2009年 8月 26日 (水)

       

■ 〈口ずさむとき〉139 伊藤幸子 つくつく法師

 おーしつくおーしつくつく朧おぼろ薄雲溶けて夕べとなりぬ
                          石川不二子
 
  第43回迢空賞、第7回前川佐美雄賞ダブル受賞となった第8歌集「ゆきあひの空」より。短歌の総合雑誌「短歌研究」4月号に「歌を詠みつづけること」というテーマで、氏の短文が載っている。「短歌研究創刊が昭和7年ならば私はそれより1歳若い。新人賞で中城ふみ子が華々しく登場した同29年4月号に、私も歌を載せてもらえたのだった。新人賞応募を命じられたのは、恩師佐佐木信綱先生。信綱門下となったのは女学校の恩師のご紹介による。中学3年のとき文芸部ができ、短歌を出して以来、歌ばかり作っていた。」とのこと。

  長い歌歴の石川不二子さん。昭和8年神奈川生まれ。父は新聞社の学芸部長。母もヨーロッパで2年余暮らした経験をもつインテリの家庭に育つが、東京農工大農学部に進学、結婚して岡山の開拓地に入り農業を営む。17歳から歌を作り、表記の「短歌研究」50首詠では21歳で推薦となる。「乳房喪失」の中城の衝撃作品群とは対照的に大地の息吹の満ちる清新な作風としてデビューされた。

  現在76歳の石川さんに、私はお目に掛かったことはないが受賞式の写真など拝見すると、大らかな作品風土を伺わせるお人柄が想像される。

  「岡山は何につけても桃太郎老人施設の名も『ももたろう』」「酒にほふ中毒者牧水の屍(し)をおもふ禁断症状の夫のかたはら」「痩せやせて四十五キロの夫の傍(かたへ)雌かまきりになつた気がする」「微睡(まどろみ)のあまき老年の入口に死よりおそろし長く病むこと」こう読んでくると、若き日々のあれほど厳しかった開拓地の暮らしが夢の楽園に思われる。「雌かまきり」の比喩に絶句。

  「愚母悪妻さはさりながら植物や漢字につよい雑学博士」の石川さん。「命たすかりし夫と再び諍はむ隣る庭木々あらそふがごと」これも日常、生あればこそ。「あとがき」に、「溜りにたまった歌の中から、夫の死の前後の部分をまとめたのだが、これをもって鎮魂歌集といえるかどうか。わがままな妻をもって苦労した夫に申し訳なく思っている」と述べる。「ほととぎすつくつく法師こぞり鳴く悔しむなかれ悲しむ勿れ」隣りあう季節の夕べの空に、今日も切々と法師蝉が鳴いている。

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