2009年 10月 14日 (水)

       

■ 〈口ずさむとき〉146 伊藤幸子 「若いうた」

 何もかも嫌になる日の間間ありて椅子にもたれて椅子となりゆく
  秋場祐美子

  10月3日、仙台文学館にて「第38回全国短歌大会」が開催された。応募総数3876首の中から15選者により入選歌が発表され、300人ぐらいの出席で盛り上がった。

  掲出歌ともうひとつ「百畳の大凧空に静止してわれら引き手の天井をなす」京都の後藤正樹さんの作が大会賞。ほかに2社の新聞社賞として「まはりから少し遅れて年老いた欅も芽ぶく 呼ばれてゐるのだ」掃部(かもん)伊都子さんと「今生の桜はやはり美しとあの世でも見たやうに言ふ母」白井美沙子さんの作品が選ばれた。

  選評ではひとしきりこの四作に、各選者が丁寧な感想を述べられた。応募者平均年齢は67・5歳とのこと、出席者も前期高齢集団のようだ。そして短歌は一千年余の伝統文学であり、一般には如何(いか)にも古いという感じがもたれているかもしれないが、最近は文語体から口語体への転換が発想も含めて変わってきているとつくづく思う。

  私も、大会賞の「何もかも嫌になる日の間間ありて」というような発想は、心のうちではよくあるけれど、それを作品化して全国大会に出してみようとまでは思わないできた。そこが古いといえるのかもしれない。選評者の小島ゆかりさんは、「たとえばこの歌を、おしなべてうとましき日のままありて、なんていったら陰々滅々。やっぱりふだん着の自分の言葉で述べたから、下の句が新鮮に受けとられる」と話され、うなずく人が多かった。

  「百畳の大凧」は滋賀県東近江市で5月に行われる大凧祭りの様子だという。風景の見える壮大な作品をものしたのはたくましい京男だった。「わが家の草食性の狼は都会の森に棲みて年ふる」静岡の鷲巣錦司さんに、数年ぶりにお会いした。お互いに入選を喜びあいながら、若者言葉を巧みに織りこんで若いなあと感じ入った。きっと血管も若いのだろう。

  インターネットもケータイもどんどん進化するけれど、「牛蛙おほうおほうと鳴く真昼人間であることもつまらぬ」倉敷市・高橋ひろ子さんのような感慨も抱くことがある。パソコンでは得られぬ感覚と想像力をみがいて、心も血管も若くありたいと願うことである。


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