2010年 2月 5日 (金)

       

■ 〈保阪嘉内の短歌〉117 望月善次 この山に鴉とわれと

  この山に鴉とわれと二人居て向かふ
  麓の日の中の人……(天神山の石)

  〔現代語訳〕この(天神)山に鴉と自分との二者が居て、この山に向かっている麓(ふもと)の日差しの中の人を見つめているのですが……。

  〔評釈〕「鴉と空」六首〔『アザリア』四号(大正六年十二月十六日)〕の冒頭歌。「(天神山の石)」と注記のある作品。盛岡で詠んだ作品だとすれば、当然のこととして、「天神山」を「盛岡天満宮」と結びつける解釈もあろう。作品的に見れば、「鴉とわれと二人居て」の「二人」に見るように、話者と「鴉」との一体感がまず目に付こう。(つまり、今、ほかの者はいないのだということになる。)その静かさの中から、話者は、麓からこの「山」へ向かう「人」を見下ろしているのである。その「人」は、日差しを浴びているのである。作品末尾に置かれた「……」を生かすならば、「人」を女性とし、ロマンチックな物語を付与することも可能となろう。なお、盛岡天満宮に、啄木の「病のごと/思郷のこころ湧く日なら/目にあをぞらの煙かなしも」〔『一握の砂』152〕の歌碑が難航の末に建立され、こま犬の台座にも啄木短歌がはめ込まれるのは、これからおよそ一年半先のことでもあった。
(盛岡大学学長)

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