2009年 6月 3日 (水)

       

■ 〈都市の鼓動〉44 長澤幹 まちづくりへのパラダイムシフト

 わが国都市計画法制の源流である「東京市区改正条例」(1888)は、3つの特徴を都市計画ヘビルトインした。

  すなわち、対象論としては「既成市街地における後追いインフラ建設」、方法論としては「全体プラン無しの個別事業等の決定」、体制論としては「中央集権・官僚主導型の都市計画だ。

  同条例をうけて、市街地の総体的コントロールを目ざした「都市計画法」(1919)は当時、世界的にみても先進的な都市計画制度だった。

  しかし同法は、その後「震災復興→戦時体制→戦後復興→高度成長」という時代の変化の中で「官によるインフラ事業」という性格のまま化石化していった。

  ほぼ同時に出発したアメリカの都市計画が、自治体の公共事業・土地利用・空問構造を切り口とする社会的コントロール・調整の政策技術へと大きく進化したのと対照的である。

  戦後の高度成長期には、急激な財政膨脹の下で「都市計画が都市を破壊する」という事態となり、再び市街地の総体的コントロールを目ざして「都市計画法」(1968)が改定された。

  他方、戦後の自治体民主化の中から「まちづくり」が生まれた。60年代の高度成長期には、再開発、公害反対、区画整理反対、歴史環境保存、地域住民要求などの各種の市民住民運動が全国各地で展開された。

     
   
     
  比喩(ひゆ)的にいえば68年法とまちづくりとは、共に高度成長が生んだ双子の兄弟なのだが、一方は国会の赤じゅうたんで生まれ、他方は全国各地でホームレスとして生まれた。

  そして今、このまちづくりは市区改正条例以来の都市計画のパラダイムシフトに挑戦を続けている。流れは「インフラ建設から住環境整備ヘ」「個別具体の都市計画からトータル・ビジョンヘ」「集権・官中心型から分権参加型へ」等である。

  問題を1点に集約すれば都市計画における「公(public)」の位置づけにある。つまり「公=中央政府」から「公=自治体+市民社会(住民・NPO等)」の都市計画へいかにして進化させるかという点になる。

  分権の制度論のポイントは「都市計画制度の全体構造の分権化」と、「その制度内での技術・手続きの分権化」を明確に区別すべき点だ。

  多くの提案は後者のみに絞られているようだが、全体の分権なしに真の「都市計画の分権」は実現できない。

  「公としての市民社会」の重要なキーマンは、都市計画プロフェッション、つまり職域を超えて職能を同一とし、都市計画技術を実質的に担う専門家集団の存在が重要になる。

  わが国は、確立したプロフェッション無しに都市計画を行っている世界でも特異な国だ。

  これが可能なのは、都市計画が空間技術よりは「工学技術」「技術よりは行政事務」の方向へと退化しているからだ。

  このような状況の下、市民の視点から都市計画制度を構想し、次の100年に耐える市民主体の都市計画制度への変換が、今社会的に求められている。
(技術士)

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