2009年 5月 17日 (日)

       

■ 〈風のささやき〉3 重石晃子 リンゴの花咲くころ

     
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  鎌倉に住む知人から電話で「りんごの花を描きたいが、何時頃が良いのだろうか」との問い合わせがあった。彼は盛岡駅前からレンタカーであちこち描きたい様子である。五月の連休が終わった頃からぽちぽち咲き始めるだろうと思い、私はりんごのロードマップを作ってお送りした。四月末のことである。

  昨日まで風が冷たくコートをしっかり着込んで、戸外に出たのに、盛岡は一夜の内に春がくる。梅が咲き、こぶしの白い花が何と美しいことか、目を下に移せば水仙もレンギョウも愛らしく咲いているではないか。まるで魔法にでも掛かったような気分になる。春は突然に始まるのだ。鎌倉からわざわざりんごの花を目指してくるというのに、私は盛岡を留守にする五月である。何処に居るかと言えば上野、東京都美術館の地下室に二十日程は閉じ込められる格好である。女流画家協会展のためなのだが、全国から集まる600点近い作品の入落を決め、展示する部屋を決め、そして展覧会の初日を迎えるためである。考えてみれば、朝夕に上野の森の新緑を見上げる幸せはあるとしても、何十年もりんごの花を描いたことがない。全く因果な話ではある。私の恩師である深沢紅子先生は沢山の花の絵をお描きになったが、りんごの花があったかしらとふと思った。晩年は女流画家協会の審査にはご欠席で、若い人たちに任せるとおっしやったが、盛岡のりんごの花を描きに、五月においでになるのは難しかったと思われる。

  戦後創立した女流画家協会も今年63回となる。食べるものさえない大変な時期に三岸節子氏は「女性は自立しなければならない」とテーブルをどんと叩いて創立演説をしたそうである。日本画壇の封建制と戦ってきたこの展覧会は女流の進出をバックアップしてきた経緯がある。創立委員はすでにいないが、受け継いだ者はこの展覧会の発展を期し次の若手に手渡す義務がある。やはりしばらくりんごの花はお預けである。

(画家)

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