2009年 12月 9日 (水)

       

■ 〈口ずさむとき〉154 伊藤幸子 「ブルーモスク」

 タージ・マハール共にた づねむ日もあらむ偶然の 力かすかに信ず
  北沢郁子
 
  「角川現代短歌集成」より。11月30日刊行の、昭和29年以降現在までの約3万首を収録。生活詠、人生詠、自然詠、社会文化詠の四つの部立と索引による全5巻からなる大冊である。

  入手するや、わくわくして頁を繰っていたのだが、日を待たずして大いなる方の訃を知った。12月2日、盛岡での用事をすませた帰りの車の中で、「きょう午後0時38分、日本画壇の第一人者、平山郁夫さんが亡くなられました」と、カーラジオに聞き驚いた。

  北進する国道282号線は一本木から西根入口までほぼ直線コース、右手に姫神山が端整な影を曳く。その山頂に、欠くところなき満月が煌々と照っていた。「ああ、先生、ブルーモスク…」と、思わずつぶやいた。こんなに明るい月の光の中で、まっさかさまに沈んでゆく思惟の塊(かたまり)が鏑矢(かぶらや)のように私の目の中を走った。

  天下の名画伯平山先生を、あまりにも個人的に述べることは甚だ不遜ではあるけれど、私の片想いは40年余に及ぶ。院展等で先生の大作を拝観すると身動きもできぬ感動を味わい、失礼も顧みずよくお手紙をさし上げた。

  平成11年10月、東京芸大の大学美術館が開館。その折の「芸大美術館所蔵品展」は今思い出しても胸がふるえる。平山先生の昭和27年の卒業制作は「三人姉妹」。故郷の瀬戸内海の蜜柑畑で、無花果の木を背景に、3人の妹たちをスケッチして完成させた作品といわれる。戦争をくぐりぬけた目に、頬の紅い三姉妹のおもざしは健康的で、何よりも得がたい平和の証として温かい情感に満ちている。

  後年シルクロードの旅では「ブルーモスク」「楼蘭の遺跡」「仏教伝来」等、祈りの世界が深まった。平成18年には「日曜美術館30年展」にも出かけ、平山学長のおられる芸大美術館は爾来私の心のよりどころとなった。鎌倉の先生のアトリエがテレビに映ると、上京のついでに足をのばしてみたこともあった。いつしらず上野の社を歩いていればきっと「偶然の力」に導かれるだろうと夢見る少女に返っていた。毎年、小正月近くはがき全面に「平山郁夫」の墨跡の賀状を頂く。私は今年も、何の不安もなく先生のあて名を書いたところだった。

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