2009年 10月 7日 (水)

       

■ 〈口ずさむとき〉146 伊藤幸子 「火天の城」

 飛騨(だは旧字体)路より裏木曾に出し 林道に車を止めてせんぶ りを摘む
  伊藤多嘉男

  映画「火天の城」を見た。山本兼一の原作を読み、封切を持っていたものである。織田信長の命を受け、安土城を築造した総棟梁岡部又右衛門と、つき従う一統の大工たち。誰も見たことのない七重の天守を支える親柱に足る檜を求めて、木曾上松(あげまつ)の山中を歩く又右衛門と大庄屋甚兵衛。空も見えない深山幽谷のロケーションが身に迫る。

  わたしはこの作品に出てくる地名を大地図にたどりながら、岐阜県の歌人伊藤多嘉男さんの歌集「鉛筆を鎌もて削り」を読み返してみた。氏は昭和4年、瑞浪市生まれで平成8年に亡くなるまでかの地で農業を営まれた。土岐、瑞浪、恵那と地図の山容も険しく、上松を経て北方に御嶽山がそびえる。さらに長野県と境を接し、3千b級の山々が奥深く連なっている。

  「時ならずうぐひす聴けり御岳の噴煙見むと登る山路に」「収穫を終へし山家が夕焼けに筵(むしろ)をはたくこだま返れり」そしてあたかも「城内は修理中ならし角材を担ぐ大工に道ゆづりやる」の歌も見え、氏が今もご健在ならばすぐに電話でどこのお城か聞いて、ひとしきり映画の話もできたろうにと残念でならない。

  「着てゐたる袖無しをそつと吾に被せ夕餉の仕度に立ちたり妻は」まるで画面の又右衛門(西田敏行)の奥さんみたい。大竹しのぶ演ずる岡部田鶴は仕事疲れで居眠りをする夫に自分の羽織をそっと掛けやり台所に立つ。大がかりな作事の喧騒の中で、しみじみと夫婦愛の伝わる場面、静動のめりはりが効果的。

  さて杣人(そまびと)も大工も石工も左官も絵師も、総力をあげて五層七重の大楼閣は完成した。3年の歳月をかけて建築総人員は百万人以上といわれる。そんな遙かな過去世を背負って「三百年伊藤の家はつづきたり長の子戻れ父すでに老ゆ」と詠み「農継げと言はぬ寂しさ思ふべしぼろんぼろんとギター弾く吾子」の現実は等しく農村社会の抱える風景である。

  「鉛筆を鎌もて削る生きざまを楽しみてをり農なるわれは」集名に据えた一首。「楽しみて」と述懐する生に感銘。「コンバイン田を出でたれば暫くはキャタピラの跡舗装路に曳く」出来秋あちこちでコンバインの音が聞こえる。


本ページ掲載内容の無断転載を禁じます
ホームページに関するお問い合わせ、取材に関する情報は
E-Mail:hensyuu@morioka-times.com
盛岡タイムス宛てにお願いします