2009年 12月 8日 (火)

       

■ 〈古都の鐘〉37 チャベック・鈴木理恵 近況報告「結婚」

     
   
     
  しばらく寄稿をお休みしてしまった。夏以来この数カ月は、自分がなにか大きな波に飲まれたかのように、無我夢中で過ぎていった。大きな波、というのは結婚である。この10月にウィーンで結婚をした。

  正直、結婚するのがこんなにも大変なものだとは知らなかった。お互い年齢に不足はないけれど、初めての経験であるから思いもよらないことばかり、手探りで膨大な準備を進めていった。

  いつ、どこで、どんな風に?役所や教会の日取りは?皆の都合は大丈夫?必要な書類はなに?指輪は?着るものは?お花は?式の後のパーティーはどうする?予算はどれくらい?式の段取りは?招待状は?

  ドイツ語に疎いわたしの身内のようなのもいるから、印刷するものは2カ国語表記にしなければ…。

  私たちはそのほとんどを自分たちでやったので、仕事は多かったけれどもやりがいがあった。それは2人で足並みをそろえ、補い合ってやり遂げた大事な一歩であったかもしれない。二人三脚も時にギクシャクして、しばしばけんかになってしまったけれども、そのゴタゴタも、お互いの理解を深め、信頼を築くための通り道であったかと思う。

  楽しかったのは、教会での式でのプログラム作りである。聖書朗読の個所や歌いたい聖歌、弾いてもらいたいオルガンの曲などを、自分たちの気持ちに添うものを選んでゆく。オルガンは夫の弟が、合唱は私たちが共に所属している聖歌隊が受け持ってくれたので、バッハやレーガーのオルガン曲、フランスの合唱の曲をふんだんに入れて、本当にわがままをかなえてもらった。

  結婚式はまず役所で、そして、私たちは共にクリスチャンなので、一日おいて、いつも通っている教会で挙げた。

  教会での式の前は予想以上にドキドキとした。演奏会前とはまた違った緊張で、どうなるのか予想もつかないから落ち着かない。こういう、もう自分ではどうしようもない時は祈るしかない。目を閉じると呼吸が整ってくる。そしてここまで守られてやってこれたことに思いをはせ、これからのことを委ねる。この式も、これからの人生の歩みも。

  鐘がひとしきり鳴り響くと、オルガンの前奏が始まった。入場が終わり祭壇の前に用意された椅子に座って十字架を見上げると、結婚式の奥義にふれる気がした。それは極めて厳粛な、参列者を証人とした誓いの場なのである。

  神父が尋ねる。「あなたは熟考の上に、またあなたの自由意志で、この方と結婚をするためにこの場にいらっしゃいましたね、あなたは夫を愛し、大事にし、死が二人を分つまで彼に誠実を尽くすことを誓いますか? 良い時も悪い時も、富める時も貧しき時も、健やかなる時も病める時も。」はい、と答える。その短い一語には約束と責任の重みがあった。

  十字架の前で式を挙げるということは、神によって他人同士を結びつけてもらうことで、それは紙と紙をのりで貼付けるようなもの、2つを1つにすることという。無理にはがせば、紙も破れることは免れない、人だって心もからだも傷ついてしまうと神父は言う。

  今、わたしの右の薬指には指輪がある。これは誓いの印なのだ。堪えのきかない自分の弱さを日々感ずるけれど、あの祝福された式を、参列者の笑顔やおめでとうの言葉を無に返したくないと思う。後はわたしたちの在り方次第、宮沢賢治にあるように、雨にも負けず風にも負けずゆけたらと願っている。
(ピアニスト)

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