2009年 5月 9日 (土)

       

■ 〈阿部陽子の里山スケッチ〉105 白木峠(しろきとうげ、601メートル)

     
  photo  
     
  標柱の文字は「白木峠山頂」。峠は標高601・6メートルの展望の頂である。峠であると同時に山の頂であるという。地図では峠名にインパクトをもたせ、山名はない。面白半分で湯田に住む藤原利雄さんにたずねたら「そりゃ白木山でしょ」と、あっさり返された。

  新日本山岳誌によると、峠の名は西和賀町の地名である白木野に由来し、別称が「白木山」とある。では、大スギで有名な越中畑の沢口神社に掲げる「白髭山」は神社のほかに何を意味するのだろう。ともあれ随所に白を冠するところが、豪雪の土地柄らしい色づかいだ。

  古くは、安倍貞任を追って源義家が越えたとされる白木峠は、秀衡街道や平和(ひらわ)街道と呼ばれ、秋田と岩手の物流をになった。さらに、藩政時代には盛んな交易がなされ、越中畑に南部藩の御境番所(関所)を、佐竹藩に小松川御境番所を置いた。古道は、国道107号・JR北上線・秋田自動車道に流通の役割をゆずり、本州最北限に咲くユキツバキのハイキングコースとして人気を博す。

  白木峠へは、JR北上線ゆだ高原駅を西進。中村越中畑の踏み切りを渡って小学校の裏を行くと越中畑御番所跡のT字路に着く。そのまま400メートル直進して登り口。また、右の橋を渡って左折すれば沢口神社である。境内の大スギは樹齢300年以上と推定される天然記念物で必見だ。
 
  5月、奥州と出羽を結んだ古道は萌えたつ新緑の中に、ユキツバキの紅の花をボンボリのように飾っていた。ウチワカエデやミズナラの登り口から平坦な路をたどり、ユキツバキの街道に分け入る。途中に古き街道の面影を残す「牛泊まり」や吹雪(ふぶき)で亡くなった人を供養する「ふきどり地蔵」が点在。

  山肌を経つるようになると、狭い危険な片斜面になる。馬やカゴがすれ違う幅がなかったことから、ゆったり歩むウシで峠を越えたのだという。

  雪の下に埋もれることで厳寒の冬を耐えるユキツバキ。峠道は一般的に鞍部を乗越し、西風を避けながら山肌を巻くが、冬の山頂越えほど過酷なものはない。旅人にとっては、あまりにもリスクの高い街道であった。

  「一本杉」で小休止してすぐ古い林道に上がる。これを右に折れ10メートル先左手に進入。登り口から1時間30分で3等三角点の白木峠山頂に着く。秋田と岩手を一望する県境の中央分水嶺で、是より秋田側の小松川集落へ下っていく。

  雪国に春を告げる紅のユキツバキは何想う。ユメを運んだウシと旅人。時のかなたに漂う喧騒を思い浮かべ、私は初夏の白木峠山頂をあとにした。

(版画家、盛岡市在住)

本ページ掲載内容の無断転載を禁じます
ホームページに関するお問い合わせ、取材に関する情報は
E-Mail:hensyuu@morioka-times.com
盛岡タイムス宛てにお願いします