2009年 12月 23日 (水)

       

■ 〈風のささやき〉13 重石晃子 シノンのスープカップ

     
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  戸棚の隅にあるスープカップのお話である。フランスのシノン城で買った安物の陶器だが、もう30年以上も使い古している。このスープカップの面白いところは、一筆書きの花の絵と、その隣にToi(貴方の)やMoi(私の)、お父さん用お母さん用とそれぞれのカップに、名前が焼き込まれていることである。

  深沢先生ご夫妻がフランスにおいでになり、私の留学先であったトゥールに、2カ月ばかり滞在なさったが、日本食が恋しくなったころに、私はこのスープカップにおみそ汁を入れてお出ししたのだった。

  省三先生はこのカップがとてもお気に入りで、シノンに買いに行こうとおっしゃった。

  当時トゥールには深沢家の孫に当たる佐々木薫君がいて、彼の車ルノーが深沢先生ご夫妻のために大活躍であった。

  シノン行きは薫君の運転、風景が良く見える助手席は省三先生、後ろの席に紅子先生と私は並んだ。

  ロワール川沿いを東へ走る。小さな村を幾つか通って、2時間ぐらい走ったろうか、シノンの町に着いた。ロワール川にやがて合流する大きなビェンヌ川の高台に、シノン城址はある。陶器のスープカップを売っている店も見つかり、省三先生は大喜びで五つカップをお買いになった。

  フランスの陶器は焼き方の温度のせいか、もろく壊れやすく色もぽろりと落ちて、日本の磁器とは随分違う。やがて先生方が日本にお帰りになる日が来て、薫君はスケッチブックを山ほど持ち、シノンの五つのカップは大切に包み、私が持ってパリの空港までお供をした。

  お別れの時が来て、紅子先生の手にそのカップの包みをお渡しした、と思って手を離した途端、包みはコンクリートの上ににぶい音を立てて落ちた。瞬間あっと言った先生方の驚いた表情、申し訳なかった私の気持ちは今も忘れない。不注意だったのだ。

  その後、私は何度かシノンに行った。しかしその陶器の店は閉じていて、もう買うことはできなかった。滔々(とうとう)と流れるロアール川、シノン城址を、ふと今も夢に見たりする。(画家、盛岡市在住)

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