2009年 10月 31日 (土)

       

■ 〈賢治の置土産〜七つ森から溶岩流まで〉132 岡澤敏男 「小岩井農場」の削除の意志

 ■「小岩井農場」の削除の意志

  賢治は小岩井農場の風物をあまりにも過剰に享受していたから、歩行手帳にメモられた心象スケッチ量は収拾つかぬほどで、選択転記した詩稿ノートもたちまち満杯になったと思われる。

  「小岩井農場」が591行の長篇となったのは、四季の農場と交感した賢治の美学にあったのでしょう。ところが、各パートにちりばめられた風光や逸話や幻想が楽しくて、(それが読み手には好評ですが)主題を見失ってしまうのです。

  詩集『春と修羅』刊行後にそのことに気付いた賢治は収録作品のすべてに手入れし加筆・削除を行っているが、特に「小岩井農場」にはかなり綿密に手を入れており、宮沢家所蔵本にはつぎのような大幅な削除がみられるのです。
 
  詩集所載の行数と手入れした結果。

  パート一 107行
      43行削除↓64行
  パート二   44行
      2行削除↓42行
  パート三   74行
      39行削除↓35行
  パート四 140行
      79行削除↓61行
  パート七 132行
    2行削除↓130行
  パート九   94行
      4行削除↓90行
  合計 591行
  169行削除↓422行
 
  このように初版本591行の長篇を169行も削除し422行に縮減している。削除はパート一、パート三、パート四を中心に行われ、その削除された内容をみると一定の傾向が認められます。

  すなわち、読み手に好評と思われる逸話や事物や饒舌(じょうぜつ)や幻想がみごとに削除されていることです。パート一では駅前の新開地の風景や冬に来場した回顧や農場の礼賛など、パート三では農場の散漫な日常風景、パート四では冬に来場したときの逸話、恐竜や天の鼓手たちの幻想、陽気な饒舌などが削除の対象で、いわば主題の小道を隠す伸びすぎた枝の剪定にあったのです。

  これにより「小岩井農場」が6連構成から4連へとスリムになったのです。パート一とパート二がひとつになって「小岩井駅から農場入口まで」の第1連に、パート三とパート四がひとつになって「農場入口から耕耘部付近まで」の第2連に、パート七の「農夫たちと雨中の会話する長者舘二号畑」が第3連に、そしてパート九の「アザリア会の四人と邂逅、心の友保阪嘉内との別れ」が第4連として構成されているのです。

  ベートーベンは「田園」を5楽章で構成したが、賢治はアレグロ「雷とあら し」の楽章(第六綴の場面に相当する)を割愛し「小岩井農場」を4楽章で構成して新しいシンフォニーを演奏しようとしたのでしょう。

  「田園」の第3楽章の曲想と「小岩井農場」の第3連が「いなかの人びとの楽しい集い」で共通するのは偶然とは思われません。

  漢詩は起承転結の句で表現され、第3の転句は詩想を一転させ第4の結句で詩意を総合し全篇を収結するのだという。まさに第3連は転句に相当し詩想を一転させている。

  そして結句の第4連では「アザリア仲間の四人との再会、宗論で外れた嘉内のこと、みんなと再会できる〈神聖な場所〉。嘉内との別れにこだわるのは宗教風の情操ではなく恋愛感情だ。信仰を共にしない嘉内との別れは理論的にもやむを得ない。

  さびしいけれども〈あたらしくまつすぐ〉に起ち透明な軌道を進もう。そう決意した賢治は「かつきりみちを」曲がっていった。」このように第4連は「心の友保阪嘉内との別れ」を主題とする全篇を収結したのです。

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