2010年 2月 27日 (金)

       

■ 〈賢治の置土産〜七つ森から溶岩流まで〉149 岡澤敏男 「塔中秘事」と「思索メモ」

 ■「塔中秘事」と「思索メモ」

  今年は『遠野物語』刊行100周年になるという。著者の柳田国男はもちろん、その怪奇な世界の〈語り部〉だった佐々木喜善についても再認識されるべきでしょう。その喜善が賢治とは昭和3年に文通、同5年と7年に賢治を訪問している。特に昭和7年5月には22日、25日、27日と病中の賢治を訪れ、賢治の様子を日記に簡潔に記しています。

  「午前十時頃宮沢君のところに行く…長い時間話し」(22日)、「宮沢君に行って話をした。仏教の奥義をきいて来る」(25日)、「宮沢さんに行き六時間ばかり居る」(27日)がその要点とみられる。これらから喜善の長居に気づくが、おそらく黄瀛の場合と同様に、賢治のほうから喜善を引き止めたものとみられる。

  日記からは話題の内容をうかがえないが、賢治が「仏教の奥義」を語ったという25日の記事からおおよその察しはつく。黄瀛に語ったという「大宗教」の教義のようなものだったと思われる。それは「思索メモ」(『新校本宮澤賢治全集』第十三巻〈下〉)にみられる「思T、思U」を骨格とした「シンクレティズム」の教義だったのでしょう。

  この「思U」のメモは「書簡484a下書(一)」の裏に書かれたものだといわれる。この書簡は昭和8年8月30日(伊藤与藏宛)に発信した封書であり、その下書きとすれば8月22日に推敲(すいこう)清書が終った「文語詩稿 一百篇」の時期と重なるばかりでなく、「塔中秘事」とも重なっているのです。

  思索メモは、手紙の下書きや詩篇下書稿の裏面とかノートの断片などに書かれた5篇の断簡を全集編纂者が収録したものです。ノートや手帳類のようにページの順にメモされたものではなく、それぞれが各種用紙の裏面に「黒っぽい藍インク」(思T)「藍インク」(思U)「鉛筆」(思V)「藍インク」(思W、X)とばらばらな筆記用具でメモされた断簡だから5篇の配列の順や相互の関係がはたしてこの通りなのか定かでありません。

  しかし「思T」の〈科学に威嚇されたる信仰〉のタイトルは「思U」のタイトル〈科学より信仰への小なる橋梁〉とつながるものとみられ、「思V」と「思W、X」は相互に脈絡がある。おそらく、「思U」の人間(生物、我)も物質により構成されているという認識の上に立って、「思V」の思考となったものとみられる。

  すなわち、人間は五感により言語を持ち文字を獲得し思想を表現する機能があるというのが「思V」のイラストと思われます。

  賢治は「思T」にて(1)異空間の実在、(2)十界依正の実在、そして(3)心的因果法則の実在を経て(4)新信仰の確立に至るという図式を提示しています。

  賢治が晩年に確立したのは、この「新信仰」の教義だったのでしょう。この教義と「思V」との関係との間には空海の「六大」思想と『声字実相義』が浮かんできます。「思U」で世界や生物の物質論を肯定しながら、人間(我)には意識・思想の実在があることを「思V」で指摘する。

  これは「身は六大である」(地水火風空の五大に心を加える)という空海の思想に近い。また思想↓言語↓文字の発想は、「声字実相義」の空海の偈(げ・解釈)に接近しています。その偈とは「五大に皆響あり/十界に言語を具す/六塵悉く文字なり/法身は是れ実相なり」というもので、賢治の真言密教へのシンクレティズムを推察させる発想というべきです。

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