2009年 6月 22日 (月)

       

■ 〈古都の鐘〉35 鈴木理恵 土曜の午後、ホイリゲに

     
  ホイリゲの庭の席  
 
ホイリゲの庭の席
 
  きょうは土曜日、待望の週末である。掃除、洗濯、買い物を午前中に済ませ、その後はありがたいことに特に予定が入っていない。さあ、どうしようか?

  週日の忙しさでアタマとカラダはガチガチ、自然にでも触れて疲れた我が身をいたわりたいところ。日も長くなったし、幸いお天道様の機嫌も悪くない。ではウィーンの森に出かけましょう。19区のはずれに広がるぶどう畑を友人としばらく散歩する。そろそろ足も疲れたしのども乾いたし何やら小腹もすいてきた。そうなると足は自然にホイリゲに向く。

  ホイリゲをなんと説明したらよいだろう。ワインの飲み屋。ホイリゲ(その年の)という名前の通り、自家製の新酒を飲ませるところ。簡単な食事もできるから、気取らずに行きたい時には格好の場所である。

  お気に入りのホイリゲはカルメリータ教会の裏手にあって、ワインばかりでなく料理も自慢の店だ。ここは音楽なし。ホイリゲにつきもののウィーン民謡、シュランメル音楽も、わざとらしいのはご免である。

  見落としてしまいそうな小さな入り口に、松の枝が束になってつり下げられている。それが営業中のサイン。10メートルばかりも小道を行くとそこに庭が広がる。店の中も雰囲気があって素敵だけれど、せっかくの暖かい日だから外にする。

  庭の席に陣を取ると、ディンドルと呼ばれるエプロンドレスのような民族衣装を着た、二の腕たくましい女の給仕さんが注文を取りにくる。白を1リットル、炭酸水を1リットル、ぶどうジュースもおいしいから、それも1リットル。面白いことにここで頼むのは飲み物だけ。食べ物はセルフサービスで、中の売り場に行って銘々が買ってくる。どこのホイリゲでもそうである。

  大きなお盆の上に、飲み物の入った水差しが3つ、分厚いガラスの、小さめのジョッキが人数分、それを肩の上に担ぐようにして給仕さんが運んでくる。これでは二の腕もたくましくなる訳である。

  わたしはワインを炭酸水で割ってゲシュプリッツトにする。ぼくは疲れ気味だから、まず炭酸水を一杯飲んでからワインにするよ。わたしは車だからジュースを水で割るのにしておこう…。それぞれが好みに自分のグラスに注ぎ、プロースト=乾杯!となる。

  隣のテーブルの人が自分たちの食べ物を運んできた。なにやらおいしそうなものがいろいろ見える。おなかが鳴る。わたしが留守番してるから、あなたたちわたしの分も買ってきてちょうだい、バックヘンデル、フライドチキンとじゃがいものサラダをお願い。わたしと友人は店の中のショーケースへ向かう。

  ホイリゲだから、サラダやロースト、パンに付けて食べるペースト類やチーズの簡単なものがほとんど。頼めばシュニッツェルと呼ばれるカツレツを、その場でさっと揚げてくれる。黒板に本日のおすすめがなぐり書きしてある。アスパラガスにイチゴ。どちらも今が旬のものだ。

  アスパラガスをフライにして下さい、何本頼もうか、ひとり1本として4本?それにサラダ、まずお豆のサラダ─カボチャの種のオイルで和えてある─キャベツのサラダ─必ずキャラウェイシードが入っている─ジャガイモのもうちょっとお砂糖の入った甘酸っぱいサラダ─入れて下さい。これくらいですかと、売り子さんが適当にお皿に載せてくれるのを、もっと多くとか少なくとか言って調整してもらう。

  デザートにはクヌーデル。トプフェンというチーズのお団子にイチゴのソースがかけられている。売り切れると困るから二人分取っておいてもらうことにした。

  食べ物がそろったところで再び乾杯。ホイリゲだからちょっと無礼講もOK。友人のお皿から味見も、少しくらい大きな声で話しても誰も何も言わない。子供連れも問題なし。この店の名物の猫と戯れている子たちが見える。向こうのグループは親せき一同が集まっている様子。おばあちゃん、お誕生日おめでとうと、ハッピーバースデーの歌が聴こえてくる。あそこのテーブルは同級会らしい。空腹もおしゃべりも一段落着いて、わたしたちはそれを遠目に眺めている。

  パリ、サンジェルマンあたりの粋なレストランで、お洒落(しゃれ)してうんちくを傾けてというのも、まあ、時には悪くないけれど、実のところ疲れるもの。同じパリでも気さくな定食屋のようなところで、何のてらいのない家庭料理をおなかいっぱい食べるほうが好きだ。ワインもあまりうるさいことは言わず、赤か白かで究極のところは構わない。おいしいかどうか、好きかどうか。ホイリゲはそんなわたしの性に合っている。

  日も暮れかかり涼しい風が吹いてきた。鳥のさえずりが聞こえる。人々のおしゃべりがさざめいている。もう一杯飲んだらそろそろ帰ろうか。レーベンスクヴァリテート(人生のクオリティー)とコチラの人はよく言うけれど、こうしてのんびりする時間もそのひとつだろうと、ワインでボーっとなった頭でぼんやり思った。
(ピアニスト)


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