2009年 5月 20日 (水)

       

■ 〈口ずさむとき〉125 伊藤幸子 「電話のうた」

 語りたき聞きたきことは
  さはにあれど君が働く時
  間といまは
  中山礼治

  身辺にあふれる文明の利器のなかでも、電話、情報通信の進歩には驚くばかり。家庭での黒一色の固定電話の時代がけっこう長かったが、昭和の終わりごろから、プッシュホンやコードレスや、親器子器などの呼び名も登場した。そしてケータイへの移行。出現から普及までまたたく間だったので、今ではもう随分昔からの必需品のような思いがしている。

  掲出の歌は、明治45年生まれの越後の歌人の電話のうた。常に、わたしの口ぐせともいえるぐらいなじみ深いものである。「語りたき聞きたきことはさはにあれど」、さしずめ今ならば、すぐメールを打つのだろうが、「待てよ」と、踏みとどまる。「あの方は、今は働いておられる時間」と言いきかせ、黒い電話を見つめる。

  と言っても、この歌に関してはなにも詮索めいたことはなく、歌の師、宮柊二への思いで、初出は昭和52年1月号の歌誌である。さらにまた、宮柊二にも「頼みごと一つを持ちて同齢の越後の友へ電話入れたり」があり、これは中山氏のこと。宮先生の「獨石馬」の「古人が讃へ言ひたるほどのものと思はず見をりえい鶴銘」の結句「えいかくのめい」について、中山氏は、高村光太郎の詩「鉄を愛す」の中に、この字句のあることを指摘されたという。博覧強記の文人の秘話、すごい世界と心がふるえる。

  読み、書いて熱中している時間、ひとつの字句が気になり、話したい、聞きたいと思うときがある。「君が働く時間」をさけて、直接コールがつながったときの喜びは、メール直通の今の世とは比べものにならない感動だ。

  「『岩手山の根つこの村のやうですね』中山礼治先生のふみ」私が20数年ぶりに帰郷した時の挨拶状に、誰よりも早くいただいたお手紙だった。「すぐに拡大鏡で確かめました」とあり、あるいはご来駕(らいが)もと期待したことだった。

  平成10年春、86歳にて逝去。医師のご子息の一文によると、何事にも慎重冷静な父上に、突然行動される一面がおありだった由。その後しばらく、わたしは電話の短く切れる呼び出し音に心が騒いだ。


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