗の鍵となることを知りつくし、〈はや我々は〓俎上の鯉〓〉と自覚しながら「現下の日本に生きる青年として」「自分の義務と責任に生き、そして死する」と冷静に独白し、その状況の下に烏(賢治)の戦争観を「最も美しい、ヒューマニスティックな考へ方」と受容していることに目を向けるべきです。

  小沢氏のように〈美しく虔しすぎた〉「寓話」として片付けてはいけないと戒めているのです。

  いずれにしろ「烏の北斗七星」が海軍特攻隊となる佐々木八郎に、「人として最も美しく崇高な努力の中に死にたい」という情感を育んだことは確かなことです。

 ■戦没学徒・佐々木八郎の手記(抜粋)

  我々がたゞ、日本人であり、日本人としての主張にのみ徹するならば、我々は敵米英を憎みつくさねばならないだらう。然し、僕の気持ちはもつとヒューマスティックなもの、宮沢賢治の烏と同じ様なものなのだ。憎まないでいゝものを憎みたくない、そんな気持ちなのだ。正直な所、軍の指導者達の言ふ事は単なる民衆煽動の為の空念仏としか響かないのだ。そして正しいものには常に味方したい。そして不正なもの、心驕れるものに対しては、敵味方の差別なく憎みたい。好悪愛憎、すべて僕にとつて純粋に人間的なものであつて、国籍の異るといふだけで人を愛し、憎む事は出来ない。…単に国籍が異るといふだけで人間として本当は崇高であり美しいものを尊敬する事を怠り、醜い、卑劣なことを見逃すことをしたくないのだ。

  では何の為に今僕は、海鷲を志願するのか。…僕の今の気持は、日本人ではあるが、狭いショーヴィニズム(極端な排外的愛国主義)を離れた気持になるのである…(以下省略)


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